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<零>
その24
しおりを挟む「ただいま~。姉さん、お客様だよ」
「え?ああ、いらっしゃ…って、お兄ちゃん」
兄・正26歳。
ちなみに私達の名前は“正、零、京”と、数の単位または数に関連しているのである。
「ごめんな、急に押し掛けて。ほら、次の土曜にお前の結婚相手と対面するし、簡単に相手の人物像を聞いておこうかと思って」
「人物像って…」
本人が台所でごりごりゴマをすっているのだが、性急な兄はそれを伝える隙を与えてくれない。卓袱台の前にドカッと座りメモ帳を取り出した。
玄関に入ってすぐ左に台所が有り、直進すると襖一枚を隔てて居間が有る。どうやら兄は台所入口にぶら下がっている珠暖簾のせいで、課長に気づかなかったらしい。
ごーりごーりごーり。
課長が軽快にゴマをする音だけが響いている。それはまるで存在をアピールするかのように。
「名前、何さんだっけ? 」
「帯刀政親さんだよ。えっと漢字はこう書くの」
古書店勤務だからか、それとも元々の性格か。兄は俗世間のことには疎いのである。
“タテワキ”と聞けば、普通だったら『もしかしてあの帯刀グループの?』となるところを、この兄はそんな反応をしない。
「ほーん。変わった名字だな。刀剣女子が喜びそうな感じだ」
「そ、そんなことより、お兄ちゃん、あのね…」
ついウッカリ兄が失言しないよう、とにかく課長の存在を伝えたかったのに。なぜかそこから一気に結婚生活の心得を語られ、そのまま成す術もなく30分が経過。
「…っと、いけない。んで、帯刀さんとやらはどんな男だ」
「えっと、前にも電話で言ったと思うけど、同じ職場の課長で、物凄く仕事熱心な人だよ。真面目で女遊びもしないし、高学歴高身長で、次男だから将来的に両親と同居することも無く、既に持ち家で暮らしてるの」
説明していくうちに、改めて実感する。
…なんだこの好条件。
さすがの兄も軽く顔を歪めて言う。
「従業員1,200人いるんだっけ、零の会社。その規模から考えると27歳で課長って、相当有能なんだろうな。いやあ、話がウマ過ぎるぞ。
あ!もしかして
すっげえブサイクなのか、おい。
そっか、そうなんだな。さすが零だ、顔なんか二の次で中身重視か!!そうだそれが一番なんだぞ。顔はブサイクでも心は錦って言うからな」
兄さん、それって『ボロは着てても心は錦』だよ。などと心の中で反論していたら、“ごーりごーりごーり”の音が徐々に近づいてきて。そして、いきなり襖が開いた。
「えっと、あの…。零、もうこのくらいでいいかな?」
「う、ああっ、はいっ」
そんなこんなでようやく兄と課長がご対面だ。
「えっ、えっと、どなたさん?」
「初めまして、帯刀政親と申します」
すり鉢を持ったまま会釈するその姿は、まるで托鉢をしている修行僧のようだ。
「ああ…」
「ええ…」
その短い言葉に、全ての感情がギュッと詰まっている気がする。
「これは失礼しました。どうぞお座りください。私は零の兄で正と申します」
「では、遠慮なく座らせて頂きます」
途端に沈黙が辺り一面を覆う。
きっと兄は『俺、マズイこと言わなかったっけ』と自分の言葉を反芻している真っ最中だろうし、課長の方は『結婚前の同居をどう説明しようか』と脳内で想定問答集を作成しているに違いない。
大人は迂闊なことを言えないのである。
「あのね兄さん、俺達3人で暮らしてるんだ。あ、もちろん期間限定で短い間だけだよ!」
…だからというワケでも無いが、最年少の京が課長についてペラペラと喋り出す。それは傍で見ていて小気味よいほどに。
そしてその話を聞いていた兄の顔色が、みるみるうちに青褪めていく。
「たっ、帯刀グループの…?それが本当なら結婚式はかなり盛大ですよね?」
「謙遜は無駄だと思うので率直にお答えします。そりゃもう、ちょっとしたテーマパーク並みのスケールになりますが、でも心配はご無用です」
「そ、それはどういう…」
「あまりにも人数が多すぎて、席次表を作成しないことにしたんです。ですから、どこまでが新郎側でどこからが新婦側のゲストなのか誰にも分らないでしょうね」
…いや、そうじゃなくて。
そんな一般家庭の結婚問題と同じ扱いで、サラ~ッと答えないで欲しい。
兄の不安は招待客の人数に関してのみでは無く、多分この短い間に数々のシミュレートをし、それらが全部悲しい結論に辿り着いたのだろう。思いつめた表情で、突然ポツリと呟いた。
「零、ごめん。この結婚、考え直した方がいい」
「…え?兄さん…どうして?」
「大企業の御曹司でしかもこんなルックスって。女なら誰でも憧れるシンデレラストーリーなんだろうけど、俺の目から見ると胡散臭すぎる」
「う、胡散臭い…」
さすが我が兄!
苦労人なだけあって鋭いね!!
心の中で拍手喝采を送り、それとは逆に顔では『この世の終わり』的な絶望感を醸し出す。そんな私を横目で見ながらも、兄の話はまだまだ続く。
「しかもこれだけの格差婚なのに、向こうの家では誰も反対していないというのがとても妙だ。俺の予想では、何らかの事情で結婚を急かされ、取り敢えず零を選んだってトコだろうな。
そんな愛情の無い結婚で、大切な妹が幸せになれるワケが無い。
いいか、零。俺は頼りない兄だと自分でも思うが、それでも何か困っていることが有るのなら…お願いだ、遠慮なく俺に相談してくれ!」
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