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私は普通のJKである。
夏の陽射しが照りつける朝、校門をくぐると、すでに登校している生徒たちがまばらに見える。人気のない廊下を歩いて教室に向かう。
まだ誰もいない教室に入り、カーテンを閉めて鞄からライトノベルを取り出す。表紙には眩しい笑顔を見せるヒロインが描かれていて、その後ろに立つ主人公の男の子は照れくさそうに目を逸らしている。この物語は普通の高校生たちが織りなす、ちょっとした恋と友情の甘酸っぱい青春ストーリーだ。
外から聞こえるセミの鳴き声に浸りながらパラパラとページを捲ると、登場人物たちの高校生活が垣間見える。放課後にライバルとぶつかり合ったり、片思いのあの人と登校したり、大切な友達に想いを馳せたり。少しだけ私から離れた世界に浸る時間が、私は大好きだった。
これが私の青春だったら、ふと、そんなことを考えてしまう。
私は平凡で、これといって目立つこともない普通の女子高生。部活もしていないし、何かに夢中になれるほどの情熱も持っていない。ただ、ラノベの世界の登場人物たちが織りなすドラマを見守ることが、私の日常だった。
でも最近、周囲の友人達は少しずつ変わり始めている。
葵は暗い顔を覗かせる事が無くなったし、早く登校するようになった。
美玖は最近、意中のあの人と仲良くなれたみたいだし、岬はなんだか思い切りが良くなった。
他の友達も趣味にバイトにと忙しくしている。テストのあと、夏休みの予定を話すときのあの楽しそうな顔を見ると、まるでみんながラノベの主人公みたいに見えて、ちょっとだけ羨ましくなる。
現状に不満は無いけど、もっと楽しく過ごせるのかな、そんな風に心の奥で考えてみるけど、ラノベの主人公たちの様には上手くいかないだろうと当たりをつけて、現状の楽しさに思いを馳せる。
このままで十分楽しいじゃないか。
「麗奈、これ見てみて!」
突然、美玖が私の前に座り込んできた。
彼女は手に持ったチラシを差し出してきた。「こないだ出来たカフェに行ってみたんだけど、すごく美味しかったんだぁ。麗奈も今度一緒に行こうよ!」
私はチラシと彼女を見ながら微笑んだ。由紀の目には、楽しさと期待が溢れていて、その姿に心が温かくなる。
「いいよ、じゃあ今度の日曜日にでも行こうか」
美玖に顔を向けて答える。
彼女はキラキラと瞳を輝かせて今日の部活の話や、週末の予定について話し始めた。その様子はまるで物語のヒロインみたいだ。
美久の話に相槌を打つ。私にとってはラノベの中よりも現実の世界が居心地がいい、物語の様に派手な青春でなくて良い。
外ではセミの鳴き声が一層大きくなり、今日がゆっくりと動き出そうとしていた。
始業のチャイムが鳴り、教室が段々と静かになっていき、
先生が入ってくる頃には全員が席に着いていた。英語の授業は淡々と進んでいくけど、私はどうしても気が散ってしまう。ノートには単語や分の訳が並んでいるはずなのに、気づけばラノベの続きが頭に浮かんでくる。
さっき読んでいたのは、主人公の女の子が勇気を出して意中の男の子に近づくシーンだった。彼女は自分が抱く感情に振り回されながらも、少しずつその気持ちに向き合っていた。そんな不器用で真っ直ぐな姿に、私は胸がきゅっと締めつけられるような気持ちになる。
こんな風に、自分の気持ちに向き合えたらなぁ、私はノートの端にそっとペンで小さく落書きをした。現実の私はそんな勇気を持てなくて、ただ教室の隅っこから周りを眺めているだけ。だからこそ、ラノベの世界に自分を重ねてしまうのかもしれない。
休み時間になると、クラスメイトたちは友達と楽しそうに話し始める。
誰かが小テストの点数について笑ったり、部活の話をしたり、どのグループもそれぞれの会話で盛り上がっている。周りの楽しそうな姿を見ているだけで、お腹がいっぱいになった私は、微笑みを隠すようにカバンからまたラノベを取り出し、机に広げる。
現実にはないドラマチックな展開、感情が揺さぶられるような恋の話。私はその物語の中に没頭するのが好きだけれど、今の自分の生活に特に不満があるわけじゃない。むしろ、何も問題のない、平和な日常を気に入っている。
美玖が恋に忙しくしているのも、他の友達がそれぞれの世界で頑張っているのも、私はただのんびりと眺めている。みんなが何かに一生懸命なのはすごいと思うけれど、だからといって自分も何かしなければいけないと焦ることはない。その様子を見て「頑張ってるなあ」と思うだけで十分だ。
「麗奈、何読んでるの?」
美玖が私の肩を軽く叩きながら聞いてくる。私は微笑みながら表紙を見せた。
「またラノベ?ほんとに好きだね、そういうの」
「うん、なんか楽しいんだよね。リアルな舞台なのに非現実的なところとか、あり得ない展開とか」
私は頬を掻きながら答える。美玖は「確かに、そう考えたら面白いかも」と納得したように言って、興味津々といった顔で本を見つめる。
「私、本は苦手だけど面白そうだね」
好きな本があるって良いなー、凄いなー、と感心したように美久は付け加えた。
美玖の言葉に、私はちょっと考える。確かに、私は周りに流されることもなく、自分の好きな本を読んでいる。それが特別すごいことだとも思っていないけれど、今の生活には満足しているし、変える必要も感じていない。穏やか毎日たけど友達もいて、ちょっとだけ刺激的なラノベの世界もあって、ちょっと賑やかな世界、それで十分。
「そうでもないよ、嫌いな本だってあるし、私は偶然、好きな本を見つけられただけ」
私は自然にそう答えた。ラノベの主人公たちが特別な体験をしているように、私も自分の時間を楽しんでいる。それが偶々、自分にとっては心地よいことであった。みんなそれぞれ、自分のやりたいことをしている。それでいいのだ。
男子達が開けた窓から夏の風が吹き込んで、カーテンがふわりと揺れる。教室のざわめきとセミの鳴き声が混ざり合い、なんとなくぼんやりとした気分になる。今日も変わらない日常が動いていく。それは何か大きなことが起きるわけでもなく、ただ時間がゆっくりと流れていくような、そんな夏の朝だった。
