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第二十一話 君の願いを
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腹が裂かれるような痛みに、声にならない声が出る。
痛くて痛くてたまらない。でもそれ以上に、ぐらぐらと視界と意識が揺れて、気持ちが悪かった。俯せになって丸まりたいのに、光の楔がそれを許してはくれない。
身体の内側に、もうひとつ人間の輪郭が出来ているような感覚。まるでいまにも、身体という容れ物からから飛び出していきそうな。
ああ、これが魔法かと思った。
黒沢樹が組み上げた魔法。いまきっと、意識を手離せば、葵の身体は知らない誰かに明け渡されてしまうのだろう。
嫌だなと思った。
けれど、ふいに視界の端で、光の楔から解放されたリカを見た瞬間に、安堵が胸を駆け抜けた。
これで、良かったのだと思う。いま葵が苦しんでいるということは、きっと、葵の選択はアスターの中で間違っていた。でも、それでも葵はこの選択を後悔しない。だって、リカは確実に助けられる。
私は、選べた。
「……うん。良く選んだ」
あまりにも柔らかい声が、アスターからこぼれ落ちるのを聞いた。
その声は、思わず、実際に彼に頭を撫でられているかのような錯覚を覚えさせた。
そんなわけがないのは葵だってわかっている。相変わらず葵は地面に縫い付けられているし、アスターもまだ、魔法陣の外側にいる。それでも、痛みが少しだけ、ましになったかのような錯覚を覚えてしまう。
「けど、半分正解で、半分不正解です」
アスターが無造作に手を振る。その瞬間、その手に折れて投げ捨てたはずの杖が再び現れた。よく見れば、リボンの色や杖の形が違うのだけれど、今の葵にそれを判別する余裕はない。
ぼんやりとしたまま、葵はアスターを眺めていた。
現れた杖の中央を両手で持ち、杖を地面と水平に保ちながら、アスターが言う。
「君の言う通りだ。選択肢の先に正しさなんてない。……選んだうえで、それをちゃんと受け止めて生きていく覚悟があるかだ」
ああ、見抜かれていたのかと葵は笑いそうになった。
リカを助けたいだけなら、アスターが来る前に答えなど出ていたのだ。仮にきっと、リカが葵の立場だったら――これは自惚れだけれど――リカだったらおそらく、迷わずに葵を助ける方に舵を切る。
葵は選んだ。選んだけれど胸を張れる理由じゃない。自分が、自分の選択で、リカを失った世界で生きていける覚悟がなかっただけ。消えてしまう覚悟は、そのあとについてきただけ。
ずっと、わかっていたのだ。大事なのは、何を選ぶかじゃなくて、選んだ後にどうするのか。その勇気がずっと、葵に無かっただけだ。
「でも、今この場では、あえて僕の物差しで正しさを測りましょう」
黒沢がようやく口をふさいでいた羽根を剥いだ。無造作に投げ捨てて、杖の先をアスターに向ける。何かをぶつぶつと唱え始めた彼の周りには新たな魔法陣が生まれていく。
同時に、アスターの背中にも、魔法陣が展開される。黒沢樹と比べてしまえば一目瞭然の、綺麗な円だ。でもそれ以上に、魔法陣の光に後ろから照らされた魔法使いの姿に葵は息を呑む。
「――ひとつだけ、なんてのがそもそも、まどろっこしいんだよ」
そしてアスターは。正面から対峙している黒沢樹ではなく、葵を見て、にやりと笑った。
「何だって願えよ。いくつもって欲張れよ。僕ならそれを全て叶えてやれる。なんたって、君の前にいるのはSSR――最高峰の、魔法使いだ!」
その声が、ふいに葵の背中を押した。
「――私たちを、助けて、アスター!」
腹に、さらに裂けるような痛みが走った。それでも、葵は構わずに、のどから破れてしまえとばかりに、叫んだ。
「それから、このひとを、ぶっとばして!」
「――その願い、承った!」
