かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その13

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「ンゴッ」

 およそ女性らしいとは言い難い声で起きた私は、見慣れぬ風景に度肝を抜かれた。

 キングサイズのベッドはまあ良いとして、その真横には仕事用のデスクと天井まで積み重なった資料の山。

 ベッドサイドに置かれていた時計を見るとどうやら2時間ほど眠ってしまったらしく、いつの間にか下着姿になっている自分にも驚く。

「目が覚めたのか?だったらコーヒーを淹れて来てくれ」

 どうやら朝食後に私をベッドへと運び、それから課長は仕事をしていたらしい。

「ここって寝室ですよね?」
「…ああ、そうだが」

「でも仕事部屋でもあるんですね」
「…見たら分かるだろう?眠れない時は仕事をするに限るからな。別の部屋にデスクを置くよりも機能的だ」

 ソーデスネと適当に相槌を打つ私。そんなことよりも、この資料…掃除の邪魔だな。

「ペーパーレスのご時世に、なぜ紙に埋もれて仕事をしているんですか?」

「愚問だな。帯刀フーヅは長い歴史に胡坐をかき、重役たちの考え方も閉鎖的だ。過去データも全部そのまま放置されていて、紙ベースでしか残っていないんだよ」

 ナルホドと答える私に課長は尚も続ける。

「社長職が俺に代替わりするとなると、絶対に反発されるだろうからな。それを抑え付けるには具体的な数字を出さねば。

 現社長は典型的なお坊ちゃまで、古参の役員に経営を任せきりだ。

 年間の売上と負債がほぼ同額だというのに、上層部達には危機感を抱く者がおらず、先の玉木専務のように平気で不正経理に励み私腹を肥やすことだけに精を出しているんだ。

 このままでは確実に帯刀フーヅは潰れる。…って、おい、零!!ここからがイイところなんだからきちんと話を聞けっつうの!!」

「聞いてますよお。よっ、頑張れ~!!フレフレかちょお!!」

「もういい。コーヒーを頼む」

 本当に仕事が好きなんだなと思い、実は軽く感動していたのだが。でも、結婚して寝室に仕事スペースがあるって、しかも資料山積みになってるって、どうだろう。

 ムードもクソも無いな。
 あ、だから昨夜はホテルだったのかも。

 ということは、もし海で私と仕事が同時に溺れていたら、課長は仕事の方を助けるに違いない。

 …って、仕事は溺れないと思うけど。

 寝起きで纏まらない頭をどうにか覚まそうと、私は濃いめのコーヒーを淹れた。

 自慢じゃないが娯楽には縁遠い。小・中・高と授業が終わるとすぐに帰宅し、家事を担っていたのである。家事をしていない時はバイト。そうでなければ勉強に励んでいた。これが自分を犠牲にして頑張っている、兄への恩返しだと思っていたからだ。

 なのでテレビは滅多に見なかったし、映画や音楽、ゲームなんぞには興味が無い。それ故に一人遊びが異常に上手く、放っておかれても余裕で時間を潰せる。

 コーヒーを出した後、課長は私の存在を忘れてひたすら仕事に打ち込み始めたので、これ幸いと風呂掃除なんぞしていた。もちろん濡れると面倒なので全裸である。

 ジョギングをして汗臭いままの状態だったのでそのままシャワーも浴びてしまおうと考え、ふと気付くとドア付近に誰かが立っていた。

「ひ、ひいいっ」
「騒ぐな、俺だ」

「課長…。の、覗きですか??」
「お前、タオルを用意していなかっただろ?ここに置いておくから、使え」

 私の裸を見て表情筋が1ミリも動かないとは、それはそれで傷つくんですけど。

 普通だったらここで『ゲヘヘ』とか『俺も一緒に入るぞお』とか騒ぐ流れのはず。なのに何なんですか、その氷点下の目ッ。昨晩はあんなに燃え上がった私たちなのに、切り替え早過ぎですよ、課長!

 せっかく近づいた距離が、むしろ以前よりも離れてしまった気がする。

「…えと、か、課長も入りますか?」
「いや、俺は零が寝ている間に済ませたから」

 女に恥をかかせたぬあああ。
 というか、何を言い出すんだ私いいい。

 自己嫌悪に苛まれていると暫くして再びドア付近に人影が現れ、あれよあれよという間に課長が入って来た。

「な、何をしているんですか?!」
「せっかく誘ってくれたのに、断ったのは失礼だったかなと思って」

「いえいえ、反省なんかしなくていいですよッ」
「…いや、今日は朝食を多く摂り過ぎたからな。腹ごなしに動くのもいいだろう」

 本気か?本気でそう言ってるのか?!

 世間一般では愛を確かめ合う行為と評判のア、アレを、腹ごなしだと?!

 あんた何でもかんでもブッちゃけ過ぎッ。

 絶対に抵抗してやるぞと思ったのに、数時間前の甘い記憶が難なく私を無防備にする。

「ふぁ…、ああん…」
「こら零、もう時間が無いから。サクッと終わらせるぞ」

 あまりにもムードの無いこの男に、怒るどころか全面降伏状態で。悔しいほど手懐けられてしまった自分を憂い、腹ごなしはアッという間に終わってしまった。

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