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番外編
小春日和
しおりを挟む「“本日はお日柄も良く”
え~、結婚式のスピーチにたびたび登場するこの決まり文句なんですが、実は天気のことでは無いそうなんですね。暦によく書かれている六曜のことでして。外は生憎の小雨ではありますが、ご存知の通り今日は大安ですのでね、敢えてもう一度言います。
本日はお日柄も良く、
新郎新婦、ご両親、ご親族の皆々様、
誠におめでとうございます!」
丸メガネのインテリそうなオジサンがなかなか面白いスピーチをしているのに、私の座っているテーブルは何だか煩い。全部で8人、すべて新婦の友人らしい。その中で私が知っているのは、雅さんの同期である祐奈さんだけだ。
「ねえ、石原さん。この鯛のムニエル、すごく美味しいわよ」
「やっぱり?私もそう思ってたんです!このホテル、どの料理も当たりですよね」
色気よりも食い気とばかりに私達2人はナイフとフォークを動かすが、他の6人は隣のテーブル席に座っている若い男性達が気になるらしく。キャッキャと噂話をしながらも、澄まし顔で殆ど料理に手をつけない。
>いいなあ、私も早く結婚したーい。
>旦那さん、素敵だよねえ。
>もう14年の付き合いなんだって!
>最初はさあ、話だけ聞いて
>『そんな結婚ヤメときなよ』って
>言ったんだけど。
>実物見るとなんか許せるねー。
ふ、良かったね。
許せるってさ。
なんか私は納得いかないけど、本人同士がイイって言うんだから仕方ないってもんだわ。隣から祐奈さんが再び話し掛けて来た。
「結構、祝福ムードだね。なんか私、もっと反対されてるのかと思った」
「ですよねー、だってこの組み合わせは反則ですよ。私が親だったら絶対に許さないけどなあ」
っていうかアイツ、ちょっとだけ私とイイ感じだったのに。その私を振って、あっちを選ぶとかさ、いや、過去の話だからもう忘れよう。
「そう言えば石原さん…ああ、ごめん。未だに旧姓で呼んじゃう。確か似た名字の人と結婚したんだよね?それでゴチャゴチャになっちゃって…」
「ああ、はい、西原になりました」
「そうそう、西原さん!うふふ、やあねえ。もうトシをとると…」
「いえ、まだお若いですよ。とても大学生の息子さんがいるようには見えません」
私たちの会話が聞こえたのか、向かいに座っている若い女のコが言う。
「ええっ?!大学生のお子さん??全然見えないですよお。あ、じゃあ、もしかして新郎のことも知ってるんですかあ?」
「うふふ、どうも有難う。そうねえ、新郎のことも知ってるわよ。昔はモテモテでね、とにかく凄かったんだから」
モテモテ…。
いや、正確にはヤリチン…。
「西原さん、今日は来てくれて有難う」
「えっ?!ああっ、と、とんでもないッ」
振り返るとそこには、雅さんがいた。花嫁の母らしく、招待客1人1人に挨拶をして回っているらしい。
「ごめんなさいね、私だけじゃなく娘の結婚式にまで出させてしまって」
私は結婚を機に経理部へ異動となり、雅さんは商品開発室のままなのであまり話す機会が無いのである。
「いえいえ、何を仰るやら。本当に唯ちゃん、綺麗ですね。さすが20歳の花嫁だわ。私、30超えて結婚式したから、カメラマンが修正大変だったみたいで」
アハハ!と豪快に笑ってみせると、雅さんも一緒に笑い出す。
「相変わらずねえ、なんだか安心したわ。それにしても驚いたでしょう?あの唯と森嶋くんが結婚…とか」
「もちろん驚きましたよお!!なんで反対しなかったんですか?!」
森嶋くんは一度結婚したものの、僅か2年で破綻。バツイチとなった後で唯ちゃんから執拗なアタックを受けたらしい。
「したわよお。でも、唯、ファザコンだから…。森嶋くん、死んだ主人ソックリでしょ?年齢差もむしろ丁度イイと思ったみたい」
