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第三章 岡埜谷俊一郎
09 躓く石も縁ならば
しおりを挟む目覚めは、過去一番で最悪だった。
泣きはらしてもないのに目は腫れぼったいし、顔が全体的にむくんでるし、おまけに身体が痛い。最後のは筋肉痛というよりは、たぶん寝相が悪かったんだろうなっていう体の軋み具合だった。
首を寝違えていないのが救いだなと、寝ぼけまなこのまま身体をあちこちストレッチのように伸ばしていたら、最終的に足がつった。
春休み。大会の次の日ということもあり、部活動も休みの日。
(……ゲームでもするか)
ちょうど、一昨日にアップデートが入って、メインストーリーの更新があったのだ。春の競技大会の直前ということもあって遊ぶのを控えていた反動がおれの中で爆発寸前だ。
本命の高体連はまだ来月に待ち受けているけれど、今日ぐらいはいいだろうと寝巻のまま、おれは布団の上でスマートフォンを横にする。
けれど、それもつかの間のこと。
楽しみにしていたはずのゲームなのに、いまいち身が入らなかったおれは、ぽい、と布団の上に携帯を放った。
そのままごろりと仰向けに転がったおれは、どうしたものかなとぼうっと天井を見上げる。
どうしよう。なーんもやる気が出ない。
かといって、このままぼうっと一日を終えるのも勿体ない。
ごろ、と顔だけを窓の方へ向けた。カーテンの隙間からは、明るい光が漏れている。そういえば今日は一日中晴れだったっけなと週間予報を思い出し、少し経ってからおれはのそりと起き上がった。
(……とりあえず、走ってくるか)
具合が悪いわけじゃないのだから、休日のルーティーンでもこなしていれば、きっとだるいのだってどこかへ行くだろう。
元来おれは、走ることは嫌いじゃない。
「あ、岡埜谷だ」
おれのランニングコースのゴールは、朝凪神社だ。
あれだけ神様がいなければいいのになんて思っておきながら、図々しくもゴールテープの位置を、神様を祀る場所に設定したのは、ちゃんと理由がある。
ここの参道の階段が、階段ダッシュの練習に丁度良いからだ。中学の時からずっと、ここで足を鍛えている。
とはいえ、参拝客に迷惑をかけるのは本意じゃない。周りに人がいないことを確かめて、走る本数も決めて。さあ始めようかと思ったところで、おれは後ろから声をかけられた。
「あれ、我妻」
歩いてきたのは我妻伸也だった。
おれと同じような、上下ともジャージで、首にはタオルをかけている。
そのスタイルに、何していたの、なんてところから聞くのは野暮だろう。
「なーに、我妻。お前も今日は走ってたの?」
「うん。昨日、結果が出なかったのが悔しくてさ。フォームの見直しもかねて走ってたんだ」
松井田はすごいよねえ、と、彼と同じ短距離走にエントリーしていた我妻は、眉を下げるように笑いながら肩を落とした。
それから「岡埜谷も?」とこちらに尋ね返してくる。
その、同い年のはずなのにどこかあどけなささえみえる表情に、肩肘張るのも馬鹿らしくなって――まあ、おれが我妻の服装をみて察したように、我妻だって同じような服装のおれを見たのだから答えなんてわかりきっていたと思うけど――おれは素直に答えた。
「そーだよ。……なんか、落ち着かなくて」
おれも悔しかった、と口に出すには、何かが違うがした。
悔しいなと思うのは本当だ。でも、その言葉ひとつで表したとして、胸に重くつっかえたままの何かが氷解することはないだろうなと思った。
じゃあ、悔しいだけじゃないおれの内側の感情の正体は何だって聞かれると、いまのおれには何一つ答えられないんだけど。
自分の感情の言語化って、案外難しい。
そのままおれは、ついでだからと我妻と一緒に階段を駆け上がった。終わりの方になると足腰がぷるぷると震え始めて、先に限界がきたらしい我妻は最後の二本を前に白旗をあげた。
「た、大会翌日に、これはハードすぎませんか、岡埜谷部長」
「……えっ。……えー……?」
確かに足腰にはくるけど、そこまでハードだろうか。おれとしては、いつもの練習のつもりだったんだけど。
最後の二本を一人で終わらせ、最下段で座って待っていた我妻と一緒に休憩をとる。
いつもだったらここでランニングを終わりにして、帰りはクールダウンの意味もこめてゆっくり歩いて帰るのだけれど、我妻が「あ、参拝していきたい」と言いだしたため、おれは付き合うことにした。
練習場所にしているくらいだ、広瀬ほどこの場所が苦手なわけじゃない。夏場とか、木陰が涼しいし静かだしで避暑地として最適だし。
さっきはダッシュで駆け上がった石段を、今度はゆっくりと歩いて上った。悲鳴をあげる我妻を雑に鼓舞しながら最上階まであがり、参道を歩く。
整えられた石畳。よくこの参道の真ん中は神様の通り道だという話を耳にするけれど、実際はどうなのだろうか。
部活動のみんなで必勝祈願にくるときなんか、人数が多いからぞろぞろと広がってしまって、誰かしらは真ん中を歩いているし。いま、隣に並ぶ我妻だって真ん中を堂々と歩いている始末である。
おれもいちいち歩く場所を気にしないし、そんなもんか。
わりと神社のあれこれ好きなはずの我妻がこれなので、たぶん陸上部の面々で、そういったことを気にするのは高橋くらいだろうなとぼんやりと思いながら我妻の隣を歩いた。
あ、あと松井田もか。あいつもそれを知ったら、自然と真ん中を見えない何かに譲りそうだなというイメージがある。
なんて素直な友人のことを思い浮かべていたせいだろうか。
いや、絶対に偶然だとは思うけど。
「あ」
我妻が何かを見つけたかのような声をあげる。その声に引っ張られるようにして、おれは顔をあげ、同じような声をあげた。
同時に、参道からすこし横に離れた場所で、しゃがみ込んで大きな猫と戯れていた人影も、おれたちに気付いて声をあげる。
「えっ。シンヤとシュン!?」
おれをシュン、なんて愛称みたいに名前の最初だけで呼ぶやつ、家族以外にはあいつくらいだ。
おれと我妻を視界にいれた松井田蓮が、驚いて立ち上がる。
その隣には、ふてぶてしく転がったままの猫と。
『――神様って、いると思う?』
黒髪を高く結い上げしゃらりと垂らした、どこかで見たことのある少女が、驚いたような顔でしゃがんだままこちらを見上げていた。
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