かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その43

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 …………
「粗茶ですが」
「ええ、本当にそんな感じね」

 相変わらず毒舌だな。
 社交辞令という言葉を知らないんだろうか。

 そんなことを考えながら、煎茶を乗せて来た丸いお盆を胸に抱き締める私。上品にコクリコクリと数口飲んだかと思うと、公子さんは唐突に話を切り出す。

「改めて結婚おめでとう。その節は意地悪を言ってごめんなさい」

 謝った!!
 こ、これ本当に公子さん??
 もしかして影武者なんじゃないの??

「い、いえ。私、本当にメンタルが強いのでちょっとやそっとじゃ落ち込まないんですよ」
「…でしょうね」

 やっぱり公子さんだあ。

「その、ところでご用件は何でしょうか?」
「うう…、ごめんなさい。私、何を言っても感じ悪くなってしまうのよ…。言い訳させていただくと、母がこんな感じなの。常に他人の粗探しをして蔑みながら生きているような人だから娘の私にもソレが受け継がれて。

 つい、突き放した言い方や、バカにした感じで話してしまうのね。直そう直そうと思っているのだけど、長年染みついたモノだからなかなか消えなくて。仕事だと思うと他人に気を遣えるのに、私生活に切り替わった途端、こうなってしまう。

 本当に失礼な女だと思っているでしょうね?素直に非を認め、悪い部分は直そうと思います。でも、己のダメな部分に気付けただけでも自分で自分を褒めてあげたいわ。…だから…その…うふふっ」

 なんだかもう、話を聞くのが面倒臭くなってきたな。多分ここで『それでどうしたの?』と食い付かなければいけない様だが、敢えて私はそれをしないことに決めた。んで、丸いお盆を車のハンドルみたくクルクル回してみたりして。

 シ───ン。

 どうやら私が訊くまで事態は進行しないようだ。タイム・イズ・マネーなので仕方なくその台詞を口にすることにした。

「それで、どうしたんですか?」
「あの…ね。彼、今まで会長…えとお祖父様の側近だったのね。だからなかなか声を掛けられなくて、それが一時的にだけど政親さんの補佐になっているでしょう?こんなチャンスは滅多に無いことなのよ。でも、私が会えるのは仕事絡みの時だけだし、公私混同する女は絶対嫌いだと思うから、仕事以外に会う機会を設けたいのね。だけどどうやって?ハイ、こうやって!」

 公子さんの話、長くて分かりにくっ!!

 スッと出されたのは、A4サイズの用紙で。そこにはフリー素材のイラストらしく、花嫁花婿が陽気にこう叫んでいた。
 
>新婚お披露目ホームパーティーを開催します。
>皆さん、こぞって参加してね!!

「…何ですかコレ?」
「何って、政親さんと零さんからの招待状よ」

 よく見ると、確かに住所はこの家になっている。おいおいおいおい、勝手にそんなことを決め…。

 瞳孔開き気味の私に、公子さんはこう懇願した。

「剣持さんのことが本気で好きなのッ。どうかどうかチャンスを頂戴!!自分だけ幸せになったら他はどうでもいいとか、そんな冷たい人じゃないでしょう??」

 どうやら公子さんはこの私のことを、ハートウォーミングな女だと思っているらしく。だが、敢えて言わせて貰えば私にだって愛情を与える相手を選ぶ権利は有る。夫の従姉妹とは言え、元カノで。しかも姑はこの人を嫌っているのだ。この人に恩を売ってもメリットは無い。

 いや、それよりも…正直に言おう。
 私は公子さんが嫌いだ。

 今までそんなに他人を嫌いだと思ったことは無いのだが、本能的に感じるのである。

 この人が嫌いだと。

 どうだ!未だかつて、こんな正直に他人を嫌いだと言うヒロインがいたであろうか?

 …いや、いない。

『あはは、うふふ』とお花畑の笑顔を晒し、どんなに意地悪をされても相手を許すという、そんな天使のようなヒロインが愛される昨今。私のようなハミ出し者がいても良いではないか。

 だいたいねー、苦労知らずで生きてきたクセに、他人に暴言を吐くのは全て『母親のせい』だと。『だから許しなさい』というその横柄な態度!そういうの、人のせいにしちゃダメだよね?

「ちょっと、零さん?!早く日程を決めて欲しいんだけど」
「残念ですが私の一存では決められないんです。しかも政親さんは今、仕事に集中したいそうで連絡はしてくるな言われておりまして…」

 う、嘘じゃないからねッ。

 ファサッと長い黒髪をかき上げ、公子さんは不敵な笑みを浮かべた。…って入ってる!湯呑みに髪の毛が入ってる!でも教えな~い。こう見えて私はワルなのだ。

 チャプンと煎茶を含んだ毛先を再びファサッと公子さんがかき上げたせいで、その水滴が私にビチッと飛んだ。

 うおっ、あちち。
 な、なかなかヤルわねっ。
 ※公子はこの攻防に気付いていない。

「じゃあ私が直接、政親さんに電話するわ」
「え、ええっ?…まあ、はい」

 澄まし顔で電話を掛けた公子さんは、いけシャアシャアとこう言うのだ。

「うん、そう、そうなの。零さんの方がどうしてもパーティーしたいって。自分からは言い出し難いから私の発案だということにして欲しいと懇願されてしまって。うふふ、いじらしいじゃないの。仕方ないから私が一役買ってあげるわ。本当はとっても忙しいんだけどね」

 おい、こら!
 人に罪をなすりつけるな!!

 再び瞳孔を開く私に、電話を終えた公子さんが笑顔で報告してくださった。

「『あと数日で一旦仕事が落ち着くから、次の土曜にならしてもいいよ』ですって。さあ、零さん。頑張って頂戴ね!!」

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