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第二章
三人目のパートナー 1
しおりを挟む不幸には
すぐ気づけるのに、
幸せには
なかなか気づけない。
きっと人は、
そういう生き物なのだと思う。
────
石原さんは両親と同居しており、その隣家が火事になったそうだ。
「ええっ、貰い火?」
「うん、そうらしい」
「石原さんの家も燃えちゃったの?」
「ああ、ほぼ全焼だって」
数十年前までは所謂ニュータウンと呼ばれていた建売住宅の集合地。隣家とかなり密接している為、その周辺にもアッという間に燃え広がったそうだ。
「そ、そっか…」
「土地は彼女の父親名義だから早急に建て直すことにしたそうだけど、それまでの仮住まいがさ、そんな急には見つからないだろ?」
「そりゃそうだよね」
「で、取り敢えずマンションを借りる迄、仮住まいの更に仮住まいを探してて…」
「な、なるほど…」
「ご両親の方は親戚の厚意に甘えて暫くはそこで居候するそうなんだ。でも、そこには年頃の息子さんがいるらしくて」
>ダメですか?やっぱりダメですよね?
>ああ、これでもう全滅だわッ!
電話の向こうが妙に騒がしい。どうやら光正は今、石原さんと共に営業の外回りをしていて、その最中に悲報を受けてしまったようだ。日頃はあれほど清楚に見える石原さんが、こんな賑やかだということが意外過ぎて私は思わず固まる。
「あ、こら、唯!ダメだよ。お母さん、いま電話中なの」
私の気を引きたかったのか、それともテレビの音を消されたのが気に入らないのか、唯が私に抱き着いて邪魔をする。『じゃあいっそ、光正の処に泊めてあげればいいのに』…そんな意地悪を言いそうになり、慌てて言葉を呑み込む。
「泊まるとすれば、今晩からだよね?」
「うん、そう…なるかな」
普段から私と唯に色々と面倒を掛けられているクセに、その声は思いっきり低姿勢で。そんな光正の頼み事だからこそ、余計に聞いてあげたくなるのだ。
「いいよ、つれて来ても。どうせ数日だけでしょ?」
「いいのか?!ごめん、本当に助かる」
「困った時はお互い様だから。石原さんには気を遣うなと伝えておいて」
「ああ、分かった」
口では偉そうなことを言っておきながら、いざ電話を切ると大変なことになったと眉を顰めてしまう。何と言っても光正の彼女になるかもしれない人とこれから一緒に暮らすのだ。
「おかーさん、大丈夫?」
「う、うん。…ねえ、唯。今からミツくんのお友達が来るの。それで暫く一緒に暮らすけど、仲良くしてあげてくれるかな?」
私の言葉に、唯よりも先に森崎くんが反応する。
「は?!何ですか、ソレ??」
私が説明するまでも無くその直後に玄関チャイムが鳴り、まさかと思いながらドアスコープを覗くとそこには光正が立っていて。ドラマとかだと顔のドアップになるけど、普通は結構離れて立つから上半身くらいまでは視界に入るんだよな…などとどうでもイイことを考えながらドアを開ける。
「早かったね」
「実は最悪、俺のところに泊めようかと思ってて。だから取り敢えずココに向かってたんだ。どこから電話を掛けているのか先に伝えるべきだったよな、ごめん」
そう詫びながら光正は、さり気なく石原さんを前に押し出す。
「…あのっ、営業部の石原梨乃です。暫くの間、お世話になります」
「商品管理室の井崎です。そんな恐縮しなくていいから、取り敢えず中に入って」
当たり前だけど、若さとは素晴らしいな。お肌は陶器みたいに滑らかだし、どこもかしこも光輝くようにツヤツヤだ。世間一般で言う『女は若ければ若いほど良い』は、あながち間違いでも無い気がする。酸いも甘いも知った妙齢の女性より、苦労知らずで純粋無垢な女子の方が一緒にいて気を緩められるからだ。私にもこんな風に手放しで笑っていた時期が有ったな。…などとあの頃の自分と石原さんが重なり、妙に愛おしくなる。
