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<零>
その39
しおりを挟む[親愛なる零へ~政親side~]
「なあ剣持さん。気になる女を落とす方法を伝授してくれよ」
「またまた、ご冗談を」
剣持さんは祖父が一番信頼している秘書で。剣持家は昔から帯刀家に仕える家系らしいが、先代には娘しか生まれなかった為、1つ飛んで孫であるこの勇作さんが跡を継いだと聞いた。
御年34歳。独身だがいつも周囲に超一流の女をはべらせており。仕事に於いても、私生活に於いても、策士であることは間違いなさそうだ。
「俺さあ、自分から言い寄ったことが無いから」
「…でしょうね。政親さんほどの方でしたら、わざわざ自分からアクションを起こさなくとも視線を合わせれば言い寄ってくるでしょうから」
帯刀グループは兄が継ぐ。それは巨大な権力と共に、重責も背負うことになる。だから、俺は自分の位置が案外気に入っていた。
兄の補佐的な役割を担いつつも、グループ全体を見渡しながら脆弱な部分を補正する。その作業は、遣り甲斐が有って成果も見え易い。指示は祖父や父が出し、俺はそれに従って黙々と任務をこなすだけだ。
初めての仕事は帯刀流通のテコ入れ。他社との差別化を図り、オンリーワンの企業にして来いと。1人では心許ないと思ったのか、祖父が剣持さんを俺に付けてくれて。
お陰で僅か1年でミッション達成。それにより信頼された俺は次から次へと任務を課せられ、その全てを驚きの早さで完遂した。
>どれも手応えが無さ過ぎます。
>もっと難しい任務を与えて欲しいのですが。
そんな生意気な要求をした俺を、祖父は豪快に笑い飛ばしたかと思うと、それはそれは意地悪そうに言ったのだ。
>じゃあ、帯刀フーヅを立て直して来い。
グループ内で断トツ最下位の売上を誇る会社で、だからこそ燃えてしまったのかもしれない。取り敢えず様子見で、身分を隠して潜入し。営業部のイチ課長という立場から社内を見回す。
残念ながらその会社は腐っていた。
何時代かと問いたくなるほど時代錯誤な体制と、長年在籍しているというだけで威張り散らす無能人間が幅を利かせ。パワハラが当たり前のようにまかり通り、若者や女性たちの活躍の場は皆無だ。
「爺さん天国だな…」
思わずそう呟いた俺に、お茶当番だったらしいその女のコが湯呑みを渡しながらこう言った。
「(コソコソ)大丈夫ですよ。あと10年もすれば絶対、課長の天下ですから。そしたら課長を神輿に乗せて一揆しちゃいます」
普段それほど気にしたことも無い女性社員だが、その話し方が妙に引っ掛かった。どうやらこいつは、この俺を男として意識していないようなのだ。
だってストーカー製造機なんだぞ?
文字通り老若男女が俺に惚れるのに?
ああ、もしかして視力が悪いのか。
「キミの視力いくつだ?」
「はい?2.0ですけど」
こうして俺は松村零を意識し出すのである。…丁度この頃、兄夫婦に子供が望めないことが判明し、母から執拗に結婚しろと迫られていて。
正直、女なんて御免だった。
特に恋する女ほど厄介な生き物は無い。過去に付き合った女達はひたすら俺の時間を奪っただけで、何も与えてはくれなかったから。
例えば、仕事で忙しいと伝えたにも関わらず一日に何度も電話を掛けて来て、用件は何かと訊ねると『用事が無いと電話しちゃダメなの?』と逆ギレしたり。
『うふ、今日ね、何してたと思う~?』などと恐ろしくつまらない話をクイズ形式で小出しにし、いつまでも電話を切らせてくれなかったり。
帰宅したらドアの前で待っていたことも有るし、拒絶すると何故か合鍵を求められ、思い詰めた挙句に職場まで押し掛けられたことも有る。
いや、付き合っているのならまだマシだ。
中には名前すら知らない女が勝手に付き纏い、いきなり婚姻届を渡された時には心底驚いた。
ええいッ!
俺で勝手に妄想すんな!
勝手に惚れるな!
段々、己の身すら疎んじるようになってきて。常にそういう対象として見られていることが煩わしいと言うか、気持ち悪いと言うか。次第に、こんな陰鬱な感情を抱かせる女たちが憎いとさえ思えてきた。
いいか、女ども。こっちはお前らみたく、愛とか恋だけで生きてはいないんだ。だからこれ以上、俺の邪魔をするな!!…と思っていた矢先のことだった。
全女性社員が俺のことを、熱く潤んだ瞳で見ていると思っていたのに。道端に生えている雑草でも眺めるかのように、まったく感情の無い目でその女は俺を見た。
おかしなもので。あれほど拒絶反応を示していた“女”に、こんな態度を取られるとそれはそれで気になり、もっとその中身を知りたくなってしまうワケで。
「…うん、いいよ。調べてあげよう。その松村零ってコが花嫁候補なんだよね?」
「えっ?は、花嫁…っていうか、ちょっとだけ気になる女っていうか…、はい調べてください」
剣持さんは相談相手になってくれなかったので、仕方なく親子ほど年齢が離れた帯刀流通の横井社長に打ち明けてみた。この人は前職が帯刀ファイナンスの重役という経歴を持っており、信用調査はお手の物なのだ。
「政親くん、あの松村零ってコ、いいねえ。苦労人なのに不幸を背負っている翳が無い。いやあ、俺、いつの間にか彼女がバイトしてる店の常連になってたよ。今度キミも行くかい?」
「へ?ああ、はい」
信頼している横井社長からの太鼓判を貰い、ますます俺は松村零を気にし出すのである。
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