かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その25

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 本当に何もかもお見通しなんだな…と思って。

 でも正直に話したところで誰が幸せになるのか。兄は私を憐み、己の不甲斐なさを嘆くだろうし、弟は自分のせいでと打ちひしがれるだけだ。だったらこの嘘を貫き通さねば。

 大丈夫、上手くやれる!
 …と意気込んだその時。

「あはは、さすがですね!そうなんです、コレ、偽装結婚なんですよ」

 こともあろうに、課長がソレを暴露し始めた。

「な、ななな、何を言うんですかカチョッ?!」

 そりゃあ声も裏返るっつうもんで。

 兄は歌舞伎の見得よろしく『な~に~を~?!』という言葉を顔全体で表現しているが、何故か課長は余裕たっぷりに微笑みながら続けた。

「今どきというか、お恥ずかしい話なのですが、帯刀グループは世襲制でして。残念ながら男2人兄弟のうち、兄夫婦には子供が出来ないことが判明しました。それで、次男の俺に白羽の矢が立ったワケです。

 早急に跡取りをとウチの母がトチ狂いましてね。それはもう毎日欠かさず突撃してくるもので、仕事にまで支障が出るようになってきたんです。

 だから零さんに事情を説明し、期間限定の偽装結婚を持ち掛けた」

「…はっ?!お前、何をシャアシャアとッ!!」

 殴りかかろうと兄が膝を立てた、その時。課長はそっとすり鉢を卓袱台の上に置いてから、隣に座っていた私の肩を抱き寄せた。

「お願いですから最後まで聞いてください。

 始まりは確かに愛情なんて無かった。

 零さんを選んだ理由も、誤解されるのを覚悟で言いますが俺は死ぬほどモテるんです。ストーカー製造機という異名を持つほどなのに、零さんだけは俺を好きにならなかった。

 いやもう、可笑しいくらい俺に興味が無いんです。だから振り向かせたかったのかもしれない。とにかく俺は、生まれて初めて女性に興味を持ちました。『偽装結婚』を言い訳にして、実は零さんに近づきたかったんだと思うんです。

 そして、近付けば近付くほど惹かれた。こんな強く逞しくて…いじらしい女、好きにならない方がおかしいでしょう?!計算外でした、もうメチャクチャ惚れてます。

 お義兄さん、どうかこの結婚を許してください。最初は不純な動機で始まった2人でしたが、今はこれ以上無いほど透き通っています。山奥で滾滾と湧き出る水よりも清らかだ。

 大丈夫!零さんも今では俺のことを、真剣に愛してくれていますので。なあ、零ッ?!」

 か、課長、お芝居上手~~!!
 心の中で拍手しながら私は即答した。

「はい、もちろん!愛しまくってますよ」

「ぶふっ、ぶふふ、や、やっぱりか?んもう、零、お前やっぱり俺のこと…」

 …課長、お芝居の最中ですよ?そんな風に言われるとウッカリいつものクセで、『なんちゃって』と茶化しそうになりますって。

 笑いを堪え、手を握りながら見つめ合ってみる。ど、どうだラブラブだぞー。

「そうだったんですか。…じゃあ、いいかな。本当に好き合っているのなら文句は無いです。零、幸せにして貰うんだぞ?帯刀さん、どうか妹を宜しくお願いします」

 そう言って、兄は深々と頭を下げた。

 途端に激しい罪悪感が襲ってくる。私と京の為に必死で頑張ってくれた兄さん。いつか恩返しがしたいと思っていたのに、それがこんな形で裏切ることになろうとは。

「ありがとうございます!!今ここでお義兄さんと京くんに誓います…必ず零さんを幸せにすると!!(キメッ)」

 おうおう、その顔、久々に見たぞ。ったく本当に何ヤラせてもヤリ抜く男だな。

 段々とムカついてきたのは仕方ない。だって、こんなに優しい兄と弟に対してこの男は平気な顔で嘘を吐くのだから。そう、最初から分かっていたはずなのだ。これは偽装結婚で、愛情は一欠けらも無いと。

 なのに、虚しいのはどうしてだろうか?

 隣で笑っているこの美しい男が、私なんかどうでもイイと考えていることを改めて実感させられたせいかもしれない。そうでなければ、惚れてるだの愛してるだのとあんなにスラスラくちから出せるはずが無い。

 まったく、もう。そんな白々しい演技がよく出来るな。お願いだからこっちを見ないで欲しい。ただでさえイケメンなのに、演技とは言え愛おしさ全開の顔をされるとさすがの私でもグラッとくるではないか。

「はは、じゃ、えと…零、これからも宜しくな」
「え、ああ、はい。こちらこそ」

 しない!絶対に宜しくしない!!ずっとは無理だろうけど、今から暫くの間は塩対応してやる!!





 …………
 そんな決心をした数時間後。

 既に兄は自宅へ戻ってしまい、我らは就寝モードへと突入していた。照明も既に消し、相変わらず狭い布団の中で課長は果敢にも私をハグしようと挑んでくる。

 サカサカ…ガンッ。
 サカサカ…ガンッガンッ。

 解説すると背を向けて寝ている私の脇の間から、手を差し込んでくる課長の脚を蹴っている音だ。

「おいこら、零。まったくもうヤンチャだなあ」
「か、課長なんか嫌いですっ」

「あはは、あははは…って、なんでだ?」
「そんなの自分で考えてくださいよッ」

「は?全然まったく見当がつかんがな」
「…むーっ」

 ごめんなさい、考えたら課長は全然悪く無い。だって、偽装結婚がバレそうになったから一旦それを暴露しておいて、改めて偽装結婚を再構築しただけなのだから。

 で、でも、あんなスラスラと私に惚れたとか愛してるとか言うからッ。そういうのって、すごく残酷だと思う。

 …残酷??なんで??

 自問自答してみると簡単に答えは出た。

 なんてことは無い、私は課長を本気で好きになっていたのだ。

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