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<靖子>
その58
しおりを挟む「ごめんなさいねー。私、勇作のことそんなに好きじゃないかも」
「ま、またまたあ、そんな意地を張って。素直に言えよ。本当は俺のことを…」
「貴方には人として欠けているモノが有る。まず、女性全般を見下しているし、今のウエイターの件に関しても、『待たせとけ!』だなんて最低だわ。
よく聞きなさい。
毎朝貴方が大好きなエスプレッソを飲めるのは、その豆を仕入れて、選別して、梱包して、トラックで運んで、店の人がそれを売り、水道局の方たちのお陰で蛇口を捻るだけで出てくる水を使い、電力会社の方たちの努力でエスプレッソマシンがサクサク動き、ようやく飲めるのよッ。
自分が大企業のトップに近いからって、天狗になってちゃダメでしょう?『仕事だから当然』とか言ってないで、『いつも有難う』くらいの気持ちでいなさいよ。
皆んな誰かに助けられて生きているの。自分だけが偉いだなんて勘違いしちゃダメ!いつでも相手の立場になって考えてあげないと。
ほら、分かったの?だったらお返事は?!」
意外と素直にハイと返事した勇作であったが、事情を知らないウエイターがかなり私に怯え、震えながらコーヒーを運んで来たことは内緒だ。そして2杯目の高級コーヒーを飲みながら、私は勇作にこう宣言した。
「決めたわ。とっとと初体験を済まそうと思い、ちょっとだけ焦ってたけど…でも、人間として尊敬出来ない男と一線を超えるなんて無理よ。
私が勇作を好きになれたら、抱かせてあげる。それまではキスしか許さないわ」
こんな偉そうなのに私は非モテの処女である。
「え、ええっ?!そんなあ~酷いよ」
反対にこの男は百戦錬磨のモテ男だ。
「酷くなんかありません」
「そんなザックリした条件、努力のしようが無いじゃないか」
「あらそう。もう負けを認めるのね?モテ男の異名を欲しいままにしてきたクセに、こんな冴えない小娘1人落とせないってこと?」
「冴えなくなんか無い!や、靖子は…すごく可愛い…と思う、…うん」
ち、ちくしょ!
作戦か?早速コレ、作戦なんだな?!
当たり前だが、他人同士が一緒に暮らすのは本当に難しいことだと思う。昨日は好きだと思っても、今日は突然嫌いになる。
些末なことでいちいち揺れない程、夢中にさせて欲しいものだ。…って、まるで絶世の美女の台詞みたいですね。安心してください、いつもの庶民靖子ですから。
「まったく、靖子は一度も俺の思惑通り動いてくれないなあ」
「なんてったって、恋愛初心者だからね!」
「初心者だとどうして動かないんだよ」
「だってほら、皆んな失敗を繰り返すでしょ?それで要領を掴んでしまうんじゃないかな。その結果、マニュアル寄りになってしまう。
自分がどうしたいか…じゃなくて、どうすればソツなくこなせるか…に重点を置き、どこかの誰かの真似をしてしまうんだと思う。
私も多分、このあと何度か恋をしたらきっと普通の女になるんじゃないかなあ?」
ギュウッといきなり手を握られた。
「ダメだ。俺が靖子の最初で最後の男になる。だから、ずっとこのままでいてくれ」
「あ、今のいいネ!なんかグラッときた~」
「アホか!本気で言ったのに茶化すなって」
「またまた~そういう演技はメチャ上手だよね」
「ああっ、どうしたらこの想いが伝わ…」
「い、いででで!!」
ボキリ。
軽快な音を立てたかと思うと、私の左手の薬指と中指に激痛が走り。慌てて病院に駆け込んだところ、骨折していることが判明。ワザとでは無いことは分かっているが、更に私の勇作評は下がりまくったのである。
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