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第一章
始まりと終わり
しおりを挟む友達から恋人へ、
そしてまた友達へ。
…それは甘く優しい束縛。
────
人は誰でも二面性を持っている。
…私だってそうだ。
明るく元気な高橋雅と、少し屈折している高橋雅を使い分け、巧みに周囲を騙して生きてきた。人と同じであることを自分に課し、そのクセ、人とは違う自分を探し続ける。
こんな大ゲサなことを言っているが、実際にしていることは傍から見れば大したことでは無いだろう。
例えば音楽。
例えば映画。
例えば小説。
万人受けするものを好きだと言いながら、実はマニアックなものばかりに手を出し。自分は他者とは異なるのだと、心の中でほくそ笑む。そんな厭らしい性格の私がある日偶然その曲に出合った。
なんとなく自宅でラジオを聴いていて、思わずその曲に吸い寄せられたのだ。曲の最後に女性パーソナリティがよく通る声でタイトルを言い。慌てて音楽配信サイトで検索したが、古い曲のせいか見つからず。あちこち中古CD販売店を探し歩いて漸く入手したのである。
そんな戦利品を見せびらかしたいのは当然の心理なワケで。でも『変わった趣味』と言われるのも怖いという矛盾と闘った挙句、その曲をたまに口ずさむという程度で満足することにした。…とは言え、それは洋楽でしかもブルースだったので高1の小娘にさらりと歌えるワケが無く。密かに特訓を重ね、ようやく披露出来るまでに2カ月が経過。
放課後、教室の隅っこで女友達を待ちながら口ずさんだのは、もちろん周囲に誰もいなかったからで。情感を込めて歌い上げたところ、背後から拍手の音が聞こえて冷や汗をたっぷりと流し。そおっと振り返ると、そこにはクラスメイトの男子が真顔で立っていて。
焦った、心の底から、焦った。
そして口を真一文字に結んでいると、
彼はこう言ったのだ。
「その曲、フィービ・スノウのサンフランシスコ・ベイ・ブルースだろ。俺も大好きなんだよね」
何と言うか。誰も知らないと思っていたはずの曲を、こんな身近な人間が知っているなんて。
大ゲサだけどこの時は、砂漠の中で一粒の砂金を見つけたような、そんな錯覚に陥ってしまい。彼にCDを貸したことをキッカケに恐ろしいスピードで仲良くなって。それ以降、2人はいつでもどこでもセット扱いされるようになる。
…これが私と井崎 芳との
“始まり”である。
芳はバスケ部に所属しており、
誰からも愛される人気者だった。
対する私は美術部の主と呼ばれ、取り立てて才能も無いのに皆勤賞に近いペースで部室に通い続け。部活を終えると、いつも友人の朱莉を教室で待つのが日課。
朱莉は父親が転勤族だとかで、高校入学と同時にウチの近所へ引っ越して来たコで。とにかくテニスが上手く、転校するたびテニス部に入っていると。残念ながら、我が校のテニス部はかなりハードで、その練習時間たるやハンパなく。必ず私が30分ほど待たされることに。
芳もテニス部の友達と一緒に帰る約束をしているそうで。今まではバスケ部の部室で仲間と雑談しながら待っていたのが、それを先輩から注意されたのだと。だから仕方なくこうして教室に来たということだった。
「そっか!話し相手がいて良かった」
「私も、今までヒマだったんだよ~」
…多分、私たちは最初から距離感がおかしかったのだ。
高1にもなって、しかも異性相手なのに身構えることも無く。それは芳という男のコミュニケーション能力の高さのせいか、私の幼稚さのせいなのかは分からない。とにかく2人は何から何まで気が合った。
例えば自販機の前で悩んでいる二択が
いつも同じものだったり。
ずっと探していた本を彼が持っていたり、
その逆で彼が探していたCDを
私が持っているということもよく有った。
構えずに何でも話せる貴重な存在。
それは次第にケンカしたり、言いたいことを言い合えるほどに進展し、そうこうしているうちに朱莉が転校。同じ頃、芳の友達に彼女が出来て2人とも下校仲間を失い。『それじゃあ』という軽いノリで一緒に帰るようになり。そうなると休日の予定まで合わせ出し、映画や買い物をする姿は傍から見るとまるでカップルのようで。当人同士にその気は無いのに、周囲がそれでは納得せず、しつこくこう言われ出す。
>もう本当に付き合っちゃえよ。
>ていうかもうソレ付き合ってるよな?