教室のざわめきの中で、近づいてくる友人達に気づいた私は、小説を閉じて美久と話し始めた。
授業が終わると、いつものように昼休みがやってくる。
今日は暑いからか、みんなダラけ気味だ。男子たちがジュースをめぐってじゃんけんをしている。
クーラーの効いた教室でお弁当を広げ、友人達と話し始める。
隣には美玖、向かいには葵と岬が座って、4人で一緒にお昼を食べるのがいつもの光景だ。
「美玖のお弁当、何入ってるの?」
美玖の弁当を覗き込む。
「今日はハンバーグと卵焼きかな。定番だけど、やっぱり落ち着くよね」
美久はそう言いながら箸を進める。私は「手作りって感じでいいなぁ、私はコンビニだけど」と笑い、パックを開ける。
「美久って、毎日きっちりお弁当作ってて凄いよねぇ」
葵が少しおどけたように言う。
意地悪なものだ。美玖が好きな男の子を意識して手作り弁当を始めたのに気づいてる癖に、葵のわざとらしい口調に美玖は、自分で簡単に作ったサラダをつつきながら「まあ、手抜きだけどね」と笑った。
「葵のサラダもおいしそうだよね、色どりが綺麗で、見てるだけで元気出そう」
麗奈が褒めると、葵は少し照れたように「でしょ?ありがとう!」と嬉しそうだ。岬は無言で自分の弁当を食べているが、時折視線を上げて3人の会話に耳を傾けている。
お弁当を食べ終えて、まったりとした時間が流れる。麗奈は残った時間をどう過ごそうかと考えながら、カバンから小説を取り出した。先ほどまでの賑やかな食事の雰囲気から一転、物語の世界に少しだけ浸るつもりだ。
「麗奈、それ今日の続き?」
美久が私の本に目を向ける。
「うん、あとちょっとなんだ」
本を指で示す。青春ラノベの甘酸っぱい恋と、些細な出来事で一喜一憂する登場人物たち。私はそんな日常に共感しながらも、どこか憧れを抱いている。
「青春かぁ…こういうの読むと、なんかいいなって思うよね」
葵が小さく呟く。
「青春って感じだねぇ、でもなんかちょっと、恥ずかしいよね、こんなベタな展開」
手渡した本を捲りながら、美玖が言った。
「まぁ、現実じゃこんなうまくいかないよね、でも、読んでるとなんかドキドキするんだよねこういうの、現実にはなかなかないし」
私は少し照れながら話す。すると葵も頷いて「そうそう、でも現実も意外と捨てたもんじゃないよね」と軽く笑いながら美玖に目をやった。
岬は何も言わずに自分のスマホをいじりながら、うっすらと微笑んでいる。何気ない昼休みの時間。それが彼女たちの居心地のいい日常だった。どこかで感じる甘酸っぱさや、友人たちのちょっとした変化。それらを見つめながら、麗奈は今日も自分の時間を楽しんでいた。
教室のあちこちでは、他の生徒たちがそれぞれの昼休みを楽しんでいる。本を読んでいる子、何処かに出かけていく子、お弁当を囲んで賑やかに過ごすグループ。それぞれが自分の居場所を見つけている様だ。
「ねえ、夏休み、みんなで遊びに行こうよ。カラオケとかさ、夏っぽくプールとかもいいかも。」美玖が提案すると、岬も「いいね、涼しそうだし」と珍しく賛同する。
葵も「夏っぽいことしたい」と楽しそうだ。
「麗奈も夏休みは大丈夫?」
誘われた私は、一瞬迷ったあとで「うーん、私も行こうかな」と笑って答えた。
別に行きたくないわけじゃないし、みんなが夏に浮かれるのを見ているのは楽しい。
友人たちの賑やかな計画を聞きながら、楽しそうと微笑む。無理に何かを変えなくても、こうして友達と一緒に過ごしているだけで十分だ。
昼休みはあっという間に過ぎ、午後の授業が始まる。窓の外では蝉が鳴いていて、それに合わせて夏の暑さも教室に入り込んでくる。この暑さすらもどこか愛おしい。こんなに穏やかで何も変わらない日々が、いつまでも続けばいいのに。
そんな風に思いながら、視線を廊下から教卓へと移した。
先生の声が教科書の内容をなぞるように響き渡る、麗奈はノートに手を動かしながら、ふと廊下の向こう、窓の外に目をやる。夏の青空が広がり、電線の上に鳥たちが屯しているのが見える。
授業が進むにつれ、私の意識は再び本の世界へと心が引っ張られた。
授業の合間に考えるのは、自分の周りで起きている些細な変化だ。最近、葵は部活動により取り組むようになったし、美玖はまた新しい趣味を見つけて、どこか楽しそうにしている。岬は最近、自分から歩み寄ってくるようになったし、仲間たちと一緒に過ごす時間が増えたように見える。
岬や美玖の変化には介入した覚えはあるが、私はその変化を離れた場所から眺めているだけで、寂しい気持ちになる。
友達が少しずつ成長していく姿を見ていると、自分も何かを変えなければいけないのかもしれない、そんな気持ちが一瞬胸に浮かぶ。でも、今の自分に特に不満はないし、無理に変わろうとも思わない。ただ、少しだけ、あの甘酸っぱい物語の主人公たちのような、小さな一歩を踏み出す勇気を持って、大きな変化を経てみたいという気持ちも存在している。
授業が終わり、放課後のチャイムが鳴ると、生徒たちは一斉に立ち上がり、それぞれ帰り支度を始める。私も教科書を片付け、カバンに詰め込んで廊下に出る。
窓の外から差し込んだ午後の陽射しは柔らかく廊下で反射し、キラキラと夕方の気配を漂わせている。
すれ違った美久や葵たちに軽く手を振って別れの挨拶を交わす。私は一人で校舎を出て、いつもの帰り道へと足を進めた。
夏の風が暖かい風が、制服のスカートをふわりと揺らす。軽く足を踏み出すと、まるで自分が物語の中の主人公になったように軽い足取りで進んでいく。
周りを見渡すと、楽しそうに笑い声を上げながら自転車に乗った少年と、並走して走るランドセルを背負った少年が通り過ぎ、公園では親子連れがピクニックを楽しんでいる姿が見えた。
日常の風景が変わりなく広がっているが、私はその中に、ふとした変化を感じ取る。少しずつ季節は移り変わり、人々の日常もまた、少しずつ変わっているのだろう。
桜が咲いていた日々を遠く感じ、青々と茂った並木道を歩く、自分がこうして変わらずにいられることに、妙な安心感と、わずかな不安が混じる。
