72 / 111
<茉莉子>
その72
しおりを挟むそれから榮太郎は、血の繋がった母親がいかに恐ろしい女であるかを私に熱く語って聞かせた。
ふむふむ、なるほど。
例え偽装だとしても、結婚するとなるとその妖魔のような義母と同居し、常に対峙することになるのか。
「もうキミが最後の望みなんだ。愛し合っているフリはしなくていいけれど、せめて納得済の結婚だということにして欲しい。
俺が生まれて初めて好きになったその女性は凄く不思議な人で、そう易々とは付き合えない。でも、ようやく少しだけ打ち解けたのに、このまま諦めるなんて無理なんだ。
どんな手を使ってでも、彼女を手に入れたい。
その為だったら俺は鬼にでもなれる。
小椋茉莉子さん、俺と1年限定で結婚してくれませんか?勝手なのは重々承知の上だ。あの巨悪な母と日々闘い、周囲を騙し抜き、俺と上手くやれるのはキミ以外に考えられない。どうか助けると思って、イエスと答えて欲しい」
多分、私はもう死ぬまで恋をしないだろう。ならば、せめて恋する誰かの手助けをするのもいいかなと思ったワケで。だからニッコリ笑ってこう答えたのである。
「いいですよ!どうせ毎日ヒマだったから、喜んで結婚ごっごをしてあげます」
「う…ほ、本当に?!」
コクコクと頷く私の両手を握り、榮太郎はめちゃくちゃ顔を寄せてくる。私はそのまま顔を逸らすことが出来なかった。
うわあ、キラキラだな。
なんて綺麗な目をしているんだろう。
吸い込まれそうなその目の奥に、恋する人間特有の輝きのようなものを見つけ、思わず見惚れてしまう。ああ、本当に恋する心というのは尊いな。もう何も信じられなくなった私にも、この輝きだけは分かるのだ。
純粋に誰かを好きだというその気持ちは、決して汚してはいけない不可侵の領域で。
世界で一番美しい感情なのだから。
「帯刀さんの恋が成就すると良いですね」
「あのっ、これからは俺のことを『榮太郎』と呼び捨てにしてくれないかな」
既に脳内ではそう呼んでたっつうに。などと言えるはずもなく曖昧に微笑んで頷く。
「お願いだ、今ここで俺の名を呼んで欲しい」
なぜそんなことを要求されるのかは不明だが、これから結婚することを考えると早いうちに慣れた方が良いのかと思い、素直に従う。
「えっと、榮太郎…」
「なんだい、茉莉子」
ミッション完了と思っていると、『もう一度』という感じで手招きされた。
「…榮太郎」
「くぅ、茉莉子ッ」
なんだこの茶番。しかも茶番だと分かっているのに、妙にキュンキュンしてしまう。
コンコン!
おかしな空気を掻き消すかのように、誰かがテーブルを叩いた。
高級ホテルのロビー。その窓際の席だったのでたまたま見つけたのか、それともウチの両親から私の予定を訊いたのか。
「こう…き?」
いや、ここで元カレが登場したりすると思わせぶりでカッコイイのかもしれないけど、残念ながら兄で──す。
袖をロールアップした柄シャツとチノパン。相変わらずチャライ服装で登場した彼は、ふんぞり返って向かいの席に座り、こう言った。
「須藤が茉莉子に話したいことが有るってさ。…でこの縁談のことを伝えたら、お願いだから阻止して欲しいと頼まれた。アイツ、今こっちに向かってるんだけど、それまでの繋ぎで取り敢えずココにいさせろ」
な、なんたる横柄な物言い。しかも、榮太郎に挨拶すらしないことからも、帯刀家との位置関係を理解していないらしい。仕方ない、本当にこの次兄はバカだから。それにしても、ややこしいことになってきたな。
ええ、ええ。
お察しの通り須藤というのは元カレなのです。
1
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
転生無双の金属支配者《メタルマスター》
芍薬甘草湯
ファンタジー
異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。
成長したアウルムは冒険の旅へ。
そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。
(ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)
お時間ありましたら読んでやってください。
感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。
同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269
も良かったら読んでみてくださいませ。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。


家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる