かりそめマリッジ

ももくり

文字の大きさ
上 下
5 / 111
<零>

その5

しおりを挟む
 
 
「あの…でも、私…」

 チラッ、チラッ、チラリンコ。

「まあまあ、岩佐さん。そんなキツイ言い方しなくてもいいだろう。誰でも若い頃は年上の男性に憧れるものだよ」
「柳沢さんは黙っててくださいッ」

 おっと、人数追加。

「そうはいかないよ。俺が口を滑らせたせいで、松村さんが責められているんだからさ」
「まったく、もう!どうせ若くて可愛い女のコにイイカッコしたいだけでしょう?これだから男って嫌なんですよ」

「え?でも、兼友課長も男だけど…」
「兼友課長は別格だから。あの方は決して女性を外見や年齢なんかで判断していません。知性とか品格を重視されているんですッ」

 こ、怖っ。
 信者か?信者なんだな??

「いや、でも…。俺が見た限りじゃ、すごく楽しそうに2人で食事してたぞ。そうだよね、松村さん?」
「あ…の…、私…」

 ようやくここで課長が立ち上がり、こちらに向かって歩いて来た。

「もうそのくらいにしてくれないか?」
「か、課長…」

 動揺している岩佐さんに向けて、課長はどこぞの俳優みたくキメ顔を見せつける。

「そんなに噂となってしまったのなら仕方ない。隠す必要は無いだろうから言っておく(キメ)。

 俺は、ここにいる松村零さんと付き合っている。結婚も視野に入れ、静かに愛を育んでいるからどうか今は温かく見守っていて欲しい(キメ)。

 よろしく頼むよ、岩佐さんと柳沢くん(キメ)」

 …どうやら腰が砕けたらしい岩佐さんは、それでも『ハイ!』と勢いよく返事をし。柳沢さんに支えられながら、ヨロヨロと去って行く。

「(コソコソ)一丁あがりですねっ」
「(ヒソヒソ)おいこら、これでお前は俺の彼女だと公表されたんだ。言動には細心の注意を払え」

「(コソコソ)うぃーっす」
「(ヒソヒソ)もっと上品にッ」

 小声でそんなやり取りをしていると、いつの間にか背後に人の気配を感じ。振り返るとそこには人だかりが出来ていた。ほぼほぼ女性で構成されているその壁が、徐々に距離を縮めてくる。

「(ヒソヒソ)イッツ・ショータイム!」
「(コソコソ)ひいい…」

 アイドルと直接会話しない内気なファンの如く、あちこちで独り言のような質問が飛び交う。

>松村さんと付き合ってるって本当ですかー?
>結婚なんてしませんよねー?
>兼友課長、愛してまーす!

 再びキメ顔になった課長は、声を張り上げてこう言った。

「俺は松村零さんと結婚する。これはもう、決定事項だ!!俺の愛する女性に嫌がらせなんかしてみろ、そいつに制裁を加えてやるからな。分かったら、さっさと仕事に戻れ!!」

 おうふっ。
 男前の男前による男前のための台詞だわ。

 さすがの私もキュンとしたり
 …しないんだなあ、コレが。

「(コソコソ)もう解散したのでそのキメ顔、元に戻しても大丈夫ですよ」
「(ヒソヒソ)…松村へのサービスのつもりで続けているんだが。なあ、お前って本当に俺を見て何とも思わないのか?」

 返事代わりに深々と頷いた。

「(ヒソヒソ)いや~この人選、成功だったわ。俺、本当に何をやらせてもスゴイよなあ。お前を選んだ自分を褒めてやりたいよ」
「(コソコソ)ったく、何しても結局は全部、自分の手柄にしちゃうんですよね。おー、やだやだ」

「(ヒソヒソ)さっきの状態を見ただろ?俺を嫌だなんて言う女は、お前くらいだぞ。いったいどんな男なら好きになるんだよ?」
「……」

 言葉に詰まったのは、過去の苦い恋愛を思い出したからだ。

『零、俺はお前がいれば他に何もいらない』
 …私を思いっきりその気にさせておいて、

『俺があんな女、好きになるワケないだろ』
 …そのまま地獄へと突き落としたあの彼を。

 今でも忘れられないのは、好きだからとかじゃなくて。たぶん、心の傷が深過ぎるからだと思う。

「おい、大丈夫か?じゃあ、そういうことで日曜の朝9時にな」
「えっ、何がですか?」

「おいおい、きちんと聞いておけよ。ウチの両親に紹介するから、迎えに行くって話」
「わ、わあお」

「いや、その前にウチの母が気に入るように完全装備するから、土曜の予定も空けておけ」
「完全装備…ですか?」

「美容院行って、服も買ってやるから」
「おお、それはそれは…」

 そして、ここからは怒涛の日々を送ることとなる。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

処理中です...