自販機でジュースを買い、これまで以上にゆったりとしたペースで歩き出す。
青く広い空を見上げながら、私は改めて自分の日常について考えた。
特に不満もないし、変わらなくてもいいと感じている。けれど、周りの友達が少しずつ前に進んでいくのを見ていると、時々自分も何かしら変わらないといけないのかな、なんて焦燥にも駆られる。
手に持ったジュースの缶をゆるく振りながら、心の中で自問自答を繰り返す。だけど、今の自分が好きで、今のままでも満足している。それでも、新しい景色を見てみたいという小さな憧れも、どこかにある。
砂時計をひっくり返すように振ったジュースを一口。
せめて変わりゆく季節と日常を、もう少しだけ楽しんでみようと思いながら、私は一人で歩いた。
家に帰り着いた私は、玄関で靴を脱ぎながら「ただいま」と軽く声をかけるが、返事はない。両親は共働きで帰りが遅く、家にはいつも私が先に着く。もう慣れた一人の時間だが、たまに感じる静けさが少し物足りない。
カバンを放り出し、リビングのソファに身を沈めると、いつものようにスマホを取り出して軽くSNSを眺める。
画面には友達が投稿した写真や日々の出来事が並び、楽しげなコメントが飛び交っていた。葵が部活の練習の写真、美久がギターを買ったことなど、いつも変わらないと思っていた日常が少しずつ動いているのが見て取れる。
「みんな、色々やってるんだなぁ」
呟きながら画面を下へ下へと動かしていく。私はどうだろう。
何も変わらず、いつも通りの日々を送っている。それが嫌なわけではない。どこかで新しいことに挑戦してみたい気持ちはあるけれど、今の自分に不満もなければ焦りもない。ただ、周囲の変化を眺めて楽しんでいる自分がいるだけだ。
スマホが震えてバナーが降りてくる。画面には美久からのメッセージが表示されていた。
「麗奈、今度の土曜だけど、映画観に行かない?」
「新しく公開されたやつ、面白そうだから一緒にどうかなって」
何気ないお誘いだが、私はそのメッセージを見て自然と嬉しくなる。いつもと変わらない日々に、ちょっとした遊び。それが私にとっての今であり、自分の居場所。
「うん、行くよ。楽しみにしてる!」と返信し、スマホを閉じた。自分の変わらない日常の中にも、小さな楽しみが紛れ込んでいる。それに気づくことができれば、それだけで十分。
変わっていく友達や周囲に焦ることなく、自分のペースで少しずつ進んでいけばいい。そんな風に思いながら、ソファから立ち上がり、軽く伸びをして動き出した。
夕飯を終えて、自室に戻ると涼しげな空気が部屋から流れ出る。
エアコンの設定温度を下げ、布団に潜り込んで携帯小説を開く。
少し甘酸っぱい携帯小説。登場人物たちの恋愛模様や、青春の日常が描かれたその小説は、学校で読んだラノベと違って、まるで誰かの日記のような稚拙な文体だった。
所々でそれっぽい描写をして誤魔化しているけど、何を伝えたいのかなんて、これっぽっちも分からない。
それでも私はその気恥ずかしい構成や青臭い展開が嫌いじゃなかった。むしろ、それが魅力だと感じている。
スクロールしながら小説の一節を目で追った。読みながら、ついニヤッと笑ってしまう。登場人物の感情がストレートすぎて、まるで自分が高校生の頃に書いた作文のようだった。けれど、その不器用さや一途さが心を擽る。
携帯小説には、しばしば作者の好みや考えがそのまま投影されていることがある。小説の中に登場する「帰りが遅くなった時の暗い帰り道」や、「クラスの中心にいるけど少し影のある男子」など、明らかに誰かの体験や憧れそのものが形になっている。登場人物の台詞や思考には、作者の好きなものや感じたことが溢れ出していて、それが逆に生々しくて面白かった。
「これ、絶対作者さんの実体験だよね…」
告白をしてこっぴどく振られた日を振り返る場面を読みながら思わず笑ってしまう。甘酸っぱくて、少し切なくて、どこか他人事とは思えない内容が、恥ずかしいけれど引き込まれてしまう。書き手の気持ちがありのままに表現されていて、それが作品の稚拙さを超えて心に響くのだ。
誰かの心の中をのぞき見るような感覚が、携帯小説にはある。言葉が少し足りなかったり、説明不足だったりするところも、もどかしくはあるけど、完璧じゃないからこそ共感できるし、楽しめる。
携帯小説の中で見つけた作者の「大好き」が詰まったページを閉じ、スマホをそっと置いた。
物語を通して垣間見る他人の感情や願望に、麗奈は自分を重ねて少しだけ優越感を感じてしまう。
周りが輝いている姿を見ることが、私にとっての小さな幸せだった。誰かの物語の中に、自分の居場所を見つけて、静かにその瞬間を楽しむ。
そんな自分のポジションが心地よくて、変わらない日々が愛おしい。
外ではコオロギの声が響き、夏の夜が深まっていく。静かな時間を楽しむように、目を閉じて夏の気配を感じ取る。
主人公なんて柄じゃないし、周りが輝いている姿を見るだけで幸せだ。
自分の中にあるちっぽけな幸せを胸に、ゆっくりと眠りについた。
目覚ましの音で目を覚ますと、窓の外からは夏の日差しが強く差し込んでいる。朝の支度を済ませ、学校へと向かう。通学路には今日も変わらない光景が広がっていた。
自転車を揺らし、昨日読んだ携帯小説の甘酸っぱい展開を思い返す。
登場人物たちは、それぞれに悩みを抱えながらも、まっすぐに前を向いて進んでいく。そんな姿が眩しくて、でもどこか心地良かった。
学校に到着すると、いつものように友人たちと合流する。美久は新しいアクセサリーを鞄につけていて、「これ、ネットで見つけたんだ。可愛くない?」と嬉しそうに見せてくる。葵は昨日のスマホゲームの話を熱心にしていて、岬は相変わらず静かに微笑んでいる。
私はそんな友人たちのやりとりを聞きながら、自分の居場所を感じていた。彼女たちはいつも私を話の輪に入れてくれるし、私もそれが嬉しかった。物事の中心にいるのはいつも友人たちで、自分はその周りで見守る立場。それが私にとっての安心できる居場所。