その瞬間、光輝いた魔法陣から、流れ星のようにたくさんの光が、こちらへと飛び込んできた。
痛くて痛くてたまらない。でもそれ以上に、ぐらぐらと視界と意識が揺れて、気持ちが悪かった。俯せになって丸まりたいのに、光の楔がそれを許してはくれない。
身体の内側に、もうひとつ人間の輪郭が出来ているような感覚。まるでいまにも、身体という容れ物からから飛び出していきそうな。
ああ、これが魔法かと思った。
黒沢樹が組み上げた魔法。いまきっと、意識を手離せば、葵の身体は知らない誰かに明け渡されてしまうのだろう。
嫌だなと思った。
けれど、ふいに視界の端で、光の楔から解放されたリカを見た瞬間に、安堵が胸を駆け抜けた。
これで、良かったのだと思う。いま葵が苦しんでいるということは、きっと、葵の選択はアスターの中で間違っていた。でも、それでも葵はこの選択を後悔しない。だって、リカは確実に助けられる。
私は、選べた。
「……うん。良く選んだ」
あまりにも柔らかい声が、アスターからこぼれ落ちるのを聞いた。
その声は、思わず、実際に彼に頭を撫でられているかのような錯覚を覚えさせた。
そんなわけがないのは葵だってわかっている。相変わらず葵は地面に縫い付けられているし、アスターもまだ、魔法陣の外側にいる。それでも、痛みが少しだけ、ましになったかのような錯覚を覚えてしまう。
「けど、半分正解で、半分不正解です」
アスターが無造作に手を振る。その瞬間、その手に折れて投げ捨てたはずの杖が再び現れた。よく見れば、リボンの色や杖の形が違うのだけれど、今の葵にそれを判別する余裕はない。
ぼんやりとしたまま、葵はアスターを眺めていた。
現れた杖の中央を両手で持ち、杖を地面と水平に保ちながら、アスターが言う。
「君の言う通りだ。選択肢の先に正しさなんてない。……選んだうえで、それをちゃんと受け止めて生きていく覚悟があるかだ」
ああ、見抜かれていたのかと葵は笑いそうになった。
リカを助けたいだけなら、アスターが来る前に答えなど出ていたのだ。仮にきっと、リカが葵の立場だったら――これは自惚れだけれど――リカだったらおそらく、迷わずに葵を助ける方に舵を切る。
葵は選んだ。選んだけれど胸を張れる理由じゃない。自分が、自分の選択で、リカを失った世界で生きていける覚悟がなかっただけ。消えてしまう覚悟は、そのあとについてきただけ。
ずっと、わかっていたのだ。大事なのは、何を選ぶかじゃなくて、選んだ後にどうするのか。その勇気がずっと、葵に無かっただけだ。
「でも、今この場では、あえて僕の物差しで正しさを測りましょう」
黒沢がようやく口をふさいでいた羽根を剥いだ。無造作に投げ捨てて、杖の先をアスターに向ける。何かをぶつぶつと唱え始めた彼の周りには新たな魔法陣が生まれていく。
同時に、アスターの背中にも、魔法陣が展開される。黒沢樹と比べてしまえば一目瞭然の、綺麗な円だ。でもそれ以上に、魔法陣の光に後ろから照らされた魔法使いの姿に葵は息を呑む。
「――ひとつだけ、なんてのがそもそも、まどろっこしいんだよ」
そしてアスターは。正面から対峙している黒沢樹ではなく、葵を見て、にやりと笑った。
「何だって願えよ。いくつもって欲張れよ。僕ならそれを全て叶えてやれる。なんたって、君の前にいるのはSSR――最高峰の、魔法使いだ!」
その声が、ふいに葵の背中を押した。
「――私たちを、助けて、アスター!」
腹に、さらに裂けるような痛みが走った。それでも、葵は構わずに、のどから破れてしまえとばかりに、叫んだ。
「それから、このひとを、ぶっとばして!」
「――その願い、承った!」
その瞬間、光輝いた魔法陣から、流れ星のようにたくさんの光が、こちらへと飛び込んできた。
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