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<靖子>
その56
しおりを挟む数日後の日曜日。
勇作坊ちゃまが買い物に行くと仰るので、この庶民靖子がお供をすることに。しかし、さすがはセレブだ。購入時に『アレとコレ、どっちがいいかな~』などと悩むことは無く、『アレとコレ、全部』という感じなのでアッという間に買い物終了。
私にも買ってやると言われたが、贅沢な生活に慣れると偽装結婚が終わった後に困ると思うので、丁重にお断りした。その代わり、お茶を奢って貰う。
いっそコンビニの安いコーヒーでも良いのに、颯爽と向かった先はどこぞのホテルのロビーで。たかだかコーヒー1杯に1,200円も払うという驚愕の事実に震えていたら、いつの間にか誰かが私の隣りに座っていた。
ゴ、ゴージャス…。
大輪の薔薇のように華やかな女性。そんな彼女は艶々の黒髪をかき上げ、頬杖をつきながらも勇作に向かって意味深に微笑む。
「久しぶりね。剣持さんったら、最近誘ってくれないんですもの」
「…は?どなたでしたか?」
嘘吐け勇作、こんな美人を忘れるワケないし。
「私たち、あんなにベッドで燃えたじゃない。忘れたフリをするなんて許せないわ」
「いえ、本当に貴女なんて知りませんから。そんなことより失礼じゃないですか?夫婦水入らずで休日を楽しんでいるのに、こちらの承諾も得ず、勝手に座るだなんて」
顎が外れそうなほどポッカリと開いた口は、たぶん『夫婦』の部分に反応したのだろう。
「結婚…したの?!嘘でしょッ、そんな…」
「しつこいな。…妻が怯えているじゃないか」
その言葉のせいで、ゴージャスさんはギロリと私を凝視している。
「じょ、冗談でしょう?!こんな若いだけで何の取り柄も無い女、剣持さんには絶対に似合わないわッ!」
これには私も深々と頷き、相槌を打つ。
「ですよねー、それには全く同感です。でも、悪いことは言いません。こんな冷酷な男とこのまま付き合っていても
絶対幸せにはなれませんよ。
だって、一時はそういう関係になった女性を、知らぬ存ぜぬで押し通そうとするんですもの。貴女みたいに素敵な女性、私が男だったら蝶よ花よと愛でて、自慢しまくりますって。
なぜこんなに髪がツヤツヤなんですか?
どこのシャンプーを使ってます??
美しさの秘訣を是非、教えてくださいよォ、この美しさはもう、国宝級ですわ。貴女ほどの女性ならもっと素晴らしい男性がきっときっと見つかります。だからこんな男のことは早く忘れてガ~ンバ!」
…あれ?なんか失敗したかな。
ゴージャスさんは、肩を震わせながら両手で顔を覆い隠し。気のせいか勇作さんの肩も震えている。それから暫くしてようやくゴージャスさんがニコニコ笑顔で口を開いた。
「剣持さん、このコどこで見つけて来たの?私、毒素を全部吸い取られちゃったじゃない。天然でコレやってるんだとしたら、恐ろしいわ。怒りを通り越して、涙が出るほど笑っちゃった」
「笑って頂けたのならば幸いです。やはり美人には笑顔が似合いますからね。こんな男、とっとと忘れてしまいなさい」
「そうね。私、無理してたかもしれない。たまにしか来ない連絡を待って、待ち続けて。ふふっ、大人の恋愛を気取っていたんだわ」
「駆引きってヤツですね?」
「そうよ、駆引きよ。言われてみればちっとも幸せじゃなかった。こんな男のどこが良かったのかしら?」
訂正!美人には笑顔だけではなく、こんな憂い顔も似合います。
うう…眼福、眼福。
「お姉さん、ガーンバ!」
「うん、頑張る。そして幸せになるわ!」
ひらひらと手を振りながらお姉さんは軽やかに去って行った。なんとなく良い仕事をした気になった私は、ご褒美とばかりに高級コーヒーを口に含む。
「…悪かったな」
「え?!ああっ」
スゴイぞ私!!
すっかり勇作の存在を忘れてた。
そういやいたっけ?
やだもう、自分で自分に吃驚だよ。
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