かりそめマリッジ

ももくり

文字の大きさ
上 下
8 / 111
<零>

その8

しおりを挟む
 
 
 見た目はそれほど変わっていないようだが、よく考えてみたら2年も経っていないワケで。

 さすがにカット中だから振り返ることも出来ず、鏡越しに静観していると慎也は挨拶を終えても尚、こちらに向かって微笑み続けている。

『久しぶり』ってそんな親しみを込めた感じで私に話し掛けて大丈夫なの?だって隣りにはあの長田くんがいるんだよ?…などと突っ込みたいのは山々だったが、私は課長の婚約者で、しかも課長の友人である相良さんが傍にいるので無難な挨拶を返す。

「本当にお久しぶりですね」

 秘儀、オウム返し!

 などと心の中でだけ陽気に振る舞ってみても、とんでもない虚しさに襲われただけだ。

 ううう、会いたくなかったなあ。この人のせいで男を…ううん、人間を信じられなくなったというのに。全人類を信じていないワケでは無いが、ごく一部の人間は平気で他者を傷つけるのだとこの人のお陰で学べた気がする。

 ええ、とっても勉強になりました。だからもう私に近寄るのはヤメてください。…心の中はグチャドロなのに、努めて明るく微笑んで見せる。そんな健気な私に仙人・長田は言うのだ。

「良かったな、松村さん。大好きな慎也と再会出来て。でもまあ、どんなに好きでも慎也が相手にするワケないけど。コイツの家、母親がメチャ厳しいからなあ。釣り合う家柄の女じゃないと付き合えないだろ。あはは、貧乏な松村さんは愛人にでもして貰え」
「っ、な、何を言うんだよ、理人!」

 母親が厳しくて、貧乏人とは付き合えない…。そっか、じゃあ最初っから私とは遊びだったか。こんな爽やかそうなのに、この人って腹黒だな。

 ていうかコワッ、貧乏人になら何してもイイと思ってたってこと?いや、正確には貧乏人でボッチの女なら、弄んでも誰からも文句を言われないと?

 ついでに長田くんの名前って理人だったっけ?『理』という漢字は物事の筋道を意味するのに、この人って筋道が全然通っていないよね?なんかもう、日本中の理人さんに謝って欲しい。

 脳内で怒りがプリズムのように屈曲しまくって、最終的にはどうでもよくなっていた。だって今日はたまたま会っただけで、もう接点は無いだろうし。

 面倒臭い男の相手は、課長だけで充分だ。

 そう言えば課長、遅いナー。…などと思っていると視線を感じ、その発信元を辿って行くと案の定、慎也だった。そして何をトチ狂ったのか長田くんや相良さんがいる前で愛の告白を開始するのだ。

「零、ずっと会いたかった…。

 どうしていきなり拒絶したのか教えてくれよ。俺、何回か零のアパートにも行ったんだぞ?でもその度に零のお兄さんから追い払われて。

 今なら言える…キミに一目惚れだったんだ。

 L1号館裏で会ったのも偶然なんかじゃなく、こっそり零の後を追い続けていた結果なんだ。

 理人の手前、堂々と付き合えなかったけど、現在の俺はあの頃の俺とは違う。無事に親の家業を継いで、ある程度の選択は任されているからね。

 だからもう一度、俺と付き合ってくれ!!」

「お断りします(キメ※課長の真似)」

 即答。それも『付き合ってくれ!!』の語尾に思いきり重ねてやった。

「…え?ど、どうしてっ?!」

 なぜ驚く??
 逆にこっちの方が驚くわっ。

 ああ、若かったんだなー、私。

 長田くんから迫害されて卑屈になっていた時にちょっと優しくされたものだから、なんかもうイチコロだったんだなー、私。

 貧乏女との交際は母親がイイ顔しないだろうと。だから2人の関係を長田くん経由で母親に知られては困るからとひた隠しにし、そして私に『好きだ』と言っておきながらも長田くんの私に対する仕打ちは見て見ぬフリで、一緒に嘲笑う演技をしてみましたと。

 …何が優しいものか。
 鬼だよね、鬼。

 どこから突っ込んでいいのか悩んでいると、いつもの調子で長田くんが口を挟んできた。

「そう言えば松村さん、婚約者がいるんだとさ」
「ええっ?!だって、俺と別れて2年足らずなのに??」

「まあ、いいじゃないか慎也。底辺は底辺同士でくっつくんだよ。ところで松村さん、婚約者の勤務先ってどこ?」
「なっ、なんでそんなことを言わなきゃいけないんですか」

 課長の身分から考えると、グループ企業のお荷物会社に名前を偽ってまで働いているのは何か事情が有るはずなのだ。長田くんと慎也もそれぞれ父親が社長だから、どこでどう繋がっているか分からないため、適当に誤魔化しておこうと考えたのである。

 ところが、この返答が長田くんを活性化させてしまったらしくイキイキと質問を重ねてきた。

「はあん?!言えないのかよッ。どれだけ小っせえ会社なんだっつうの。あはは、もしかしてアレか?パチプロとか。それともまさか犯罪者じゃないだろうな?」
「ちっ、違うし。帯刀フーヅで営業課長やってますゥ」

 バカか私!!
 どうして正直に答えてしまうのだッ。

 激しい後悔に苛まれていると、案の定、長田くんが鬼の首を取ったような顔をする。

「っぷぷ!マジかよ?ウチの親父が言ってたぞ、帯刀グループの中でも帯刀フーヅは万年赤字でグループ全体の足を引っ張るお荷物なんだとさ。そんなクソみたいな会社で課長やってんのかあ。あはは、お先真っ暗だよな」

 一応、私にも愛社精神はあるので、思わずキッと長田くんを睨んでしまう。すると、仙人・長田はこう言うのだ。

「そんな男と結婚するのはヤメとけよ。見たところもう慎也に未練は無いみたいだしさ、な、なんなら俺が付き合ってやってもいいぜ」
「無理(キメ※再び課長の真似)」

「は、はああっ?!こ、この俺と付き合えるんだぞ??普通の女なら大喜びでOKするのにッ」
「いやいや、普通の女じゃないし、ソレ」

 長年の鬱憤を晴らせる好機がとうとう訪れた!

 躍る心をどうにか静めたのは、相良さんが手を止めて話に聞き入ってるからだ。

「どういう意味だよッ」
「長田くんってよく自慢しまくっているけど、その内容の殆どが自分の成果じゃなく、有能なお父様の恩恵に与っているだけだよね?」

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

処理中です...