…この時の私は青臭い子供だった。
周囲の意見に、取り敢えず流されておこうと。芳との穏やかな時間が守られるのならば、“付き合う”のもそんなに悪くないと。そんな浅はかな考えで交際開始。
とにかく楽しかった。
夢のような時間だった。
ずっとこのまま続くと信じていたのに、夢はいつか覚めるものなのだ。
「…ごめん、他に好きなコが出来た」
芳にそう言われた時、
本当に物凄く驚いた。
だが、それと同時に
『やっぱり』とも思ったのだ。
それは高3の秋。相手は1つ年下で、バスケ部のマネージャーをしている田崎 真由佳という女のコだった。私達が付き合っているのは周知の事実だったが、バスケ部が県予選で早々に敗れ、芳が10月末で退部すると言い出し。それを聞いた田崎さんが、瞳を潤ませ告白して来たそうだ。
彼女はとにかく可愛いと評判で。
他校の生徒が待ち伏せするほどの容姿に、庇護本能をくすぐる舌足らずな喋り方、その大きな胸に大半の男子がメロメロになっており。だからまさかその田崎さんが、ずっと芳を好きだったとは誰も思わなかったのだ。
後に彼女はこう語っている。
私から芳を奪おうとしたのでは無く、もう会えなくなるので“記念”に想いを伝えておきたかっただけなのだと。ところが芳はいとも簡単に、彼女の方を選んでしまったのである。
「なんか上手く言えないんだけどさ。人を好きになるのって、もっとこう胸を締め付けられるような、すごく苦しいものなんじゃないのか?…俺、雅といてもそうならないんだよ。一緒にいると楽しいし、優しい気持ちになるけど、それは多分、恋じゃない。
ごめん、雅。
俺は恋をしてみたいんだ」
初めて見る芳の真剣な表情に私は軽く苦笑し、黙って別れを受け入れた。正直に言うと、自分でもよく分からなかったのだ。
芳を友達として好きなのか、
それとも、異性として好きなのか。
キスはしたし、それ以上のこともした。でも心と体のバランスはいつでもチグハグで、どんどん体だけが先に進んでいくような、そんな違和感をずっと抱えていて。
…そして、離れてようやく気付くのだ。
別れた直後は、自分の感情と向き合うヒマさえ無くて。なぜなら周囲が放っておいてくれなかったからで。
>雅、カワイソ~!!
>元気出してね。井崎なんか忘れちゃえ。
>ねえ、カラオケでもして騒ごうよッ。
“彼氏を奪われた可哀想な女”というレッテルがどこへ行っても付き纏い、それは想像以上に私を傷つけた。田崎さんがもっと平凡な容姿だったなら、これほど皆んなも騒がなかったのだろう。でも、彼女はあまりにも可愛すぎた。
自分の好きな男子が田崎さんにフラれていたとか、交際中の彼氏が田崎さん信者だったとか、日頃からそんな恨みを抱いていた私とは無関係の女子達が、寄ってたかって私を祭り上げる。
>可哀想な雅。
>1年も付き合った大好きな彼氏を
>あんな女に奪われるなんて。
その波はどんどん広がり、田崎さんの周囲の女子達も彼女を非難するようになって。悪意に満ちた視線に耐えられなくなった田崎さんは、あっという間に音を上げる。
そう、芳の真剣交際は
たった1カ月で終わってしまったのだ。
卒業式の翌日、田崎さんは私に謝罪した。
そんなことをされる方がミジメなのだが、どうせ二度と会うことも無いと思い、適当に話を聞き流していると、最後に彼女はこう締め括ったのである。
「私、雅さんと一緒にいる井崎先輩が好きだったんですよ。楽しそうで幸せそうで、ああ、いいなあ…って。雅さんが本当に羨ましかった。でもね、私といた井崎先輩はまるで別人だった。なんだか自分を大きく見せようとして、すごく無理している感じで。一緒にいればいるほど、気持ちが冷めていったんです。
ほんと私って、嫌な女ですよね」
そんな話を聞かされたというのに、なぜか無性に芳に会いたくなった。『可哀想に』って慰めて、それから他愛も無い話をして、バカみたいに大笑いしたい。
…ねえ、芳。
アナタは
恋が苦しいものだと言ったよね?
でも、私の恋は
優しくて穏やかなものだったみたい。
このとき私は初めて、
芳への恋心を自覚した。
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