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<零>
その36
しおりを挟むうざい高久さんでも好感度倍増だよッ。
「ううん、可愛いよ。俺はさ、ずっとキミを見つめていたからその内面はよく知っているつもりだ。いつも自分のことは二の次で、誰かの為に頑張っているよね。今はきっと新社長の為に一生懸命なんだろう?」
そう言って瞳の奥を覗き込まれた途端、温かな感情が流れ込んでくる気がした。
た~か~く~。
今、それしちゃダメ!!情緒不安定な時にそんなことされたら、さすがの私も参ってしまうではないか。
ガシッと手を握り、見つめ合う2人。
「えっ?!ああっ??」
突然の衝撃。誰かが背後から私を抱き寄せ、高久さんから引っぺがした。驚いて振り返ると、そこには…。
「ま、政親さん?!」
「おうよ!」
威勢よく返事しているその人は、一応、私の夫であるはずの男で。変態まる出しにして、私の首元の匂いをスーハーと嗅いでいる。
「な、なんでココにいるんですか?」
「俺の送別会だっつうんだもん、来ないワケにいかないだろうが」
…で、体をひっくり返されたかと思うと、いきなり頬を掴まれ、口を開けさせられた挙句、問答無用で舌を突っ込まれる。まったく、こんな乱暴なキスが嫌じゃない私も相当だ。
「んーっ、んぱっ」
「ぜ、ぜえ、ぜえ、ぜえ…」
一瞬唇が離れたかと思うと再び舌が入ってくる。あまりにもグイグイと唇を押し付けてくるので、背中は海老ぞり、口はもちろん鼻呼吸も困難だ。
残るは皮膚呼吸しか無いっ。頑張るのだ、私の皮膚たちよ!!酸欠状態で遠のく意識の中、必死で皮膚を応援しているとようやく政親さんが解放してくれた。
「零、会いたかった!」
「え?私に…会いたかったんですか?」
もちろん嫌味である。
「そういう言い方をするな。傷つくじゃないか」
「そ、そんなにショックを受けなくても。連絡無しで一週間も放置したのはアナタですよ」
「はあ?事前に話しておいただろ?古参役員の不穏分子を一掃してるって。
社長に就任した後も奴らなかなか手強くてな。取締役会で不信任決議しようとしたり、株主を買収して不信任案を出させようとしたり、次から次へと邪魔して来やがるんだよ。
不正経理をネタに役員を辞任させた奴らまで復活しようと画策してて。弁護士立ち合いの元、誓約書まで書かせたのに、無能な人間でも束になると勝てると勘違いしたみたいだな。それで今、顧問弁護士である公子と相談しながら訴訟の準備中なんだよ。
何せ数が数だろう?スゴイことになってて。俺の試算だと、もうあと1週間掛かるかな。こちらの目論見としては、訴訟取り下げを餌に大人しくしてくれたならそれで万々歳なんだが」
…この人は本当に仕事が好きで、たぶん私の存在はそれ以下なのだろう。
今の説明で、政親さんが常に公子さんと一緒にいる理由は分かったし、挙式前に政親さん宅で公子さんと話していた内容が仕事絡みだということも薄っすらボンヤリと理解出来た。
でも、不思議なほどに私の気持ちは冷めていく。
いくら忙しいからと言って電話くらいする時間は有ったはずだし、元カノである公子さんと常に行動を共にすれば私がどう思うかも予想出来たはずだ。
…なのに結局、放置した。
私がどう感じるかなんて、どうでもイイんだな。ううん、私が勝手に勘違いしていただけなのだ。これは正真正銘の契約結婚で、お互いの感情を通わせる必要は無いのだから。せめて一年間だけでも、本当の夫婦みたいに暮らせれば…なんて。
そんな甘い夢を見た私がバカなのだ。
「零、あと1週間で一緒に暮らせるからな!その…寂しい思いをさせてしまって悪いけど、もう少しだけ我慢してくれ」
「いいえ、全然大丈夫ですよ」
顔にも心にも仮面をはりつける。
本心を見せまいという分厚い仮面を。
「1週間も放置してたのに、更に1週間?!」
…いたことすら忘れていた高久さんが、ここで存在をアピールし始めた。
「なんだ、高久くんか。夫婦の会話に勝手に入ってくるなよ」
「いやいや、聞き捨てなりませんね。やっぱりアナタには松村さんを任せておけない」
「零はもう松村じゃないし、お前にそんなことを言われるのは心外だ」
「あのですね、職場では旧姓を名乗るって松村さん自身が朝礼で宣言してるんですよ。夫であるアナタがそれを知らないんですか?」
なんかおかしな方向に話が流れ出したぞ。
「ふっ、ふん。だから何だと言うんだ?」
「じゃあさっき松村さんが泣いていたのは、やっぱりアナタが原因なんですね?!」
「れ、零が泣いて??」
「ああ、もういい!俺、連れて帰ります」
そして偶然通ったタクシーを止め、高久さんは宣言どおり私を連れ去った…。
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