授業が始まると、いつものようにノートを取りながら教科書の内容を淡々と追っていく。教室の窓から見える青空に浮かぶ積乱雲はそびえ立つようで、その空を眺めがら。ぼんやりと考える。私にとって、現実は静かで穏やかで、特に大きな波もない日々。でも、それが嫌いなわけじゃない。
昼休み、お弁当を食べ終えて、昨日のラノベの続きを開いた。
複数の小説を読み進めるのは面倒くさいが、
昼休みの教室は少し静かで、麗奈は物語の世界に入り込むにはぴったりだ。
今日の話は、主人公が友人とのすれ違いを経て、自分の本音に気づく場面。
シンプルで直球な感情が、そのまま言葉になって綴られている。麗奈は、それを一気に読み進める。ページをめくるごとに、小説の作者の素直な想いが伝わってくる。
普通なら照れてしまいそうなシーンも、臭すぎてイタい台詞も、登場人物たちの感情がむき出しになるところも、そのままの形で楽しんでいる自分がいた。それは現実とは少し違うけれど、どこか共感できる世界だった。
午後の授業も終わり、放課後になると、いつものように一人で帰り道を歩く。途中でコンビニに寄り、ちょっとしたお菓子を買って帰ることも、いつもの店員さんからお釣りを受け取る。その何気ないやりとりにも、麗奈は小さな安心感を覚えていた。
家に帰り、軽く宿題を済ませた後、ベッドに横たわりながら、素早く携帯小説を開いた。昨日読んだ続きが気になっていたのだ。作者が描く登場人物たちは、悩みや葛藤を抱えながらも、何かに向かって進もうとしている。その姿に、少しだけ自分を重ねた。
私も、いつかはこんな風に何かに夢中になれるのかなと、ぼんやりと考えた。携帯小説の中の世界は、どこか麗奈の憧れでもあり、同時に現実から距離を置いた安心できる場所でもあった。
物語を読み進めるうちに、自分がどこかで主人公になれる瞬間が来るのかもしれない、そんな気がしてきた。今はまだモブの位置にいて、周りの変化を楽しむだけの日々。でも、それがいつか変わることを、心のどこかで期待している自分もいる。
少しの理解、少しの踏み込み、少しの気付き、ちょっとした出来事で大きく変わる日常に焦がれる自分が顔を出す。
今はこのままでいい、なんてスマホを閉じながら深く息を吐いた。自分の物語はまだ始まっていないのかもしれないけれど、日々の何気ない瞬間を楽しむことが、今の私にはちょうど良いのだ。
夜が更けて、シャワー浴びてから、またベッドに寝転んで携帯小説を読む。
物語の主人公は、ようやく自分の気持ちを友人に伝えられる場面を迎え、画面越しに伝わる感情の高ぶりに、私は自然と微笑んだ。まるで自分もその瞬間に立ち会っているかのように、胸が少しずつ温かくなっていく。
私も、こういう風に言えたらなと思う、そんな相手も居ないのに、そんなことを思った自分が少し恥ずかしくもあるけれど、ちょっとリアルで、切実な願いだ。麗奈はスマホを置き、天井を見つめる。小説の中では、主人公たちが勇気を持って行動する姿が描かれていたが、現実の自分はというと、いつも安全な位置にいることが心地よくて、変わる必要性を感じたことはなかった。
しかし、ここ最近、周囲の友人たちが少しずつ変化していく姿を目にして、自分もどこかで踏み出せるのかもしれないとぼんやりと思うようになった。新しいことに挑戦するのは怖いけれど、少しずつその考えが変わりつつあるのを私は感じていた。
皆、自分の物語を進めている。
美久も葵も岬も、それぞれが自分の人生を謳歌している。その中心にはいつも大きな決断や感情の波があって、まるで青春ドラマのようだ。私はその隣で、静かに観客として座っているだけで満足だったが、最近はその席だと少しむず痒く感じることが増えた。
次の日、学校の帰り道、私は久しぶりに少し遠回りをして帰ることにした。いつもなら寄らない道の小さなカフェ。窓から見えるのは落ち着いた雰囲気の店内と、思い思いに時間を過ごす人々の姿だ。なんとなくその光景に惹かれ、私は足を止めた。
店のドアを開けると、柔らかなベルの音とコーヒーの香りが麗奈を包み込む。少し緊張しながらも、カウンターで飲み物を注文して窓際の席に座った。外の景色をぼんやりと眺めながら、私はふと、自分のこれまでの日々を思い返していた。何気ない毎日。自分の中でそれが心地よいと感じていたけれど、今は違う。少しの違和感が心の中に巣食っているのを自覚している。
カフェの隅でカップを手にしている女性が、静かに本を読んでいた。その姿が妙に私の心に残る。
教室で縮こまって本を読む私と違って、堂々としたその人は、まるで自分の時間を主人公のように生きているように見えた。私は何気なく生きているように見えて、その人の時間はしっかりとその人自身のもので、それが私にはとても美しく感じられた。
私も、もっと自分らしく生きてみたい、今も自由ではあるけど、どこか窮屈さを感じている。
私はカフェを出たあとも、その小さな気づきをずっと抱えたまま帰り道を歩いた。変わらない日常の景色が、少しだけ違って見えた気がした。
家に着き、またいつものように携帯小説を開くが、今日は少し違う感覚だった。自分も登場人物たちのように、何かを始められるのではないかと思えた。私の中で、小さな一歩を踏み出す勇気が育ち始めていた。
少しだけ机に向かって座り、今日の出来事を振り返ふ。
昨日まで読んでいた携帯小説のページ。稚拙で飾り気のない文体、短い言葉の羅列が続くその文章は、どこかまっすぐで、麗奈の心に直球で飛び込んでくるものだった。
小説の主人公は、自分の気持ちに素直で、時に他人を振り回すような言動を見せながらも、何かに本気でぶつかっていく姿が描かれていた。
クサい台詞の中には熱い思いが見え隠れしていた。
私はそれを、ただ他人事のように眺めているだけだったが、最近ではその視点が少しずつ変わりつつある自分に気づいていた。
こんなふうに夢中になれること、ないな、なんてぼんやりと考えていたのもつい数日前のこと。
それが今では少し違う。自分だって何かを始めたい、そう思えるようになってきたのだ。スマホを手に取り、小説の続きではなく、新しいページを開いた。少し躊躇しながらも、自分の気持ちを少しだけ文章にしてみた。
