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言えない気持ち
しおりを挟む現在の時刻は午前5時。
彼がこんな朝早くに起きているなんて、正気の沙汰では無い。
「先生、もうこの辺で大丈夫です。どうも有難うござい…え、やだ、本当に停め…」
「どうせお前のことだ。あの立派なマンションに住んでるんだろ?遠慮すんなって!正面玄関まで送っちゃるから」
そう、この人に悪気は無いのだ。
だが、私には簡単に予想出来た。
きっと正面玄関には彼が待ち構えていると…。
「コトリさん!大丈夫ですか?って…えッ…どなたですか??」
ほら、やっぱり。
顔面蒼白なその顔は、きっと寝不足なのと、私の隣りにいる見知らぬ男性を見たせいだろう。嘘を吐いても仕方ないので、正直に答える。
「ほら、浦くんにも話したと思うけど、以前お世話になった富樫先生」
「え?『システム業者との食事会で酔い潰れて、その業者さんの家で一泊した』というのは…?」
「昨日から我が社のシステム担当になったの」
「えっ?それって偶然?」
ここでようやく富樫先生が口を挟んで来た。
「キミってコトリちゃんの彼氏?」
「え…あ…」
そこを突いてくれるな。
微妙な関係なんだっつうの。
言い淀んだものの、釘を刺すつもりなのか浦くんはハッキリとこう答えた。
「一緒に住んでるような仲です。勿論、肉体関係も有ります!!」
「ふうん。それにしては余裕が無い感じだな」
これには浦くんも黙り込んでしまい、苦笑いを返すだけとなる。なので、仕方なく私が再び話の主導権を取り戻し、先生にはお帰りいただき。不機嫌な浦くんを宥めながら自室へと戻って、熱々のシャワーを浴びていると浦くんが浴室に乱入して来た。
「…え?!ちょっと何するの??」
「昔、助けて貰った恩が有るからって、あんな男の家に泊まるなんておかしいです!」
「やだ、痛い、ヤメてってばっ」
「だって一晩中、心配で眠れなくて。コトリさんのことばかり考えて、だから俺ッ」
何かに憑りつかれたような乱暴なセックス。
「ごめん、連絡しなかった私が悪い。でも、本当に先生とは何でも無いんだよぉ…」
「コトリさん、俺、本当に好きなんだ。お願いだから他の男のところに行かないで」
結局のところ、この人は信じ切れないのだ。
…ビッチと評判だった私のことを。
悲しいほど何かが冷めていく気がした。
…………
「ごめんなさいッ。本当に反省していますッ!」
衝動的に私を襲ったものの、あとで激しく後悔した浦くんは思いっきり私を避け…るよね?!普通だったらそうするはずじゃない??
しかし、予想とは違ったのだ。
「あの…俺、寝不足でしかも一晩中コトリさんのことばっか考えていたものだからなんか頭がラリってしまったというかその…ごめんなさい」
朝6時からお得意のフライング土下座。しかもオデコを床にガンガン打ち付けている。
まったく、いつでもどこでも真っ直ぐな男だな。裏表が無いと言うか、駆け引き無用と言うか。こうして人間関係が拗れてもその都度、解決に努め。自分が納得いくまで話し合おうとするのだろう。
でも、それは浦くんがスッキリしたいだけで。私の方は隠しておきたい感情なんかも有るのに。だって物事は白か黒かだけでは無いから。曖昧なグレーゾーンも残しておかないと、逃げ場が無くなってしまうんだよ。
自分の過去に引け目を感じているとか、モテ始めた浦くんを見て焦っているとか。普段はツンツン偉そうにしているからこそ、この感情は死んでも暴かれたくない。
「もう…いいよ、頭を上げて。意識を失くすほど酔った私も悪かったんだし」
「ほ、本当に??あんな乱暴なこと、これからは絶対にしません。だから、俺を嫌いにならないでくださいッ」
ならないよ。
嫌いになれないから、困ってるんじゃないの。
なんて、そんなこと絶対に言えないけど。
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