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<靖子>
その53
しおりを挟む…剣持勇作の朝は早い。
まず、一杯のエスプレッソで喉を潤し、新聞は少なくとも4紙に目を通す。お気に入りの香水はエゴイストプラチナム。手首などではなくウエスト部分に軽くつけると、そのセクシーな匂いが時間差で立ち上ってくる。
「うあちっ、あー!剣持さん、コレ食べてってくださいよお」
数年前に購入した都心の高層マンション。その最上階の見晴らしの良い部屋で、なぜか彼の妻は梅干しを焼いていた。(※ここでナレーション終了)
「ごめんね靖子ちゃん、俺は要らないよ」
「やだやだ、食~べ~てッ!だって2個焼いたもん。1人で全部食べたら塩分摂り過ぎになっちゃう」
アルミホイルの上でこんがりと焼けたソレを剣持さんの目線まで高々と掲げると、思いっきり遠い目をされた。
「あのね、靖子ちゃん。何度も言うように、俺、朝食はエスプレッソだけでいいんだけど…」
「私も何度も言いますけど、結婚したからには夫の健康管理は妻に全責任が課せられるんです。さあ、こっちに来て一緒に食べましょう。一日の始まりは朝食にアリ…ですよ!!」
ああもう、毎朝このやり取りをするの、本当に面倒臭い。いい加減諦めて、すんなり食べてくれないかな。
「うっ、相変わらずガッツリ和食だね」
「ええ、和食ですよ。朝と言えば白米と味噌汁、それに今朝はコンカイワシをご用意しました!」
「コンカイワシ…?」
「鰯を米糠に漬けたものです。しょっぱくて美味しいから是非食べてください」
「うっ、強烈な臭いだね…」
「あはは!でも美味しいからっ」
「それといちいち梅干しを焼くのは何故だい?」
「なんかテレビで『イイ』って言ってたんです。でも、何がどうイイのかは忘れてしまいました」
「あ、そう…」
「とにかく健康になるから食べてください」
新婚生活1週間目。
もちろん新婚旅行には行かなかった。婚約期間もそれほどデートらしきことはせず、こうして朝晩食事をする以外はこれと言って夫婦らしくない2人である。世の中の夫婦は皆んなこんな感じなのだろうか。
あれこれ悩んでいるうちに、全然違う疑問が口から飛び出てしまう。
「あのう…、剣持さん」
「うん、なんだい?」
「いつになったら、メロメロにしてくれるのでしょうか?」
「ああッ?!…う、ああ」
「ちょっとだけ期待しているんですけど」
「あー、ああ」
「それに全然手を出してくれないのは、もしや任期満了まで清い関係でいるのですか?」
「あ、ああ?!あ…」
いい加減、この辺りで私もキレた。
「もうっ!『ああ』以外に言えないんですか?」
「だってっ!!しょうが無いじゃないか!!」
ぎゃ、逆ギレですか??
「な、何がしょうが無いんですかよ!…って変な日本語になっちゃったでしょッ」
「俺は食事中に喋らないよう躾けられてんの!それをしつこく話し掛けてくるからっ」
たぶん、色々と情緒不安定だったのだ。そんなに親しくない相手と、慣れない同居生活。しかも心なしかその相手は私が苦手らしく。話し掛けると明らかに身構えている。
何が距離を縮める…だ。
何が恋愛を学べる…だ。
こんなの全然、話が違うでは無いか。全てが失敗だったような気がして、思わずボロボロと泣いてしまう。
「うわっ、なんで泣くんだよ?!ごめん、俺の言い方がキツかったか??」
「うーっ、剣持さんのバカァ…。こんな生活ヤダ…。もっと楽しくしたいのにぃ」
大量のティッシュが目に押し付けられ、そのあとグイグイと抱き締められた。
「そんなこと言うなよ~。確かに俺が悪かったからさ、…その、頑張る!もう躾とか忘れて食事中だろうと喋っちゃうぞ」
「ほんと?」
「ああ、もちろん本当だ」
「うふふ、剣持さん、優しいね」
意外なことに。
いざ一緒に暮らしてみると、剣持さんは全然俺様じゃなくて。むしろ私に振り回されている感じで。こちらから要望を出すと何でもそれを受け入れ、すぐに叶えてくれるのだ。だから、もう一度だけ言ってみた。
「あのう…、いつになったらメロメロにしてくださるのでしょうか?ほんのちょっと期待しているんですけど、もしかして今晩あたりに実現されますか?」
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