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第三章 岡埜谷俊一郎
11 友に如かざる者を
しおりを挟む「なになに、広瀬がどうしたって?」
一足先に参拝を終えて、松井田が戻ってくる。
興味津々で話に入ってくる松井田に、我妻が説明を繰り返した。
「ここに来る途中で、走ってる広瀬を見かけたよって話」
正直、何やってんのあいつ、っておれは思った。
もちろん、自分のことは棚に上げて。しかも、置くことはぎりぎりできるけど、取ろうとすれば手の届かないような高いところへ。
松井田が顔を顰めた。
「うわ、まじか。……えー、オレも今から走ったほうがいいかな……」
ポケットからスマートフォンを取り出し現在時刻を確認した松井田に、オレと我妻はいやいやと首を振った。そういう意図を持って言ったわけじゃない。
「いや、休息日なんだから休んでいいんだよ?」
「というか本来は休むべき。ってわけでー、松井田。今日は絶対に走るなよ」
「ってシンヤとシュンに言われても説得力が無いんだよな……」
流石に棚に上げたこと自体は松井田にもばれてるか。
部長命令、と、どこまで効力があるのかわからない言葉でとりあえず話題の尻尾を切ったおれは、ようやく我妻と拝殿の前で手を合わせることが出来た。
結果を残した松井田と違って、おれにはお礼参りをする理由がない。だから代わりに次の大会――五月の高体連について願っておく。
春が来て、四月になって。
学年があがって、三年生になった。
次が、高校生活で最後の大会だ。
(……今度こそ、結果が残せますよう、に……)
さわさわと、春を帯びた木々たちが風に揺れている。
おれは、静かに瞼を持ち上げた。
毎回、必勝祈願のときにも思うことだけれど。
居なければいいのに、なんて心の底から思う相手に頼み事をするおれの姿は、神様からみたときにはやっぱり滑稽に見えるのだろうか。
都合のいい奴だなって、思われてるのだろうか。
「しっかしほんと、お前とコータは努力家だよなあ」
参拝を終えたおれたちは、大きな鳥居に見送られるように神社を後にした。
このあと用事があるらしい我妻と別れても、時刻はお昼過ぎ。おれたちの腹の虫は暴れるを通り越してぐったりと項垂れている。
なんか食べるか、と食べ盛り二人が満場一致で入ったのはハンバーガーをメインに押し出しているファーストフード店だった。
店内に設置されているイートインスペースをひとつ陣取り、それぞれ好きなものを好きなだけ頼む。松井田は期間限定のハンバーガーのセットに、林檎のパイ。おれは、肉多めのバーガーに、さらにナゲットも足した。
松井田の言った「お前」が、おれのことを指しているのだと気付くのに、少しだけ時間がかかった。
ここに我妻が同席しているのならともかく、今はおれと松井田しかいない。必然的に、松井田の示した「お前」なんて目の前に居るおれしか該当しないのに、食べたハンバーガー共々その意味をのみ込むまで時間がかかったのは、よりにもよっておれの横に並べられたのが広瀬晃太だったからかもしれない。
「……広瀬と一緒にしないでよ」
口の中の物を全て飲み込んでから、おれは言った。
自分の声に少しだけ棘が混じったのがわかった。それを自覚しても、やっぱりおれは自分の言葉を止める術を持たなかった。
ここがきっと自分の家なら、おれの口は重いまま固く閉ざされていたのかもしれない。
でも、今おれが据わっているここは静かなリビングじゃなくて賑やかなファーストフード店で。
いまおれが食べているのは、魚中心の和食じゃなくて肉中心のジャンクフードで。
目の前に居るのは、穏やかに感心を寄せる母親じゃなくて無邪気に感心する友人で。
きっとストッパーなんて、玄関を出てすぐのところに落としてきたんだ。
いいや、違うだろ。そんなうっかりなんておれはしない。だって、おれはもっとずるい人間だ。
おれはずっと、ストッパーを手離すタイミングを計っていた。
心底。そう、文字通りに心の底から。
おれは、広瀬と一緒のくくりになんて誰かにしてほしくなかった。
だって、広瀬晃太ってやつは。
部活仲間との必勝祈願に形だけでも行く協調性なんてなくて。
周りの空気も相手の気持ちもそっちのけで、躊躇いなく己の意思を口にする頑固さと無遠慮さが目立って。
都合の悪い話題なら掘り返さなきゃいいのに、わざわざ掘り返して、そのくせ自分で傷ついたような顔をして。
一緒に走って競っているはずのおれなんかよりも、見えない誰かを追うようにがむしゃらに前だけを見て走って。
休みの日だっていうのに、ただストイックに今日も走っていて。
その全部が無性におれを苛つかせる相手だ。
そんな奴と一緒にされるなんて、おれの矜持が許さない。
それが、世間から見たらどれだけちっぽけで、矮小で、風が吹けば飛ばされてしまうような矜持だったとしても、おれがおれであるためにはそれだけは絶対に譲れなかった。
だから、おれは。長く息を吐くように言った。
「――あいつは、格別だよ」
言いながら、おれはゆっくりと瞼を下ろした。
真昼に作り出した薄暗闇のなかにぼんやりと浮かんだのは、振り向きもせずに前を走る、広瀬の後ろ姿だった。
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