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第一章
贅沢なペイン 2
しおりを挟む「どこにでも面倒な人はいるもんだな」
「んー、残念ながらね」
ズズッ。
最後の一口を飲み切ろうとしたところ、予想外に大きな音が出て赤面した。ランチ後にコンビニで購入した紙パックのグレープフルーツジュース。ストローを押し込んで一気に容器を折り畳む。
ぶしゅっ。
「うわっ!!み、光正、ごめんねッ。どこも汚れなかった?」
中に残っていた液体が飛び出し、慌てる私。なのに当の本人は大爆笑している。
「うわあ、懐かしー。雅、よくコレやらかしてたよな。なんで毎回やるんだろうとか思ってて。んで、俺も分かってるクセに何故かいつも標的になりそうな位置にいるのな」
妙に嬉しそうなその顔に向かって、私は憎々し気に相槌を打つ。
「ほんとイイ加減、学びなさいってば」
「…それ、お前が言う?」
ぶはは、と2人揃って笑う。
「せっかく屋上が有るのに残念だな」
「あ?うん、誰も来ないよね~」
一応、小さくても自社ビルなのだが、あまりにも低すぎて隣の商業ビルとほぼ同じ高さになっており。しかも隣のビルには美容院がテナントとして入っているせいか、その屋上にはしょっちゅう人が現れる。どうやらヘビースモーカーが複数いるらしく、煙草を吸うためだ。これがまたこちらのビルと距離がメチャクチャ近いため恐ろしいほどよく目が合う。いつしか『気まずい思いはしたくない』とウチの社員は屋上の利用を避けるようになった。
だから昼休みだというのに私達の他は誰もおらず、隣のビルの屋上で美容師さんが遠い目をしながら煙草を吸っているのみだ。祐奈は遠く離れた健介とラブラブ電話タイム中だったので、私は邪魔しないようにとこうして光正を屋上に誘い、佐久間さんの件を相談したのである。
「人間には天敵がいないんだから、このくらいの諍いは我慢しないとね」
「えっ?」
にこやかに問い返してくる光正に私も笑って説明する。
「小学校の高学年の頃くらいかなあ?クラスの中でイジメっぽいことが起きて。虐めてる側も虐められている側も、どっちも女の子だったんだけど、それがさあ、片想いしてた男の子が虐められてる側の女の子を可愛いと言ったとかいうアホらしい理由でねー。虐めてる側の女の子って結構面白くて人気者だったから、皆んな彼女の言うことを信じちゃったの。『あの子はアナタの悪口言ってた』とか、『あの子は私達をバカにしてる』なんて作り話をね。
で、お決まりの“バイ菌”扱いよ。そんなの見てて暗い気分になっちゃうじゃない?でも、自分が次の標的になるのも怖いんだな。私さあ、『どうすればいいんだろう』って悩んだ結果、虐められていた子に直接訊いたんだ」
「直接…って、なんか雅らしいなあ」
私もブンブンと頷きつつ、当時のことを思い出しながら語り続ける。
「そう、私って昔から変だったのよ。そしたらね、その子、こう言ったの。
>サバンナの草食動物は
>いつ殺されて食べられるかと
>恐怖に怯えながら生きているし、
>魚だって鳥だって虫だって、
>命の危険と隣り合わせで生きているの。
>人間には天敵がいないんだから、
>このくらいの諍いは我慢しないとね。
>でも、なるべく厄介ごとは
>最小限に抑えておくべきだって
>そうウチの兄が言っていたわ。
>高橋さんは巻き込みたくないの。
>厚意だけ受け取っておくから、
>今後は私に関わらないで。
>大丈夫、もうすぐクラス替えだから。
>それまでの辛抱だと思えば頑張れる。
…幼い私には、その考えが衝撃的でね。正確には彼女のお兄さんの意見なんだけど、ふとした時にこれを思い出してしまうんだなあ」
光正はふと遠い目をした。もしかして自分の過去を少しだけ思い出したのかもしれない。
「うん、厄介ごとはなるべく避けよう。俺達だけが分かっていればイイんだし、取り敢えずは付き合ってることを周囲に黙っておこうか?あ、でも井崎君とか祐奈ちゃん辺りにはカミングアウトしとく?」
この時の私は、ただなんとなく首を左右に振った。それは祐奈が秘密を守れる性格では無いということと、なぜか芳には叱られる気がして。そんなボンヤリとした理由でNOと答えたのである。
…その日の夕方。
さすがに4人も抜けているため残業確定で、滝沢主任は『ここが頑張りどころだぞ』などと言いながら健介のクライアントに呼び出されて出て行く。私も芳のフォローでバタバタしており、祐奈は滝沢主任に頼まれた資料作成のためひたすら無言でパソコンに向かっていた。
「ひゃあ、終わったあ!」
「お疲れ様、祐奈。私も終わったよ~」
決算月の売上報告書。正しくは『終わった』というよりも『一区切りついた』という感じだろうか。慣れた動作でICカードを翳し、退勤処理を終えた私達は食事を摂るためそのままチェーン店の定食屋へと向かう。食券を購入し、店員の女性にそれを渡すとテーブルに置いてあったスマホが2台同時に震えた。
もちろん、祐奈のモノと私のモノである。
「あ、健介だ…」
「いいよ、遠慮せずに出て」
そう言いながら自分のスマホの画面を確認したところ、“芳”と表示されている。きっと健介と一緒にいるから同時に電話しようということになったのだろう。いや、もしかして仕事のことで何か伝え忘れていたことが有るのかもしれない。既に甘ったるい声で通話している祐奈に意味深な笑いを送りながら、私も応答する。
「もしもし?芳、どうかした?」
「雅?お前電話に出るのが遅いよ」
「ごめん、いま定食屋さんにいて…」
「知ってるよ、そんなの。隣で健介が祐奈と喋ってて、雅も一緒だとか言ってるし」
「はいはい、分かったから本題に入って。どんなご用件ですか?」
「は?用事が無いと電話しちゃダメなのか?」
予想外の言葉に思わず戸惑ってしまう。だって、出張に行ってもこんな風に電話してくることなんて今まで無かったのに。
「おい、雅?無言になるなよ。…あのな、声を聞きたいなと思って。どうしても用件を言えというなら、それが用件だ」
多分その言葉にそれほど深い意味は無いのだろう。隣で健介がラブコールを掛け始めて、自分も舞美ちゃんに電話したらタイミングが悪くて出なかったとか、きっとそういう感じだ。明るく切り返そうと思い、無理に笑顔を作って口を開いたのに。
「真剣に言ってるのに、無視かよ…。おーい、雅ちゃん?」
「バッ、バカ。そういうのは可愛い彼女に言いなよッ」
いきなり出鼻を挫かれた。
「あー、安心しろ。随分とモメまくってたんだけどな、ようやく別れたから」
「は?別れた…の??」
どうしてソレが『安心しろ』になるのか。光正と付き合い出したというのに今更、心を揺らさないで欲しい。そんなことをボンヤリ考えながら、料理が運ばれて来たことを理由に私は強引に電話を終わらせた。
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