「何でもない私だって、主人公になれるのかな。」
その言葉が、どこかくすぐったくて、ニヤリと笑みを浮かべる。自分が書いた文章なのに、まるで誰かの言葉を聞いているような気持ちになった。書き進めるうちに、麗奈は自然と指を動かし、思いのままに文を綴っていった。
下手でもいい、醜くても良い、そんなことを気にするのはもうやめにしたかった。今までの自分ならば、他人の評価や視線ばかり気にして、本当にやりたいことなんて一歩踏み出す前に諦めていた。だが、その考えは今、少しずつ揺らいでいる。自分も主人公になってもいいんじゃないか、そんな風に感じている。
物語の中の主人公たちは、行動して失敗して、また立ち上がる。その繰り返しを通じて、少しずつ自分を見つけていく。私もそんな風に、一歩ずつ自分を見つけていきたいと思った。自分を変えたいというより、今ある自分をもっと大切にしたい、そんな気持ちだった。
画面に浮かぶのは、不格好な言葉たち。でもそれは間違いなく、自分の心の中から生まれたものだ。書き終えた後、私はスマホを閉じて少し笑みを浮かべた。その瞬間、自分も物語の中にいる主人公のようだと感じた。
私の心には、確かな変化が生まれている。いつもと変わらないように見える毎日が、少しずつ輝いて見え始めている。空の色も、夜の静けさも、すべてが新鮮で、これからの自分を歓迎してくれているように感じるのだ。
「明日も、ちょっとだけ新しい私になれたらいいな。」
小さな呟きだけど、それは確かな一歩だった。自分も主人公として生きていくという意識が、少しずつ現実に変わっていく。私は自分の中の物語を、静かに進めていく覚悟を決めたのだ。
麗奈は窓の外を見つめながら、ゆっくりと深呼吸をした。窓から見える夜空は、無数の星が瞬いている。
どれがどの星座かなんて知らないが、どれもキラキラ等しく輝いている。
静かな夜の時間に包まれながら、私は今この瞬間の自分を感じていた。未来のことばかり考えて、今を見失っていた自分に、少しずつ気づき始めている。
「いつか何かをやりたい、じゃなくて…今、やりたいことをやるべきなんだよね」
小さな声で呟いた。それは、自分自身への宣言のようなものだった。未来のために準備するのではなく、今の自分が何をしたいかを大切にすること。携帯小説を通して描かれていたのは、そんな小さな勇気と挑戦の連続だった。
自分をモブだと思い、他人の物語を楽しんでいた私は、いつしか「今」を生きることの大切さに気づいていた。自分が主人公になるというのは、遠い未来の夢物語ではなく、今のために自分を表現することだと。
翌日、私はいつも通り学校へ向かった。校門をくぐると、すれ違う友人たちの笑顔や声が聞こえてくる。それぞれがそれぞれの物語の中で生きているのだと、改めて思った。いつの間にかその一瞬一瞬を物語に刻み込んでいるのだ。
休み時間、私はいつものように美久たちとおしゃべりをしていた。話題はテストのこと、放課後のこと、何気ない日常の一コマだが、私にとっては今しかない時間だ。以前も分かったフリをして楽しんでいたが、今では一つひとつが愛おしいものに変わっている。
ふと、美久が麗奈に話しかけてきた。「最近、何か新しいこと始めたりしてる?」
「え、別に…でも、なんかね、ちょっとだけ日記みたいなの書いてみたりしてるんだ」
「えー、すごいじゃん!私、そういうの苦手でさ」
「大したことじゃないよ。ただの」
言いかけて止める。決意をして書いたものを自身で卑下するのはどうなんだろう。
言い訳を止めて、日記について話す。
美久は興味津々で私の話に耳を傾けていた。友人たちとのこの何気ない会話も、麗奈にとっては特別な時間だと感じていた。そして、自分もその中心にいていいのだと思えるようになっていた。
放課後、私は一人で帰り道を歩いていく。いつもならボーッと歩いていくが、今日はあえて耳をすませてみる。車の音、風の音、遠くから聞こえる子どもたちの笑い声。すべてが今、この瞬間だけの音だ。
今の音、その瞬間をしっかりと味わいながら、前に進んでいく。自分がどんなに小さな存在でも、今この瞬間を楽しんでいる自分がいる。それがとても嬉しかった。遠い未来のために頑張るのではなく、今を生きるために全力で主人公であること。私の胸には、新しい気持ちが確かに生まれていた。
私の物語をちゃんと進んでいく。
その決意は、声に出さずとも私の中でしっかりと響いた。日常の一コマが特別に感じられるようになった麗奈は、これからも自分のペースで、少しずつ前に進んでいくのだ。主人公として、今を楽しみながら。
次の日の放課後、麗奈は教室の窓際に座り、机の上でラノベを手にしていた。窓の外には、夕焼けが空を赤く染めている。美久たちは部活のため早々に教室を出ていき、今日は麗奈一人だった。普段ならすぐに帰るところだが、今日はなんとなくここにいたい気分だった。
甘酸っぱい恋愛模様に、青春の葛藤が織り交ぜられた内容。クラスの片隅で地味に生きている女の子で、自分が特別な存在ではないと感じている。だけど、ある日、周囲の人たちと少しずつ距離を縮め、自分の可能性を見出していく。
私はふと、その物語に自分を重ねている自分に気がついた。主人公が勇気を出して一歩踏み出す瞬間に、私の心も少しだけ震えたのだ。自分とは違うけれど、どこか重なる部分があって、つい感情移入してしまう。
自分の生活も、周囲の人たちも、大きく変わるわけではない。それでも、自分がどう感じるかで、見える世界が変わるんだと、なんとなくわかってきた気がする。
そのとき、後ろから葵の声が聞こえた。
「麗奈、まだいたの?」
「うん、ちょっとね。いま帰ろうかなって思ってたところ」
「なら、一緒に帰ろうよ。今日は寄り道しようと思ってて」
葵の顔には汗が光り、部活帰りで疲れているはずなのに、その瞳は輝いている。麗奈は葵の勢いに押されるように立ち上がり、鞄を肩に掛けて廊下へと足を踏み出した。校舎の中には部活動の音が響き、エネルギーが満ち溢れている。
