かりそめマリッジ

ももくり

文字の大きさ
上 下
28 / 111
<零>

その28

しおりを挟む
 
 
 それから1カ月が経過し、更にその1カ月後が結婚式という頃。支店から靖子と高久さんが異動して来て、合わせたかのように茉莉子さんの研修も終わり、一気に周辺が賑やかになった。

 ちなみ茉莉子さんは素性を隠すため、旧姓の“小椋オグラ”を名乗るそうだ。

 よくよく考えると、一緒に過ごす時間が増えるということは偽装結婚がバレる可能性も高まるということで。鋭い茉莉子さんを騙し通せるのかという不安に加え、あの高久さんも騙さねばならぬのだ。

「い、胃が痛…」
「んー、どうした?」

 朝起きて早々、ベッドに座って項垂れていると、すぐ傍にあるデスクで既に幾つか仕事を終えた課長が社交辞令のようにして訊いてきた。

「なんか…ここ最近、結構神経を使ってるんで。ほら、本社ってあちこちに古参の人間がいて、説教好きな上に頭ガチガチじゃないですか。一昨日なんて茉莉子さんが会議内容をタブレット端末に直接入力していたら、諸田さんが『メモは手書きしろ』って」

「諸田さんか。確かもう結構な爺さんだよな?」

 コクンと頷きながら私は答える。

「そうですよ、仕事出来ないクセに、威圧的で。茉莉子さんが『メモを手書きしても結局はそれを入力するから二度手間です』って反論したら、顔を真っ赤にしてキレまくりですよ。

『うるさい!言われた通りにしろ!お前は何様のつもりだ』って最後にはペンを投げる始末で。それを見ていた高久さんが諸田さんに怒り、『女性に物を投げつけるなんて最低だ!!』と非難したら、今度は高久さんが目をつけられて。

 諸田さんったら逆らえないと分かってて、高久さんの指導係である森さんに嫌がらせするよう仕向けているんです。終業間近にワザと大量の入力を依頼したり、何度も提案書をボツにしたり。1日で提案書を9回修正させるのは異常としか。

 こっそりそれを手伝って靖子も残業していたら、昨日は靖子が諸田さんに呼び出しを食らって意味不明な説教の嵐だったんだそうで。本当にもう空気がメチャ悪くて…」

「うーん、それは理不尽だなあ。無能な老人が有能な若者の芽を潰しているのか」

 課長、なかなか厳しいことを言いますね。でも、間違いではありませんが。

「老いても有能な人はたくさんいるんですが、ウチの会社に於いては例外かもしれません。社風なのかそういう人でなければ残れないのか、とにかく老いた方々はその殆どが威張るだけで全然仕事もせず、若者と女性虐めに励んでいて。

 あれで給料もそこそこ多く貰っているとか、到底納得出来ません。社長になった暁には、何とかしてくださいね。このままじゃウチの会社に未来は無いです」

「ああ…任せておけ」

 ニカッと笑顔で即答してくれたものの、実は知っているのだ。

 先日の役員会議で社長交代の発表をしたところ、古参の役員たちから激しい抵抗を受けたことを。会議の途中でボイコットされ、34人のうち半数しか残らなかったせいで、引継ぎなども難航しているらしいのだと。

 ってコレ、茉莉子さん情報なんですけど。

 ──この日を境に課長は多忙を極め、出張や外出することがべらぼうに増えて会えないまま2週間が過ぎた。




「幻の課長は、今どこに生息しているのやら」
「あら、職場だけじゃなくてプライベートでも会えていないってこと?」

 ココは会社近くの喫茶店。

 自前弁当派の私がこうして外食をしているのは、靖子や高久さん、茉莉子さんの愚痴を聞く為だ。

 社食でそんな話が出来るワケも無く、かと言って、人気の定食屋でも誰に聞かれるか分からない。…ということで、不人気な喫茶店にこうして4人で仲良くランチタイムを過ごす。

 ドリンクメインの店のワリに、案外パスタ系が充実しており、しかも美味しいということを茉莉子さんが発掘してきたのである。

「そうですよ。2週間も電話すら無い状態です」
「へえ、そうなんだ」

 いろいろややこしいので、周囲には茉莉子さんが私の婚約者である課長の兄嫁ということだけ公表した。だが、それが帯刀グループの御曹司たちだということは今のところ秘密だ。

 あれから年配社員たち(先の諸田さんを含む)が結束し、何故か新参者虐めに燃えており。特に茉莉子さんへの態度がハンパ無い。営業全体の会議に出るなとか、1日パソコンを触るなとか、何もさせないように仕向けるのだ。

「ああいう哀れなお爺ちゃんたちって、どういう考えで生きてるんでしょうかねえ?」

 靖子がシミジミそう呟くと、茉莉子さんが熱く語り出す。

「早い話、進化についていけなかったんでしょ。ITだパソコンだスマホだって要所要所に転機が訪れたけど、昔ながらのやり方で俺はヤル!…とかなんとか逃げて、結局はお荷物になって。

 でも自分が仕事出来ないのがバレたくないから、他の人間にも同レベルのままでいろ!…ってね。

 うーん、ハッキリ言って邪魔だわ」

 こ、こええええ。
 茉莉子さん、怒ってるううう。

「そう言えば、噂なんだけどウチの会社、トップが交代するらしいぞ」

 高久さんの言葉に、驚くフリをする私。そして靖子はナチュラルに驚いている。しかし、茉莉子さんだけが無表情だ。

「実は昨日、政親さんに会ったのよね、私」
「ええっ、そうなんですか?!」

 しれっとそう言う茉莉子さんの顔を凝視すると、驚くべき事実が語られた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

処理中です...