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<零>
その31
しおりを挟む自慢では無いが、私の脳はよく働く。
貧乏だったが故に、有料である娯楽を避け、頭の中で色々と考えることが唯一の暇潰しで。だから何を言いたいかというと、こんな場合のシミュレーションは得意ということだ。
…その口ぶりからして、課長は公子さんと頻繁に会っているようだ。しかも、共通の目的があるらしい。『契約違反』だの『期間を縮める』というのは、きっと私と課長の偽装結婚のことだろう。しかも私の行動で『困っている』のだと。
…ん??と、言うことは。そっか、お義母様と公子さんの母親が犬猿の仲だったせいで、この2人は結婚出来なくて。そこで考えた筋書が、適当な女と結婚したけどその女ともスグに別れ、それを見たお義母様が『こうなれば相手は誰でもいいから、とにかく再婚しなさーいッ!』と諦めた時点でようやく政親&公子がゴールイン!という感じだろうか。
…分かる、分かり過ぎる。この仮説だったら全てが納得いく。だったら尚のこと、私の好意なんて迷惑だ。マズイ、早くこの場から立ち去らなくては。何もかも気づかないフリをしないと、このまま課長とは一緒にいられなくなる。
見事ストーカー製造機にて加工済となった私は、何よりも傍にいられなくなることを恐れた。微かに震える脚をなんとか動かし、音を立てずに家を出る。
勘違いだ、私の思い込みだ。
そんな明るく前向きな考えも脳の片隅に沸いて出るのだが、長年染みついた自信の無さが塞ぐ。
>こんな私が、愛されるワケない。
トボトボと駅に向かって歩き、気付けばいつの間にか我が家にいた。慣れ親しんだ庶民的(多分それ以下)な景色が妙に心を落ち着かせる。
…恋ってヤツは本当に恐ろしい。あんなに強気で接していた相手に、これほど臆病になってしまうだなんて。自分がこんな粘着質で陰気な女だということも、新たなる発見かもしれない。願わくば、課長に出会う前の能天気な私に戻して欲しい。
って、いったい誰に頼めばいいんだろう。
暫くして課長から電話が有ったが、こんな気分ではいつも通りに話せるワケも無く。居留守を使っていると鬼のように着信が増え、LINEの方もメッセージが次から次へと表示されていく。既読にならぬよう、通知画面だけで確認しているとその内容はどれもお怒りだった。
>これで暫くは時間が取れないぞ?!
>連絡も無しで約束を破るとは何を考えている。
>とにかく返事をしろ!
私もう、課長のいない国に行きたい…。
心穏やかなストレスフリーの世界へ。そんなの無理だと分かっているけど。それどころか一緒に住んだりしちゃうけど。
ガンガンガンガン!!
安普請のドアが壊れそうなほど叩かれ、嫌な予感がして立ち上がる。アホだな、私。だって課長はきっと分かっている。貧乏で可哀想な私がココ以外どこにも行けないことを。
「ね、姉さん??俺が出ようか?」
「んー、大丈夫だよ」
自室で試験勉強をしていた京にそう答え、近所迷惑なので仕方なくドアを開けた。
「ったく、何してんだよ、零。ほんと面倒臭い女だな」
「う。ご…めん…なさ…」
笑ってそう答えるはずだったのに。『面倒臭い』のフレーズに過剰反応してしまい、涙が滝の様に流れ続ける。どうやら私は世界イチ面倒な女になったようだ。
まさか泣くとは思っていなかったらしく、一瞬だけ怯みながら課長はこう付け加えた。
「め、面倒な女を手の平で転がすのも、なかなか面白いがな」
「うっ、えぐっ、えっ、えっ」
「おい、聞いてるのか零。俺の男としての器は宇宙スケールだから、どんなに面倒を掛けられても平気なんだぞ!」
「うわーん、えっ、えっ」
「なんだ、おい、マリッジ・ブルーなのか?しかし残念ながらそんなものは後でゆーっくり味わってくれ。とにかく俺には時間が無いんだ」
実を言うとこの頃にはもう、何が原因で泣いたかは忘却の彼方へと消え去っていて。ただ泣いたことが恥ずかしくて、顔を上げられなくなっていただけなのだが。そんな私の背後から京が忍び寄り、心配そうに質問してきた。
「姉さん、…もしかして泣いてるの??」
「ま、まさかッ。まさかまさかの、まさかり担いだ金太郎だよッ!」
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