神様なんていない

浅倉あける

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第一章 大晦日の出会い

06 待ちぼうけと冷たい視線

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 さて、本日の目的を改めて思い出すとしよう。

 ゆきと我妻あがつま茅の輪ちのわくぐりに。松井田まついだ岡埜谷おかのやは参拝に。
 どんぶらこどんぶらこと流れる桃が拾われる先を選べなかったように、ゆきと我妻に連行されてきた俺だったが、あいにく鬼退治のような目的は一切持ち合わせていない。なんなら録画が消される前に家に帰って先ほどのドラマの続きをみたいのが本音だ。
 で、ゆきと我妻の目的は先ほど果たされたわけなのだから、じゃあもう帰れるかと思ったらそんなことはなかった。松井田たちが参拝するのなら、自分たちもしていこうとなるのがこの二人だ。

 そんなわけで参道をお手本の順路で進み、拝殿はいでんへと向かった四人を待つ間、手持ち無沙汰になった俺は他の参拝客に交じって授与所へと向かい、お守りや絵馬、お札や破魔矢などずらりと並べられたそれらを眺めていた。
 交通安全。合格祈願。金運、仕事、安産、必勝。身代わり守りに縁結び。ご当地キャラクターのデザインのものもあれば、ペット守りなんてものまで並んで、カラフルなうえになんだか煌びやかだ。
 巫女さんたちからの視線が若干痛い気がするのは、ここに並んでいるものを買うつもりのない俺の罪悪感のせいだろうか。
 とはいえ、ゆきたちに「じゃあ授与所で待っててね」なんて言いつけられた身としては、他にやることがないのだから仕方ないだろうという気持ちもある。ちなみに、岡埜谷のようにスマートフォンでの暇つぶしという選択肢は、充電の心許なさにより選択肢から外された。自発的に外出する予定が無かったのもあって、充電にそこまで気を配っていなかったのが敗因だ。
 俺は買う気もないくせに、目に入った交通安全のお守りを手に取った。
 赤い布地に、金色の刺繍。
 目の奥がちかちかして、思わず俺は顔をしかめる。

「なに広瀬ひろせ、それ買うの?」
「うわっ」

 突然、岡埜谷に手元を覗き込まれて、俺は驚いてお守りを取り落とした。いつの間にか参拝を終えてこちらに来ていたらしい。
 びっくりした。いつの間に戻ってきてたんだお前。
 幸運だったのは、お守りが落ちた先が地面ではなく、元々陳列してあった棚の上であるということだろうか。まるで最初からここに売りものとして並んでいましたがなにか、みたいな顔で元あった場所に納まっている。それでも、今度こそ冷たい視線が正面から注がれたのは間違いなかった。
 顔をあげれば、一人の巫女さんが俺と岡埜谷を怪訝な顔で見つめていた。うん、いまの一瞬で彼女からの印象が下がったのはわかった。
 俺たちと同年代ぐらいに見える彼女の、ポニーテールに仕上がった長い黒髪がしゃらんと揺れる。顔立ちが良いのもあって、ちょっとした表情もどこかきつくみえる気がした。
 彼女は何も言ってはこなかった。けれど表情は雄弁だ。今度こそ正しく気まずさを覚えた俺はぎこちなく彼女に会釈をすると、岡埜谷を引っ張って授与所の端へと寄った。

「――気配を消すな」

 勿論、開口一番俺から飛び出したのは岡埜谷に対する文句である。
 だってびっくりした。マジでびっくりした。ホラーゲームをやらされたときみたいに心臓がきゅってなった。寿命も三十分くらい縮んだと思う。何より覗き込まれたのが俺の肩越しだったから、いきなり岡埜谷の声が耳元の近くに置かれてすごくぞわぞわってした。思い出すだけで鳥肌が再発する。総括すると、ふざけんな、だ。
 そんな俺の様子を見て、岡埜谷は口角をあげた。

「えー。消したつもりはないんだけど」
「……お前なんか、スーパーの自動ドアに感知されなくなってしまえ」
「呪詛が地味」

 俺が岡埜谷のやいのやいのと言いあっていれば、岡埜谷の次に参拝を終えて、我妻が戻ってくる。お待たせ、と俺の隣にきた我妻が、俺たち二人を見てのほほんと言った。

「あれ。なんか広瀬も岡埜谷も楽しそうだね?」
「我妻。どこをみてそう思ったんだよ……」

 楽しいのはたぶん岡埜谷だけだ。
 訂正。あとそれを見て楽しいと断定した我妻、お前も。
 当事者からすれば的外れなことを我妻が言うものだから、俺は一瞬で毒気を抜かれてしまった。どんまい、と言いたげに岡埜谷が俺の肩に手をぽん、と置いてくる。いや、お前のせいだよ、お前の。
 岡埜谷の手を振り払っていると、少し遅れて松井田とゆきも俺たちに合流した。

「お待たせ、広瀬!」
「待たせたな!」
「本当に待った」

 岡埜谷をじりじりと睨みつけながら言うも、当の本人はどこ吹く風である。お前、本当に後で覚えてろよ。
 待たせてごめんね、と両手を合わせるゆきと、主役は遅れてやってきたとでも言いたげなドヤ顔で戻ってきた松井田に、大丈夫とか言える元気はもう無かった。もうさっさとこいつらにお守りを買うというミッションをこなしていただいて、帰路につきたい。
 そんな投げやりな俺をみて、流石に悪いと思ったのか松井田があわてたように俺の前に回りこんできた。

「悪かったって! けど、俺たち二人で広瀬のぶんまで神様にいっぱいお願い事してきたからさ!」
「は? 神様?」
「……うん? お願い事?」

 松井田のからっとした言葉に、俺が思わず疑問符をこぼし、ゆきが首を傾げたときだった。
 突然俺たちの後ろから、何かが落ちたような騒々しい音が聞こえてきて、俺たち五人は一斉に音のした方向に顔を向けた。
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