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<茉莉子>
その91
しおりを挟むいま思えば、光貴はそこそこ有名な大学に通っていたのである。そう、金持ちの子供ばかりが通う私大に。
だからあの夏、別荘で騒いでいた人達の殆どがこのパーティーに招待されており。皆一様に婚約相手が私と分かって驚いていた。
もちろん、例の悟なども形式的にではあるが顔を見せ、中には手の平を返したかのように媚びへつらい、お世辞を言っていく人もいた。
「お久しぶりですわね、榮太郎様」
見るからに清純そうで、榮太郎が天使ならばその女性はまるで妖精のようなイメージだ。
年齢は私と同じか、少し上くらい。白い肌と薄いピンク色の唇が透明感を醸し出す。着ているドレスも淡いピンクで、この年齢でこんな色を着こなせる人はそうそういないだろう。
他の人々に見え隠れする傲慢さがその女性からは微塵も感じられず、楚々としたその立ち居振る舞いも美しい。とにかく、突出して毛色の違う感じなのである。
「…本当に久しぶりですね、中林さん」
「まあ、榮太郎様。突然そんな他人行儀な。いつものように名前で呼んでくださいませ」
ふむふむ、名前呼びするほどの仲なのか。
それから他愛も無い会話を暫く続けて、妖精さんは去って行く。話し方もその内容も、怖いくらい見た目通りで、“誰からも愛されてますオーラ”がハンパ無い。
気のせいか榮太郎も彼女にだけは、全身全霊を傾けて話していた気がする。だから、何気なく彼に訊いたのだ。
「とても可愛らしい女性ですね。古くからのお知り合いですか?」
「いや、知り合ったのはここ数年のことかな?レセプション・パーティー等でよく顔を合わせ、気付けば話すような間柄になっていた。中林建設のお嬢さんで、コトリさんというんだ」
「コトリ…」
「チュンチュンと鳴く小鳥では無く、弦楽器の“琴”に果物の“梨”で“琴梨”。変わった名前だろう?」
ああ、やっぱり。
…残念ながら私は彼女を知っていた。別荘軍団の1人でとにかく印象が悪かったから。あの頃のコトリさんは、派手な化粧をしていて髪も真っ赤に染めており、手当たり次第に男性と寝ていたのだ。
その乱れた性生活があまりにも衝撃的で、だからこそ鮮明に記憶に残っている。
アレが、ああなったのか…。
世の男性に私は教えてあげたい。ビッチはビッチの姿をしていないのだと。むしろ清純そうに見える女性の方が、よっぽどビッチだったりするのである。
私が彼女のことを質問してから、榮太郎が妙にソワソワし出した。そして何度もコトリさんをチラチラと見るので、思わず私は訊いてしまう。
「男性から好かれそうな感じの女性ですよね。榮太郎もコトリさんのようなタイプが好きではないですか?」
「えっ?!…あッ??いや、…うう、うん」
嫌な予感がした。…その予感を確定するかの如く、榮太郎はそれからも事あるごとにコトリさんを目で追いまくるのである。
言うべきか、言わずにおくべきか。
『アナタの好きな女性は、ビッチです』などとこの私が言っても信じて貰えない気がする。それどころか逆効果で、余計に恋の炎を燃やすことになったら目も当てられない。
うーん、どうしようかな。
お義母様に相談…するのは自滅するだけだし。
「って、ん?う、うわあおッ?!」
叫ばずにいられようか。気付けばコトリさんが目の前にいたのである。物凄い至近距離から私を見上げていて、傍目から見れば愛くるしい笑顔を大放出中だ。
しかし、その目は本当に笑ってなどいない。氷のように冷たい視線が私を突き刺している。
「そんなに驚かなくても宜しいじゃないですか」
「え?はい、そうなのですが…」
キョロキョロと周囲を見渡す。
いつの間にか榮太郎はどこぞの社長軍団たちに取り囲まれ、真剣な表情で仕事の話をしている。その隙を狙いコトリさんが接近してきたようだ。
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