かりそめマリッジ

ももくり

文字の大きさ
上 下
73 / 111
<茉莉子>

その73

しおりを挟む
 
 
 元カレ…と言うか、私が勝手にそう思っていただけで、実際は…何だったのだろうか?今ではもう、自分でもよく分からない。

 あれは大学4年の夏休みのこと。私はずっと別荘に滞在していて。そこへ既に社会人となっていた光貴が、避暑がてら友人を連れてやって来た。

 元々、成績が悪かった上に悪い仲間とつるんで遊び惚けていた光貴は、三流大学にしか入れず。就職先もコネで無理矢理ねじ込まれた中小企業。甘やかされて育った光貴にとって、社会人としての生活はかなり厳しかったらしく、そのストレス発散で恐ろしいほどのドンチャン騒ぎが繰り広げられた。

 10人もの男女が一日中、酒を飲んで大暴れするのだ。なるべく顔を合わせないよう、2階の角部屋でヒッソリと読書していた私だったが、さすがに2日目で音を上げ、家に帰ろうと決心する。その荷物をトランクに詰めていた時だった。ノックの音がしたので恐る恐るドアを開けると、見知らぬ男性が立っていて、こう詫びたのだ。

「煩くして本当にゴメンね。その…、これお詫びに受け取ってよ」

 これが須藤悟との出会いである。

 見るからに兄の友人と分かる軽薄そうな風貌で、恥ずかしそうに差し出したのはどこかで買ってきたらしいガーベラのミニブーケ。異性から花を貰うなんて、生まれて初めてだった私は丁重にそれを断った。だって、兄の友人が善意でそんな物をくれるはずが無いから。兄の嫌がらせに日頃から苦しめられていた私は、ガチガチに警戒したのである。

 まるで雨の中に捨てられた犬みたいな表情で、肩を落として去って行った悟は、その直後に再び現れて私をドライブに誘う。

「酒とつまみの買い出しを頼まれたんだけど、ナビだけでは心許ないから案内してくれないか。せっかく景色の綺麗なところに来たんだし、そういう観光案内もしてくれると嬉しいなあ」

 これも断るつもりだったのに、ふと視線を外したところ…見てしまったのだ。彼の喉元が大きくゴクリと動いたのを。そっか、この人、私を誘うために緊張しているんだな。

 そう思ったら急に可哀想に思えてきて、つい『いいですよ』と答えていた。

 よくよく考えれば、10人もいるのに1人だけ買い出しに行かされるなんておかしかったのに。大勢でつるむことをしない私は、疑問にも思わず言葉通りに受け入れたのだ。

 わずか2時間程度一緒にいただけで、悟は私の心を柔らかく解してしまい。最後には、声を上げて大笑いするほどになった。悟といると、まるで自分が別人のように思えるほどで、怖いくらいにどんどん惹かれていき。それからもコッソリと彼は私の部屋に来て、夜通し会話を楽しみ、まったく自分とは違うその考えに新しい世界を見せられた気がした。

「茉莉子ちゃんとこのまま離れたくない。ねえ、俺たち付き合おうよ」

 初めての出会いからそう告白されるまでに、さほど時間は掛からなかったと思う。

 こんなに幸せでどうしよう。
 このまま死ぬんじゃないの?

 そんな風に毎日、彼のことだけを考えて生きて。彼も私のことを真剣に好きだと信じていたのに。

 …全部、嘘だった。

 大学の卒業式を控えたある日、彼と一緒にイタリアンレストランで食事をし。そこで偶然、悟の女友だちに出会う。掛かって来た電話に出るため離席した悟の背中を指さしながら、その女友だちは私に言うのだ。

「アイツね、罰ゲームで貴女と付き合ってるの。いくら鈍いからってそろそろ気づきなよ。悟って性格イイからなかなか切れなくて困ってるみたいよ、アナタのこと」
「罰…ゲーム…?」

 透けそうに茶色いその長い髪を見詰めながら、私はこのまま消えてしまいたいと願った。だって、想い想われ最高に幸せな女のコ…から、その存在自体が周囲に苦痛を与えてしまう嫌われ者へと急降下してしまったのだ。

 キラキラしていた毎日が、黒く塗り潰され。自分自身も汚いモノのように思えてきて、小さく小さく縮こまる。

 ──そこに電話を終えた悟が戻って来て、いつものように笑った。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...