「雅、大丈夫か?お茶は俺が淹れるから、座ってろよ」
「えっ?!」
奇声を発した石原さんに視線を移すと、彼女は光正への好意を隠しもせずにこう言った。
「番匠さんがお茶を淹れてくださると?ああ、なんだか酷い1日だったけどこれで少しは気が晴れました。ご褒美を有難うございます」
「石原、だからそういうのヤメろって」
「そういうのって、どういうのですか?」
「…お前、分かってて言ってるだろ?」
「だってもう仕事は終わってるし、今はプライベートだから番匠さんへの想いは隠したく無いです」
「いやいや、プライベートとは言え、ここには同じ会社に勤務している井崎さんや森嶋くんがいるワケだし。…それ以前に俺がやり難くて困る」
この会話を耳にして、森嶋くんと以心伝心してしまう私。そっか、石原さんってイメージとは全然違うんだな。清楚で物静かな女性だと勝手に決めつけていたけれど、実際は物凄く活発で積極的な女性のようだ。
「俺、誰とも付き合う気は無いから」
「別に私、彼女じゃなくて大丈夫です。愛人とかでも構いませんからっ!」
…どうやらこの2人、付き合うまでには至っていないらしい。そのことに何故かホッとしながらも、今まで光正に言い寄って来た女性達と石原さんとでは何かが違う気がしていた。
「ええっ?!焼身自殺??何だよソレ…怖っ」
森嶋くんが驚くのも当たり前だ。石原さんの隣家が火事になった原因が今、本人の口から明かされたのだが、その内容が衝撃だった。よくある失火などでは無く、故意に火を点けたのだと。それも、50代の主婦が自分自身に…。
言い難そうにポツリポツリと石原さんは詳細を語り出す。多分私が夫を亡くしたことを知っていて、だからこそ自殺という単語が出しづらいのだろう。それでも森嶋くんが先を促すため、続けるしかないのだが。
「…お隣りは50代の夫婦と一人娘の3人家族でした。旦那さんの方は技術職だとかで忙しく、奥さんはずっと専業主婦だったんですね。それで母親は次第に娘ベッタリになってしまいまして。休日は一緒にテニスしたり、買い物やドライブといつでも一緒。まるで親友みたいに仲の良い親子でした。ところがその娘さんが数カ月前に結婚し、お相手の転勤で遠方に引っ越したんです。
みるみるうちに衰弱し、引き籠りがちになった母親は近所でも評判になるほどで。ウチの母も心配して声を掛けましたが、頑なに拒絶されたと言っていました。…長い伏線が有って、その結果が本日の火事です。『人は闇に心を引っ張られると、なかなか戻って来れないのよ』と、ウチの母は泣いてました。うわっ、なんか暗い話になって申し訳ありません。だからというワケでも無いのですが、これでもう私も親離れしようかと。建て直しても実家には戻らず、ひとり暮らしで頑張ってみようかと思います」
「おかーさん?どうしたの?どこか痛いの??」
心配そうな唯の声で、初めて自分が泣いていることに気付く。
「大丈夫、どこも痛くないよ。冷蔵庫にプリンが有るから食べておいで」
「うわーい」
私の言葉に光正が立ち上がり、唯と共に台所へと向かう。気まずかったのか石原さんもその後をついて行く。森嶋くんの前で多少の恥ずかしさは有ったが、それでも思いっきり鼻を噛むと笑顔を貼り付けながら彼は訊いてきた。
「やっぱ、そういう話、雅さん的にはキツイですか?」
「うーん、なんか…ごめん。そのお母さんの気持ちが分かると言うか」
「普通の生活をしてても、やっぱ闇に落ちる人は落ちるんですね」
「唯も今は私を必要としてくれているけど、大人になったら要らなくなるんだなって。なんか…そう、思った…ら。グスッ、泣けて泣けて…」
いつの間にか光正達が戻ってきたので、心配を掛けさせないように涙を隠す。すると胡坐をかき、飄々とした表情で森嶋くんは言うのだ。
「じゃあ、俺と付き合いませんか?フリじゃなくて本当に」
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