「だからって、すぐに介護ですよ、介護」
「それも言ったのよ。でもあの子、相手が不治の病だと知りながら結婚したお母さんにそんなこと言われたくないって…」
「う…わあ…。なかなかの鋭いツッコミですねえ」
『えーっ、啓太くん、また反省文を書かされてるの~?』『やっぱり啓太くんはダメな人なんだね』…あの頃のことが走馬灯のように蘇る。小学生の唯ちゃんにあれほど鼻で笑われていたはずの男が何故に今、澄ました顔をしてその唯ちゃんと並んでいるのか。ていうか、久々に見る唯ちゃん、えげつない美人だし。これならどこぞの社長とか、もっとスゴイ男と結婚出来るはずなのに。
「雅さん、本当に唯ちゃんはアレが相手で良かったんでしょうか?」
「仕方ないわよねえ。だって初恋だって言うんだもの」
はつ…こい…。
なんだその甘酸っぱいフレーズ!!伝説の薄幸イケメンを実父にして、スパダリの義父を毎日眺めて育った挙句、選んだのがあのスーパールーズ男か?!解せぬ、まったくもって解せぬ。残念ながら雅さんはここで去って行き、隣から祐奈さんがおずおずと口を出す。
「えと…でも、まあ西原さん。さっきからコッソリ聞いていたら、森嶋くん、若い女子達から評判いいよ」
「ええ、ええ、そうでしょうね。もともと顔だけは整ってますもん」
>唯の旦那さん、カッコイイよねえ…。
>うん、しかも頼れそう~。
>以前、唯とあの旦那さんと
>3人で食事したことあるんだけど、
>やることなすこと完璧なの~。
>んもう、理想の旦那さんって感じ!
ここで司会者が高らかに言った。
「今からキャンドルリレーを始めます!新郎新婦が各テーブルの中で1名だけにキャンドルを灯すので、そこから順番に点火リレーしてくださいませ!!」
しゃらくせえ、そんな演出を誰が考えたんだっつうの。
「よお、西原」
「う、あっ、ハイッ!」
突然、名前を呼ばれて振り返ると、笑みを浮かべた唯ちゃんと森嶋くんが2人で1つのキャンドルを持っている。もちろんそのキャンドルは点火済だ。
「本日はお忙しい中、お越しくださって、どーも」
「なによ森嶋くん、その適当な挨拶ッ」
ガルルル…。牙を剥く私に今にもアッカンベーとしそうな新郎を新婦が窘める。
「もう、啓太くん?!そういう失礼な態度しちゃダメでしょ」
「だって、唯~」
な、なんだその鼻にかかった甘々な声は。その昔、神経質な平さんから愛についてのレポートを提出させられ、聖書とか偉人の言葉を切り貼りしていたあの森嶋くんが、そ、そんな声を??
「ほら早く火を灯さないと。進行役のお姉さんが困った顔をしてるよ」
「んもう、唯は本当にシッカリ者だなあ」
トロトロ。このまま溶けるんじゃないのか、おぬし。『女なんて皆んな同じ』って、『誰かと真剣に付き合うのは面倒』って。この人、そんなことを言っていた時代もあったっけ…。
人生に四季が有るとしたら、森嶋くんは今まさに春なのだろう。いや、春よりもどちらかと言えば小春日和という感じかな。
>うわああ、キレイ。
>唯ちゃん、森嶋さん、
>結婚おめでとうございまーす!!
ぽうっと私のキャンドルに火が灯り、若い女子達が声を揃えて祝福する。それにつられて私も思わずこう言った。
「お幸せに!!」
「…えっ?!」
予想外の返事をする森嶋くんに怪訝な顔をして見せると、彼は真顔で答えるのだ。
「これ以上、幸せになれってこと??うわ…、俺、なんかちょっと怖い…」
それを聞いた唯ちゃんが、恥ずかしそうにコテンと頭を森嶋くんの腕に乗せながら笑い。その顔を見て森嶋くんが口元をゆるゆると緩ませている。
「んもう、聞いてられないわよッ」
私は呆れたフリをしながら、
世界で一番幸せな2人を心の底から祝福した。
--END--
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