葵の誘いに私は少し驚いたが、なんだか面白そうだと感じていた。いつもと違う帰り道は、まるで日常の冒険のように思えたからだ。
近くの商店街に足を踏み入れると、活気のある雰囲気が二人を包み込んだ。葵はいつも明るく振る舞い、自分の世界を楽しんでいるように見える。その姿に麗奈は少し憧れを感じながらも、隣でその笑顔を見ていると、自然と心が軽くなるのを感じた。
「葵って、なんでそんなにいつも楽しそうなの?」
突然の質問に、葵はちょっと驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔で答えた。
「考えたことないけど、今を楽しむのが一番でしょ?今は今しかないし」
麗奈はその言葉にハッとした。いつも葵は今この瞬間を楽しんでいる。麗奈はそんな葵を見て、自分ももっと自由に楽しんでいいのかもしれないと思った。
「そっか、今を楽しむ…か」
商店街の中へと強く差し込んだ夕日が私達を照らす中、私は心の中で静かに決意した。未来のために何かを変えるのではなく、今を生きる自分のために動き出すこと。たとえ小さな一歩でも、それが自分の物語の一部になる。
商店街の喧騒を背に、私は新しい気持ちを胸に刻んだ。私はいつもモブの立場で物語を眺めていたけど、今は少し違う気がする。私もまた、自分の人生の主人公であり、ここからどんな物語でも作っていけるのだ。
「ねえ、麗奈。こんな夕暮れ、ちょっと特別だよね」
葵はふと立ち止まり、目の前に広がる景色を見つめる。商店街の灯りと行き交う人々、道端で演奏するストリートミュージシャン。何気ない日常が、どこか煌めいて見える。
「特別って、どういうこと?」
「うーん…なんていうかさ、今ここにいる自分が、この先のどんな未来にも繋がってるって思うと、ただの今日がすごく貴重に思えてくるんだよね。私たち、きっとすごい時間の中にいるんだよ」
葵の言葉は、いつもの飄々とした態度とは少し違っていた。麗奈はその言葉に、一瞬戸惑う。今までは特別な何かを感じたことなんて無くて、分かったつもりになっていたが、葵の視点を借りると、少しだけその意味がわかる気がした。
自分も今、この瞬間を生きている。だからこそ、物語の中の主人公と同じように、特別な日々を見つけることができるはずだ。そう思うと、私の胸の中で何かが弾けるような感覚があった。
二人はその後も街を歩き続け、何気ない会話を重ねた。立ち寄ったカフェでアイスクリームを食べ、ゲームセンターでちょっとした勝負をしてみたり、気ままに時間を過ごす。麗奈にとって、こうした些細な出来事が心を揺さぶる新鮮な体験だった。
帰り道、麗奈はふと立ち止まり、葵に言った。「葵、ありがとう、今日は楽しかった」
葵はにっこりと笑い。
「私も、麗奈が来てくれて良かった」
私はそんな葵の笑顔を見て、自分もまた、誰かの物語の中で重要な登場人物なのだと感じた。今を生きる自分、その自分こそが私の物語の主人公なのだ。モブなんかじゃない。今この瞬間を楽しみ、今のために全力で動く、それだけで十分だと心から思った。
私は葵と別れたあと、ふと立ち止まって深呼吸をした。夕暮れの風が頬を撫で、夏の匂いが漂う。ほんの少しの寄り道が、こんなにも心を揺さぶるなんて、いつもの自分なら想像もしていなかった。
「変なの、私って。」
そう呟いて、自嘲するように笑う。目の前の世界が急に輝き出すわけでもない。
クサい台詞を吐いて、ニヤついても世界は変わらないり
ただ、心の中で何かが動き出した感覚がするだけ。
周囲を取り巻く世界は変わらないのに、自分の心が少しだけ変わる。
家に帰ってスマホを手に、昼間に読みかけていた携帯小説を画面に映し出す。主人公が抱える悩みや葛藤、それでも前に進もうとする姿は、どこか滑稽で愛おしい。特に作家の癖が滲み出る稚拙な表現や、過剰なまでに感情をぶつけた文章が、なんとも言えないリアルを感じさせる。
私は小説の中の主人公が放つ言葉に目を走らせる。日記のように感情を吐き出すその筆致には、躊躇いがなく、読んでいるだけで気恥ずかしくなる。それでも、どこか温かい気持ちにさせてくれるのは、そこに作者の真っ直ぐな心が見えるからだろう。言葉一つひとつがぶつかり合い、物語が形を作る。その荒削りな姿は、まるで自分たちの青春のようで、主人公の紡ぐ言葉は何か大きな決意というよりも、ただ素直に受け入れた感情だった。
自分の心の揺らぎを抱きしめながら、ぼんやりと画面を眺めていた。誰もが何かに追われ、誰かに追いかけられ、自分の役割を演じているように見える。大人も子どもも関係なく、皆それぞれの物語の中で主人公を演じている。そんな世界に身を置いていると、自分がどこに立っているのかも曖昧に感じてしまう時がある。
それぞれの人生が違うのは当たり前のことで、どこかで自分が置いていかれているような、そんな気持ちになる瞬間もある。
でも、私には私の物語がある
自分のこれまでを振り返る。いつも誰かの横で、誰かの物語の傍観者として過ごしてきた日々。美久と葵の成長を見守り、岬の勇気を称賛しながら、自分もその一部であることに満足していた。
けれど、今日は少し違った。ほんの僅かだけど、私の心が動いたのだ。私の物語は確かにここにある。誰もが見逃してしまいそうな些細な瞬間に、私は確かに自分の足で立っている。過去を振り返るのではなく、未来を見据えるのでもない。「今」を感じることが、私にとっての新たな一歩だった。
見慣れた部屋の使い古したベッド、仰向けに寝転がって自分の心の中で、芽生えた新しい感情がを感じる。自分が主人公であることに気づいた瞬間から、世界が少しだけ色を変えた。以前は何気なく通り過ぎていた景色も、今は違った意味を持っているように思える。
麗奈はふと笑みを浮かべ、携帯を取り出す。今度は読み手ではなく、書き手としての自分を試してみるのも悪くないかもしれない。携帯小説の拙さや稚拙さに自分を重ね、もっと素直に、もっと自由に言葉を紡いでみたいと思う。画面に向かって指を動かし始めると、私の中に眠っていた物語が少しずつ形を取り始めた。
