かりそめマリッジ

ももくり

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<靖子>

その64

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 あ、最後の方、韻を踏んでしまった。まるでラッパーみたいだな。ついウッカリ笑ってしまいそうになり、でもこの状況でソレをしてはダメだと思い直し、必死で堪えたところ物凄く変な顔をしてしまう。

 きっと不細工だろうな、今の私。勇作の歴代彼女と比較されたら敵うワケ無い…そんなことを考えながら落ち込んでしまう。

 お願い、何か言ってよ。
 ここまでひと言も発していないよアナタ。
 もしかして引いちゃった?
 ねえ、そうなの??

 心配になってその瞳の奥を覗くと、手にしていたドライヤーを豪快に床へ放り投げ。突然、勇作は唸り始めた。

「ぅ、ああああああああああああっ!!」
「な、なになに??」

「本当に?!本当に俺のことが好きなのか?!」
「ぶ、ぐあっ、おろおろ、首が折れるよおお」

 肩を掴まれ、激しく揺さぶられている私。お分かりだろうか?手を握っただけて指2本を骨折させた男である。本気を出せば他の骨を折ることも容易いはずだ。

「靖子、もう一回俺を好きだと言ってくれ!言ってくれないとコレを止めないぞ!!」
「え…っ、好き、大好き。マジ王子だってばッ」

 感極まった表情で魔王の如く両手を広げたので、慌てて私は懇願するのだ。

「ゆ、勇作!分かってると思うけど、そっとね。これ以上骨折させないようにするんだよッ?!」
「イエス、マム」

 だ、誰がお母さんだっつうの。

 なんだか急に全てが愉快に思えて来て、2人とも笑いながら抱き締め合った。

「知っていると思うけど、俺の育った環境は本当に特殊で。

『帯刀家に仕えるために我が身を捧げよ』と、生まれてからずっと言われ続けていたせいで自分の為に何かをするという考えが無いんだ。

 それって分かるか?

 自分という核が無いから、帯刀家から離れると何をしていいのか分からなくなるってことだよ。きっと周囲はこう思っているんだろうなというイメージ通りに自分を作り上げて。いつも理想の自分を演じていた気がする。

 もちろん付き合う相手も理想の女だ。

 こういう男にはこういう女が似合うだろうって、客観的に見て選ぶだけさ。そう、いつでも俺は自分自身を演出していて、本当に自分のしたいことなんか分からなかった。まったく信じられないよな?自分のしたいことが分からないなんてさ。

 だから靖子に出会って衝撃を受けたんだ。

 お前、他人にどう見られようと平気だよな?有りのままに生きるその姿が本当に羨ましくて。とにかく素直な女だなと思った。自己顕示欲とか承認欲求とか、そういう感情とは一切無縁な女だなって。

 なんかさ、楽しいんだよ。
 靖子と一緒にいると毎日がすごく楽しい。

 これを手放したら俺の人生は終わるって、味気ない毎日に戻りたくないって心が叫んでた。…手に入れるにはどうすればいいんだろうって、悩んだ挙句の偽装結婚だったんだ。そう、本当は公子さんなんて無関係だったのさ。

 こんな卑怯な俺だけど、許してくれるか?」

 ま、真面目かッ?!
 でもこんなところが好きなのだ。

 いつでも真剣で、手を抜くことが出来ない人。神経を尖らせ、周囲にまで細やかに気を配り、誰にも隙を見せない完全無欠なこの人が…唯一、私にだけ気を許す。その事実が心を震わせる。自分が自分であることに、至高の喜びを与えてくれる。

「許すも何も…。むしろ有難うって言いたいよ。勇作、私を選んでくれて有難う。…大好きだよ」

 ちょ、待って待って。

 抱き締め合っていたはずなのに、再び魔王は両手を大きく振り翳す。だから私は慌ててこう言った。

「な、何度もゴメン。分かってるよね?!そっとだよ!骨を折らないようにそっとそっと抱くんだよ!」
「ふふ、イエス、マム」

 あれ?あれれ…。

 どうやら目的は抱擁では無かったらしく、瞬く間にパジャマのボタンを全て外される。

「な、何をしてるのかな?勇作ちゃん」
「だって俺を好きにさせたら抱いてもいいって」

 ああ、なるほど。
 …って、そうじゃない!!

「こ、心の準備が、あの、わお!!」
「はい、俺はもう全部脱いだぞ。これで靖子も恥ずかしくないだろう?」

 魔王は服を脱いでも、魔王だった。

 いえ、何がどうだと描写するのは控えますが、と、とにかくそんな凶器、仕舞ってッ!!

 騒ぐ私の唇を勇作は優しく啄んだ。

 
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