かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その21

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「   」
「はい?」

 なぜ声に出さず、クチの形だけで『久しぶり』と伝えて来るのか。そんなところが超絶ウザイ。

 確かにそこそこ顔は整っていて、クール・インテリジェンスというか銀縁眼鏡がべらぼうに似合う男ではあるが。

 アクというかクセが強すぎるのだ。

 相手をするのが面倒になった私は、課長の方へと向き直って会話を続ける。

「そう言えば次の土曜で確定ですよね?ウチの兄弟たちとの対面は」
「え?ああ、それで調整を頼む。リクエストどおり中華料理店に予約したから」

「どうも有難うございます」
「えと、零?その、高久くんが後ろに…」

 ワザとだよ。知ってて無視してるの!

 …そう反論したかったが、これから仕事仲間になることを思い出し、渋々と振り返る。そのタイミングで高久さんが課長に挨拶をした。

「兼友課長、ご挨拶が遅れました!営業部へと異動が決定しましたので宜しくお願いします!」
「いや、こち…」

 高久さんったら切り替え早過ぎ。

 上司の言葉を最後まで聞こうともせず、私に向かってペラペラと喋り出すなんて、無礼過ぎるでしょうが。

「松村さん、俺、最終便で向こうに戻るんだ。だから晩御飯、付き合ってくれない?」
「ごめんなさい、弟の食事の準備をしないと」

 相変わらずグイグイ押してくるなあと思い、押された分だけ下がってみた。

 一歩詰められれば、一歩後ずさる。

「またそれ~?一日くらいいいだろ?」

 更に一歩詰められたので、また一歩後ずさると、背を向けたまま課長の胸へと飛び込む形に。

「おっと、大丈夫か、零?」
「きゃあ、ご、ごめんなさい」

 エレベーターホールの中央で高久さんに迫られ、背後から課長に抱き締められているという状態。

 こんなの誰かに見られたら凄く困る。

「ちょっ、課長??離してくださいよ。って、高久さんもそれ以上近寄って来ないでッ」

 前から後ろから、サンドイッチ。
 いったい何なんだ、これ。

「零、違うだろ?弟の食事作りが理由じゃなく、俺と婚約しているから貴方とは食事出来ませんと言って断るのがスジじゃないか」
「いえいえ。訊かれていないのに婚約アピールするなんて、それじゃあ自己顕示欲の塊ですし」

 必死でその腕から逃げ出そうとするのに、逆に強くホールドされてしまう。

 ぐえ、内臓が飛び出そう。

「えっ?!婚約って?」
「あははは、ごめんな高久くん。零はもうすぐ俺の嫁になるんだ!!だからもう誘ってくれるなッ」

「ほ、本当なのかい、松村さん?!」

 首の取れた人形ばりに深く頷くと、なぜか高久さんは更に距離を詰めて来た。

「いや、信じないな。だって俺、人を見る目はあるからさ。キミはこういう派手なタイプを絶対に選ばない。自分の身の丈に合った、堅実でコツコツ努力するような男を選ぶはずだ。第一、価値観が合わないだろう?絶対に上手くいくワケが無いよ!」

 さすがだね!鋭いね!

 …と言えるワケも無く。小さく小さく口をすぼめ、薄目を開ける私。

 何と返せばいいやら。

 そう思った瞬間、内臓を締め付けていた圧から解放され、視界が狭まった。どうやら課長がグイッと私の前に出て、代わりに反論してくださるらしい。

「高久くんはまだまだ青いなあ。女は結婚相手の良し悪しで人生が変わるんだぞ。零が貧乏だからって、なぜ結婚相手も同レベルの男を選ばなければいけないんだよ?

 今まで苦労したからこそ、幸せになる権利を最優先で持っているはずだ。零は賢い女だからな、結婚相手も最高の男を選ぶことだろうよ。例えば男を10段階で評価すると、

 財力10!
 知性10!
 ルックス10!
 メンタル10!
 とにかくオール10!

 …の俺が、零にとって最高だったということかな」

 さ、さすがもうすぐ社長になる人の言うことは説得力があるべさ(なぜかどこかの方言使用)。

 これで高久さんも諦めるかと思ったのに、彼はそんなタマでは無かったのである。

「貧乏に慣れたド庶民の松村さんが、兼友課長と同じ生活レベルで楽しめることは有り得ないんですよ。

 狭い家で身を寄せ合い、娯楽はテレビと家族との会話だけ。スーパーのタイムセールに一喜一憂し、移動は主に自分の脚で時間短縮に命を懸ける。そんな細やかな日常の楽しみが、きっと兼友課長とでは味わえないですよね?

 幼い頃から染みついた習慣は、そう簡単には拭えないですから」

「うっ、あ、あほかッ。俺は零を世界で一番幸せな花嫁にしてみせる」

「へえ、どうやってですか?」

 えっと、課長、一気に劣勢。というか、どこからかヤジ馬が湧いて出て来て2人の対決を見物し始めた。

>えーっ、なになに?
>どうやら松村さんを奪い合ってるみたいよ。

>もしかして松村さんって二股かけてたのか?
>あんな可愛い顔して女は怖いよなあ。

「おいこら、そこの男共!零は二股かける女じゃない!変な噂を立てるな」

「そうですよ!!俺が松村さんに一方的に惚れてるだけなのでおかしな噂を広めないでくださいッ」

 チーン。

 上手い具合にエレベーターが開いたため、我ら3人は誰が言うでも無くそれに乗り込む。これまた上手い具合に私たち以外、誰も乗っていなかったので続きが始まった。

「なあ高久くん。俺たちはもう、結婚式の日取りも決まっているんだ。四の五の言わずに大人しく諦めてくれ」

「人間の心は誰を想おうと自由なはずです。それにですね、課長が俺と同じくらい松村さんを好きだとはどうしても思えないんですよ」

 怒りなのか羞恥心なのかは不明だが、課長の頬に微かな赤みが差す。

「はあ?!冗談言うなよッ。俺は零のことがメチャクチャ好きだっつうの!お前なんかに絶対負けないからな!!」

 チーン。

 残念ながら1Fへと到着し、エレベーターが開くと同時に絶叫したせいで、その声は大勢に届いてしまったようだ。

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