神様なんていない

浅倉あける

文字の大きさ
上 下
29 / 31
第三章 岡埜谷俊一郎

09 躓く石も縁ならば

しおりを挟む


 目覚めは、過去一番で最悪だった。

 泣きはらしてもないのに目は腫れぼったいし、顔が全体的にむくんでるし、おまけに身体が痛い。最後のは筋肉痛というよりは、たぶん寝相が悪かったんだろうなっていう体の軋み具合だった。
 首を寝違えていないのが救いだなと、寝ぼけまなこのまま身体をあちこちストレッチのように伸ばしていたら、最終的に足がつった。
 春休み。大会の次の日ということもあり、部活動も休みの日。

(……ゲームでもするか)

 ちょうど、一昨日にアップデートが入って、メインストーリーの更新があったのだ。春の競技大会の直前ということもあって遊ぶのを控えていた反動がおれの中で爆発寸前だ。
 本命の高体連はまだ来月に待ち受けているけれど、今日ぐらいはいいだろうと寝巻のまま、おれは布団の上でスマートフォンを横にする。

 けれど、それもつかの間のこと。

 楽しみにしていたはずのゲームなのに、いまいち身が入らなかったおれは、ぽい、と布団の上に携帯を放った。
 そのままごろりと仰向けに転がったおれは、どうしたものかなとぼうっと天井を見上げる。

 どうしよう。なーんもやる気が出ない。
 かといって、このままぼうっと一日を終えるのも勿体ない。

 ごろ、と顔だけを窓の方へ向けた。カーテンの隙間からは、明るい光が漏れている。そういえば今日は一日中晴れだったっけなと週間予報を思い出し、少し経ってからおれはのそりと起き上がった。

(……とりあえず、走ってくるか)

 具合が悪いわけじゃないのだから、休日のルーティーンでもこなしていれば、きっとだるいのだってどこかへ行くだろう。
 元来おれは、走ることは嫌いじゃない。



「あ、岡埜谷おかのやだ」

 おれのランニングコースのゴールは、朝凪神社だ。
 あれだけ神様がいなければいいのになんて思っておきながら、図々しくもゴールテープの位置を、神様を祀る場所に設定したのは、ちゃんと理由がある。
 ここの参道の階段が、階段ダッシュの練習に丁度良いからだ。中学の時からずっと、ここで足を鍛えている。
 とはいえ、参拝客に迷惑をかけるのは本意じゃない。周りに人がいないことを確かめて、走る本数も決めて。さあ始めようかと思ったところで、おれは後ろから声をかけられた。

「あれ、我妻あがつま

 歩いてきたのは我妻あがつま伸也しんやだった。
 おれと同じような、上下ともジャージで、首にはタオルをかけている。
 そのスタイルに、何していたの、なんてところから聞くのは野暮だろう。

「なーに、我妻。お前も今日は走ってたの?」
「うん。昨日、結果が出なかったのが悔しくてさ。フォームの見直しもかねて走ってたんだ」

 松井田まついだはすごいよねえ、と、彼と同じ短距離走にエントリーしていた我妻は、眉を下げるように笑いながら肩を落とした。
 それから「岡埜谷も?」とこちらに尋ね返してくる。
 その、同い年のはずなのにどこかあどけなささえみえる表情に、肩肘張るのも馬鹿らしくなって――まあ、おれが我妻の服装をみて察したように、我妻だって同じような服装のおれを見たのだから答えなんてわかりきっていたと思うけど――おれは素直に答えた。

「そーだよ。……なんか、落ち着かなくて」

 おれも悔しかった、と口に出すには、何かが違うがした。
 悔しいなと思うのは本当だ。でも、その言葉ひとつで表したとして、胸に重くつっかえたままの何かが氷解することはないだろうなと思った。
 じゃあ、悔しいだけじゃないおれの内側の感情の正体は何だって聞かれると、いまのおれには何一つ答えられないんだけど。
 自分の感情の言語化って、案外難しい。


 そのままおれは、ついでだからと我妻と一緒に階段を駆け上がった。終わりの方になると足腰がぷるぷると震え始めて、先に限界がきたらしい我妻は最後の二本を前に白旗をあげた。

「た、大会翌日に、これはハードすぎませんか、岡埜谷部長」
「……えっ。……えー……?」

 確かに足腰にはくるけど、そこまでハードだろうか。おれとしては、いつもの練習のつもりだったんだけど。
 最後の二本を一人で終わらせ、最下段で座って待っていた我妻と一緒に休憩をとる。
 いつもだったらここでランニングを終わりにして、帰りはクールダウンの意味もこめてゆっくり歩いて帰るのだけれど、我妻が「あ、参拝していきたい」と言いだしたため、おれは付き合うことにした。
 練習場所にしているくらいだ、広瀬ほどこの場所が苦手なわけじゃない。夏場とか、木陰が涼しいし静かだしで避暑地として最適だし。
 さっきはダッシュで駆け上がった石段を、今度はゆっくりと歩いて上った。悲鳴をあげる我妻を雑に鼓舞しながら最上階まであがり、参道を歩く。

 整えられた石畳。よくこの参道の真ん中は神様の通り道だという話を耳にするけれど、実際はどうなのだろうか。
 部活動のみんなで必勝祈願にくるときなんか、人数が多いからぞろぞろと広がってしまって、誰かしらは真ん中を歩いているし。いま、隣に並ぶ我妻だって真ん中を堂々と歩いている始末である。
 おれもいちいち歩く場所を気にしないし、そんなもんか。

 わりと神社のあれこれ好きなはずの我妻がこれなので、たぶん陸上部の面々で、そういったことを気にするのは高橋くらいだろうなとぼんやりと思いながら我妻の隣を歩いた。
 あ、あと松井田もか。あいつもそれを知ったら、自然と真ん中を見えない何かに譲りそうだなというイメージがある。
 なんて素直な友人のことを思い浮かべていたせいだろうか。
 いや、絶対に偶然だとは思うけど。

「あ」

 我妻が何かを見つけたかのような声をあげる。その声に引っ張られるようにして、おれは顔をあげ、同じような声をあげた。
 同時に、参道からすこし横に離れた場所で、しゃがみ込んで大きな猫と戯れていた人影も、おれたちに気付いて声をあげる。

「えっ。シンヤとシュン!?」

 おれをシュン、なんて愛称みたいに名前の最初だけで呼ぶやつ、家族以外にはあいつくらいだ。
 おれと我妻を視界にいれた松井田まついだれんが、驚いて立ち上がる。
 その隣には、ふてぶてしく転がったままの猫と。

『――神様って、いると思う?』

 黒髪を高く結い上げしゃらりと垂らした、どこかで見たことのある少女が、驚いたような顔でしゃがんだままこちらを見上げていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした

黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。 日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。 ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。 人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。 そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。 太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。 青春インターネットラブコメ! ここに開幕! ※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...