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第一章 大晦日の出会い
03 我妻伸也とお参りに
しおりを挟む階段のすぐそばには、雪と笹の葉に埋もれるようにして小さな木造の祠があった。三角屋根の下には石碑が置いてあって、ところどころ掠れてしまっているが、人のようなものが二人、夫婦のように寄り添うような姿で表面に刻まれている。
ゆきと、ゆきの祖母は、よくこの石碑の前にしゃがみ込んでは両手を合わせていた。定期的に石碑の掃除もして、時々お供え物も置いていたと思う。ゆきの祖母が他界したあとも、ゆきは律儀にこの石碑の前で毎日手を合わせている。
何という名前の神様だったか。
――ああ、思い出した。『さいのかみ』だ。
ゆきも、ゆきの祖母もこの石碑のことをそう呼んでいた。
この『さいのかみ』が、どういった意味を持つのかまでは俺は知らない。おそらく『かみ』は素直に『神』が当てはまるのだろうけれど『さい』は才なのか、それともまた別の漢字が当てはまるのか。とりあえず、動物のサイではないことは小さい頃に思い知った。文字通り転がって笑った幼い頃のゆきを未だに俺は許してないし、悔しくてインターネットで調べるなんてこともしていない。
その祠の前に、周りの雪に混ざってしまいそうだと例えでも言わせることのできるような、肌の色の薄い男が立っている。ひらひらと手を振ってにへらと笑う彼に、俺はどっと肩の力が抜けるのを自覚した。こいつが居るとわかっていたのにこれだ。
というか、本当に居るとは。
「我妻先輩! 無事に広瀬を連れてまいりました!」
「ありがとう高橋さん、お手柄だよ!」
ぴし、と雪が手袋にくっついたままの手で敬礼するゆきに、ぐっと親指を立てて御礼を言う男こそ、さきほど名前を聞いたばかりである我妻伸也そのひとであった。
「いやお手柄だよ、じゃないんだよ……」
はあ、とため息をつきながらゆきの手を放し、俺は恨めしい気持ちのまま我妻を見た。俺の不機嫌さはマフラーで顔が半分ほど隠れていたとしたってじりじりと伝わるほどあからさまなはずなのに、我妻が気にした様子はない。むしろそれが面白いとばかりににんまりと笑みを深める。こいつのことは嫌いではないが、こいつのそういう、同級生をからかうというよりは、同級生のくせに、まるで年上の先輩が後輩を見守るような余裕ぶった態度が、時々無性に気に障る。
「だって、僕が参拝や厄払いに誘っても、広瀬は絶対に来てくれないでしょ」
我妻が笑いながら俺の方に歩いてくる。それから、日々のルーティンとばかりに祠の前に手を合わせにいったゆきをすれ違いざまにちらりと見てから、俺に視線を戻して目を細めた。
「でも、高橋さんが頼めば、来てくれるかなって思って」
我妻の言葉は正しい。玄関先まで俺を誘いにきたのがゆきじゃなくて我妻だったら、俺は今頃母さんと一緒にドラマの続きを見ていたはずだ。いや、たぶんゆきが相手でも、ただ一緒に参拝に行こうという内容だったら俺はこうして雪を踏むことはなかったと思う。
我妻の言葉に、俺は無言を選んだ。肯定しているようなものだけれど、こいつ相手に素直に認めるのは癪だし、この件に関しては否定したところで言葉通りには受け取ってもらえないことは知っている。
案の定、俺の失礼かつあからさまな態度にすら、我妻は笑っていた。だいたいがこいつのせいだというのに、この状況だけみれば、なんだか俺の方が些細なことで拗ねてしまった子供のようだ。
そういうところだよ、お前。
「お待たせしました!」
ゆきが、祠の石碑に向けて合わせていた両の手のひらを解いて、俺と我妻のところへと戻ってくる。マフラーから覗くゆきの鼻の頭がもう赤くなっていて、俺は思わず眉を顰める。それを待たせたからだと勘違いしたのか、「待たせてごめんって」と困ったように笑いながらぱしぱしと俺の肩を叩くゆきの手に、口から出るはずだった文句も心配も足元へ払い落とされてしまった。
「……別にいいよ。ほら、さっさと行くぞ」
ゆきのニット帽の山を手のひらでへこましてから、俺は歩き出した。後ろから、「はーい」とゆきと我妻の楽しそうな返事がユニゾンになって帰ってくる。いや息ぴったりか。俺たちは三人とも陸上部に所属しているわけだが、この二人は合唱部にでも行くべきだったのかもしれない。そんなことを少しでも思ってしまって、俺は力なく首を横に振った。
ポケットに突っ込んだ使い捨てのカイロは、まだ俺の指先を温めてはくれない。
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