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<茉莉子>
その93
しおりを挟む帰宅早々、榮太郎は明らかに苛立った感じでスーツジャケットを脱ぎ、続けて勢いをつけてネクタイを外した。
沈黙が痛く感じるのはどうしてだろうか。私、何か失敗したのかな??最初は凄くイヤだと思ったけど、改心してコトリさんとの縁結びもすることにしたよ?
これ以上、何をどうしろと言うのか。
着替えを手伝うのは妻の役目というお義母様の言いつけに従い、榮太郎の斜め後ろでネクタイを受け取り、ジャケットをハンガーに掛ける。続けてワイシャツを渡された際に軽く手が触れ、ついビクッと震えてしまう。
「茉莉子…。そういう態度されると俺、傷付く。あのさ、そんなに嫌ならこの結婚、止めるか?」
これは弁解のチャンスとばかりに私は張り切る。
「『榮太郎が好きじゃない』と言ったのは、あの場でああ言わないとコトリさんが…」
「え?どういう意味?きちんと説明してごらん」
着替えの途中なので、榮太郎は半裸のままだ。しかもよく見ると乳首が立っていて、思わずそこに目が釘付けとなってしまう。
榮太郎ったら、セクシー…。
「茉莉子?どうしたんだい、茉莉子!」
「えっ??ああ、はい。あの、コトリさんが榮太郎を狙ってるって。実は彼女、次兄の友人で前に会ったことが…」
「は?だって俺、婚約したのに??普通は結婚する男は真っ先に除外するだろう?」
「ええ、朗報ですよ。帯刀グループの後継者の嫁という立場は、面倒臭そうだから嫌なのですって」
榮太郎の乳首が私に語り掛けてくるようだ。
コンニチハ!
あ、もう夜だしコンバンハ!だね。
乳首マジックのせいで、会話にも身が入らない。それでも質問されたことには端的に答えていく。
「何が朗報なんだ??えっと、ああ、中林さんが俺と結婚したく無いからか。それは助かったよ。それで、どうして茉莉子が俺を嫌いだなんて話に繋がるんだ??」
「嫁じゃなくて、むしろ愛人として遊びたいと。社長たるもの、愛人がいるのは当たり前なんだと仰ってましたよ」
「バカか!勝手に社長を一括りにすんなって。ウチのお祖父様も親父も、愛人なんていないぞ」
「でもコトリさん、なんとなく私に挑戦的で。全てを円滑にする為に『嫌い』だと言いました」
暫く黙ったかと思うと、榮太郎はハハ~ンと呟きながらこう纏めた。
「そっか、彼女は茉莉子に何か怨恨を抱いてて、嫌がらせの意味で俺にチョッカイ出すんだな?だからそれを避ける為の打開策として、俺を嫌いと嘘を吐いた…そうだろう?うん、そっかそっか。好きな男だと言えば、もっと粘着してくるだろうしな。さすが茉莉子だ!!」
そう、私は昔から思い込みが激しくて。一旦、信じ込むと間違いに気づかない女なのだ。…この時の会話はほぼ記憶に無く、ズレたまま私たちの関係は続いていくのである。
………………
瞬く間に時は過ぎ。
大規模で華やかな披露宴や、豪勢だけど弾丸スケジュールの新婚旅行を終え、私はひたすらヒマな毎日をどうにか潰していた。
実家では家事をすることを許されていたのだが、帯刀家ではそれを禁じられており。仕方なくお義母様と行動を共にしてみたものの、社長夫人同士の集まりに連れ回され。そこで知り合った同年代の社長夫人たちとは、驚くほど話が合わないので早々にリタイアした。
榮太郎は本格的な跡取り修業に入ったらしく、帰宅時間が深夜近くになることも増えた。それでも私との時間は何とか作ってくれたので、あまり寂しいと感じることも無く。
たまの休みには2人で温泉へ行ったり、ドレスアップして外食したり、何でも無い日に花束を贈ってくれたり。まあ、人並み以上の幸せな新婚生活だと思う。
1カ月、更に2カ月、そして半年が経過した。この頃からお義母様が『早く孫の顔を見せて!』と催促を始めたが、堂々とスルーしている。
何といっても偽装なのだ。
子供が生まれてもきっと後悔するだけだろうし、離婚の際にゴタゴタするのも困る。最初は婚姻届も出さないつもりだったのに、お義母様が『見届け人になってあげる』などと言い出したせいで、あれよあれよと言う間に入籍してしまった次第だ。
こんなことで私の人生、大丈夫なのだろうか。
いや、大丈夫だと信じたい。
「茉莉子、たっだいま~」
「お帰りなさい」
この日も、いつも通り何でも無い1日で終わるはずだったのに。榮太郎が予想外なことを言う。
「あ…そうだ、念のために報告しておく。例の中林さん、親のコネでウチの会社に入った」
自分で言うのも何だが、記憶力はとても良い。なので、スグに誰のことか分かってしまう。
「え?コトリさんが??」
「秘書室に配属されて俺付きになるんだってさ」
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