私の物語はまだ始まったばかりで、結末は誰にもわからない。けれど、今この瞬間、麗奈は確かに主人公として生きている。それは決して大げさな変化ではなく、ほんの小さな気づきだったかもしれない。でも、それが彼女にとっては大切な一歩だった。
私は部屋の中で、静かに微笑んだ。自分の中にある揺らぎや不安、そして未来への期待。すべてが私の一部であり、これからもずっと私と共に歩んでいく。何気ない日常の中に、確かに存在する自分自身の物語。その温かさを感じながら、麗奈は目の前を見つめ続けた。
これからも続く、平凡で愛おしい日々。その中で私は、少しずつ自分の物語を紡いでいくのだろう。決して特別じゃないけれど、どこまでも大切なな自分だけの物語を。
マットの沈みに体を委ねて、私は部屋をぼんやりと眺めていた。視界の端に映るものは、いつもと変わらない風景。
美久や岬が見せる眩しい笑顔や、葵が描く未来の大きな夢。それらを遠巻きに見ているのは心地よかった。人の成長や喜びを、自分のことのように感じられる自分が好きだった。麗奈はその中で満足しているつもりだった。だけど、最近の美久や岬の姿を見ていると、なんだか自分もその輪の中に入りたいような気持ちがほんの少し芽生えていた。
「私も、ちゃんと自分の人生の主人公なんだよね…」
その言葉は心の奥底で繰り返される。誰のためでもなく、自分に言い聞かせるように。友人たちの物語を見守ることは楽しいけど、それだけじゃない。自分にもきっと、輝ける瞬間があるはずだと思いたかった。
私はふと、さっき読んだ携帯小説のことを思い出す。まるで日記のような稚拙な文章に、作者の素直な気持ちや想いが透けて見えて、恥ずかしいけどどこか惹かれるものがあった。登場人物たちはみんな全力で生きていて、その青臭さが逆に心地よく感じた。自分にもこんな風に、もっと正直になれる瞬間があるんじゃないかと、そんなことを考えた、前に進んでみようと。
今はまだ何をすべきか分からないし、大きな目標なんて見えていない。けれど、自分もちゃんとこの世界に生きている。それだけで、麗奈は少しだけ強くなれた気がした。
夏の陽射しが照りつける朝、校門をくぐると、すでに登校している生徒たちがまばらに見える。人気のない廊下を歩いて教室に向かう。
まだ誰もいない教室に入り、カーテンを閉めて鞄からライトノベルを取り出す。表紙には眩しい笑顔を見せるヒロインが描かれていて、その後ろに立つ主人公の男の子は照れくさそうに目を逸らしている。この物語は普通の高校生たちが織りなす、ちょっとした恋と友情の甘酸っぱい青春ストーリーだ。
外から聞こえるセミの鳴き声に浸りながらパラパラとページを捲ると、登場人物たちの高校生活が垣間見える。放課後にライバルとぶつかり合ったり、片思いのあの人と登校したり、大切な友達に想いを馳せたり。少しだけ私から離れた世界に浸る時間が、私は大好きだった。
これが私の青春だったら、ふと、そんなことを考えてしまう。
私は平凡で、これといって目立つこともない普通の女子高生。部活もしていないし、何かに夢中になれるほどの情熱も持っていない。ただ、ラノベの世界の登場人物たちが織りなすドラマを見守ることが、私の日常だった。
でも最近、周囲の友人達は少しずつ変わり始めている。
葵は暗い顔を覗かせる事が無くなったし、早く登校するようになった。
美玖は最近、意中のあの人と仲良くなれたみたいだし、岬はなんだか思い切りが良くなった。
他の友達も趣味にバイトにと忙しくしている。テストのあと、夏休みの予定を話すときのあの楽しそうな顔を見ると、まるでみんながラノベの主人公みたいに見えて、ちょっとだけ羨ましくなる。
現状に不満は無いけど、もっと楽しく過ごせるのかな、そんな風に心の奥で考えてみるけど、ラノベの主人公たちの様には上手くいかないだろうと当たりをつけて、現状の楽しさに思いを馳せる。
このままで十分楽しいじゃないか。
「麗奈、これ見てみて!」
突然、美玖が私の前に座り込んできた。
彼女は手に持ったチラシを差し出してきた。「こないだ出来たカフェに行ってみたんだけど、すごく美味しかったんだぁ。麗奈も今度一緒に行こうよ!」
私はチラシと彼女を見ながら微笑んだ。由紀の目には、楽しさと期待が溢れていて、その姿に心が温かくなる。
「いいよ、じゃあ今度の日曜日にでも行こうか」
美玖に顔を向けて答える。
彼女はキラキラと瞳を輝かせて今日の部活の話や、週末の予定について話し始めた。その様子はまるで物語のヒロインみたいだ。
美久の話に相槌を打つ。私にとってはラノベの中よりも現実の世界が居心地がいい、物語の様に派手な青春でなくて良い。
外ではセミの鳴き声が一層大きくなり、今日がゆっくりと動き出そうとしていた。
始業のチャイムが鳴り、教室が段々と静かになっていき、
先生が入ってくる頃には全員が席に着いていた。英語の授業は淡々と進んでいくけど、私はどうしても気が散ってしまう。ノートには単語や分の訳が並んでいるはずなのに、気づけばラノベの続きが頭に浮かんでくる。
さっき読んでいたのは、主人公の女の子が勇気を出して意中の男の子に近づくシーンだった。彼女は自分が抱く感情に振り回されながらも、少しずつその気持ちに向き合っていた。そんな不器用で真っ直ぐな姿に、私は胸がきゅっと締めつけられるような気持ちになる。
こんな風に、自分の気持ちに向き合えたらなぁ、私はノートの端にそっとペンで小さく落書きをした。現実の私はそんな勇気を持てなくて、ただ教室の隅っこから周りを眺めているだけ。だからこそ、ラノベの世界に自分を重ねてしまうのかもしれない。
休み時間になると、クラスメイトたちは友達と楽しそうに話し始める。
誰かが小テストの点数について笑ったり、部活の話をしたり、どのグループもそれぞれの会話で盛り上がっている。周りの楽しそうな姿を見ているだけで、お腹がいっぱいになった私は、微笑みを隠すようにカバンからまたラノベを取り出し、机に広げる。
現実にはないドラマチックな展開、感情が揺さぶられるような恋の話。私はその物語の中に没頭するのが好きだけれど、今の自分の生活に特に不満があるわけじゃない。むしろ、何も問題のない、平和な日常を気に入っている。
