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その28
しおりを挟むそれから1カ月が経過し、更にその1カ月後が結婚式という頃。支店から靖子と高久さんが異動して来て、合わせたかのように茉莉子さんの研修も終わり、一気に周辺が賑やかになった。
ちなみ茉莉子さんは素性を隠すため、旧姓の“小椋”を名乗るそうだ。
よくよく考えると、一緒に過ごす時間が増えるということは偽装結婚がバレる可能性も高まるということで。鋭い茉莉子さんを騙し通せるのかという不安に加え、あの高久さんも騙さねばならぬのだ。
「い、胃が痛…」
「んー、どうした?」
朝起きて早々、ベッドに座って項垂れていると、すぐ傍にあるデスクで既に幾つか仕事を終えた課長が社交辞令のようにして訊いてきた。
「なんか…ここ最近、結構神経を使ってるんで。ほら、本社ってあちこちに古参の人間がいて、説教好きな上に頭ガチガチじゃないですか。一昨日なんて茉莉子さんが会議内容をタブレット端末に直接入力していたら、諸田さんが『メモは手書きしろ』って」
「諸田さんか。確かもう結構な爺さんだよな?」
コクンと頷きながら私は答える。
「そうですよ、仕事出来ないクセに、威圧的で。茉莉子さんが『メモを手書きしても結局はそれを入力するから二度手間です』って反論したら、顔を真っ赤にしてキレまくりですよ。
『うるさい!言われた通りにしろ!お前は何様のつもりだ』って最後にはペンを投げる始末で。それを見ていた高久さんが諸田さんに怒り、『女性に物を投げつけるなんて最低だ!!』と非難したら、今度は高久さんが目をつけられて。
諸田さんったら逆らえないと分かってて、高久さんの指導係である森さんに嫌がらせするよう仕向けているんです。終業間近にワザと大量の入力を依頼したり、何度も提案書をボツにしたり。1日で提案書を9回修正させるのは異常としか。
こっそりそれを手伝って靖子も残業していたら、昨日は靖子が諸田さんに呼び出しを食らって意味不明な説教の嵐だったんだそうで。本当にもう空気がメチャ悪くて…」
「うーん、それは理不尽だなあ。無能な老人が有能な若者の芽を潰しているのか」
課長、なかなか厳しいことを言いますね。でも、間違いではありませんが。
「老いても有能な人はたくさんいるんですが、ウチの会社に於いては例外かもしれません。社風なのかそういう人でなければ残れないのか、とにかく老いた方々はその殆どが威張るだけで全然仕事もせず、若者と女性虐めに励んでいて。
あれで給料もそこそこ多く貰っているとか、到底納得出来ません。社長になった暁には、何とかしてくださいね。このままじゃウチの会社に未来は無いです」
「ああ…任せておけ」
ニカッと笑顔で即答してくれたものの、実は知っているのだ。
先日の役員会議で社長交代の発表をしたところ、古参の役員たちから激しい抵抗を受けたことを。会議の途中でボイコットされ、34人のうち半数しか残らなかったせいで、引継ぎなども難航しているらしいのだと。
ってコレ、茉莉子さん情報なんですけど。
──この日を境に課長は多忙を極め、出張や外出することがべらぼうに増えて会えないまま2週間が過ぎた。
「幻の課長は、今どこに生息しているのやら」
「あら、職場だけじゃなくてプライベートでも会えていないってこと?」
ココは会社近くの喫茶店。
自前弁当派の私がこうして外食をしているのは、靖子や高久さん、茉莉子さんの愚痴を聞く為だ。
社食でそんな話が出来るワケも無く、かと言って、人気の定食屋でも誰に聞かれるか分からない。…ということで、不人気な喫茶店にこうして4人で仲良くランチタイムを過ごす。
ドリンクメインの店のワリに、案外パスタ系が充実しており、しかも美味しいということを茉莉子さんが発掘してきたのである。
「そうですよ。2週間も電話すら無い状態です」
「へえ、そうなんだ」
いろいろややこしいので、周囲には茉莉子さんが私の婚約者である課長の兄嫁ということだけ公表した。だが、それが帯刀グループの御曹司たちだということは今のところ秘密だ。
あれから年配社員たち(先の諸田さんを含む)が結束し、何故か新参者虐めに燃えており。特に茉莉子さんへの態度がハンパ無い。営業全体の会議に出るなとか、1日パソコンを触るなとか、何もさせないように仕向けるのだ。
「ああいう哀れなお爺ちゃんたちって、どういう考えで生きてるんでしょうかねえ?」
靖子がシミジミそう呟くと、茉莉子さんが熱く語り出す。
「早い話、進化についていけなかったんでしょ。ITだパソコンだスマホだって要所要所に転機が訪れたけど、昔ながらのやり方で俺はヤル!…とかなんとか逃げて、結局はお荷物になって。
でも自分が仕事出来ないのがバレたくないから、他の人間にも同レベルのままでいろ!…ってね。
うーん、ハッキリ言って邪魔だわ」
こ、こええええ。
茉莉子さん、怒ってるううう。
「そう言えば、噂なんだけどウチの会社、トップが交代するらしいぞ」
高久さんの言葉に、驚くフリをする私。そして靖子はナチュラルに驚いている。しかし、茉莉子さんだけが無表情だ。
「実は昨日、政親さんに会ったのよね、私」
「ええっ、そうなんですか?!」
しれっとそう言う茉莉子さんの顔を凝視すると、驚くべき事実が語られた。
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