美玖が恋に忙しくしているのも、他の友達がそれぞれの世界で頑張っているのも、私はただのんびりと眺めている。みんなが何かに一生懸命なのはすごいと思うけれど、だからといって自分も何かしなければいけないと焦ることはない。その様子を見て「頑張ってるなあ」と思うだけで十分だ。
「麗奈、何読んでるの?」
美玖が私の肩を軽く叩きながら聞いてくる。私は微笑みながら表紙を見せた。
「またラノベ?ほんとに好きだね、そういうの」
「うん、なんか楽しいんだよね。リアルな舞台なのに非現実的なところとか、あり得ない展開とか」
私は頬を掻きながら答える。美玖は「確かに、そう考えたら面白いかも」と納得したように言って、興味津々といった顔で本を見つめる。
「私、本は苦手だけど面白そうだね」
好きな本があるって良いなー、凄いなー、と感心したように美久は付け加えた。
美玖の言葉に、私はちょっと考える。確かに、私は周りに流されることもなく、自分の好きな本を読んでいる。それが特別すごいことだとも思っていないけれど、今の生活には満足しているし、変える必要も感じていない。穏やか毎日たけど友達もいて、ちょっとだけ刺激的なラノベの世界もあって、ちょっと賑やかな世界、それで十分。
「そうでもないよ、嫌いな本だってあるし、私は偶然、好きな本を見つけられただけ」
私は自然にそう答えた。ラノベの主人公たちが特別な体験をしているように、私も自分の時間を楽しんでいる。それが偶々、自分にとっては心地よいことであった。みんなそれぞれ、自分のやりたいことをしている。それでいいのだ。
男子達が開けた窓から夏の風が吹き込んで、カーテンがふわりと揺れる。教室のざわめきとセミの鳴き声が混ざり合い、なんとなくぼんやりとした気分になる。今日も変わらない日常が動いていく。それは何か大きなことが起きるわけでもなく、ただ時間がゆっくりと流れていくような、そんな夏の朝だった。
教室のざわめきの中で、近づいてくる友人達に気づいた私は、小説を閉じて美久と話し始めた。
授業が終わると、いつものように昼休みがやってくる。
今日は暑いからか、みんなダラけ気味だ。男子たちがジュースをめぐってじゃんけんをしている。
クーラーの効いた教室でお弁当を広げ、友人達と話し始める。
隣には美玖、向かいには葵と岬が座って、4人で一緒にお昼を食べるのがいつもの光景だ。
「美玖のお弁当、何入ってるの?」
美玖の弁当を覗き込む。
「今日はハンバーグと卵焼きかな。定番だけど、やっぱり落ち着くよね」
美久はそう言いながら箸を進める。私は「手作りって感じでいいなぁ、私はコンビニだけど」と笑い、パックを開ける。
「美久って、毎日きっちりお弁当作ってて凄いよねぇ」
葵が少しおどけたように言う。
意地悪なものだ。美玖が好きな男の子を意識して手作り弁当を始めたのに気づいてる癖に、葵のわざとらしい口調に美玖は、自分で簡単に作ったサラダをつつきながら「まあ、手抜きだけどね」と笑った。
「葵のサラダもおいしそうだよね、色どりが綺麗で、見てるだけで元気出そう」
麗奈が褒めると、葵は少し照れたように「でしょ?ありがとう!」と嬉しそうだ。岬は無言で自分の弁当を食べているが、時折視線を上げて3人の会話に耳を傾けている。
お弁当を食べ終えて、まったりとした時間が流れる。麗奈は残った時間をどう過ごそうかと考えながら、カバンから小説を取り出した。先ほどまでの賑やかな食事の雰囲気から一転、物語の世界に少しだけ浸るつもりだ。
「麗奈、それ今日の続き?」
美久が私の本に目を向ける。
「うん、あとちょっとなんだ」
本を指で示す。青春ラノベの甘酸っぱい恋と、些細な出来事で一喜一憂する登場人物たち。私はそんな日常に共感しながらも、どこか憧れを抱いている。
「青春かぁ…こういうの読むと、なんかいいなって思うよね」
葵が小さく呟く。
「青春って感じだねぇ、でもなんかちょっと、恥ずかしいよね、こんなベタな展開」
手渡した本を捲りながら、美玖が言った。
「まぁ、現実じゃこんなうまくいかないよね、でも、読んでるとなんかドキドキするんだよねこういうの、現実にはなかなかないし」
私は少し照れながら話す。すると葵も頷いて「そうそう、でも現実も意外と捨てたもんじゃないよね」と軽く笑いながら美玖に目をやった。
岬は何も言わずに自分のスマホをいじりながら、うっすらと微笑んでいる。何気ない昼休みの時間。それが彼女たちの居心地のいい日常だった。どこかで感じる甘酸っぱさや、友人たちのちょっとした変化。それらを見つめながら、麗奈は今日も自分の時間を楽しんでいた。
教室のあちこちでは、他の生徒たちがそれぞれの昼休みを楽しんでいる。本を読んでいる子、何処かに出かけていく子、お弁当を囲んで賑やかに過ごすグループ。それぞれが自分の居場所を見つけている様だ。
「ねえ、夏休み、みんなで遊びに行こうよ。カラオケとかさ、夏っぽくプールとかもいいかも。」美玖が提案すると、岬も「いいね、涼しそうだし」と珍しく賛同する。
葵も「夏っぽいことしたい」と楽しそうだ。
「麗奈も夏休みは大丈夫?」
誘われた私は、一瞬迷ったあとで「うーん、私も行こうかな」と笑って答えた。
別に行きたくないわけじゃないし、みんなが夏に浮かれるのを見ているのは楽しい。
友人たちの賑やかな計画を聞きながら、楽しそうと微笑む。無理に何かを変えなくても、こうして友達と一緒に過ごしているだけで十分だ。
昼休みはあっという間に過ぎ、午後の授業が始まる。窓の外では蝉が鳴いていて、それに合わせて夏の暑さも教室に入り込んでくる。この暑さすらもどこか愛おしい。こんなに穏やかで何も変わらない日々が、いつまでも続けばいいのに。
そんな風に思いながら、視線を廊下から教卓へと移した。
先生の声が教科書の内容をなぞるように響き渡る、麗奈はノートに手を動かしながら、ふと廊下の向こう、窓の外に目をやる。夏の青空が広がり、電線の上に鳥たちが屯しているのが見える。
授業が進むにつれ、私の意識は再び本の世界へと心が引っ張られた。
授業の合間に考えるのは、自分の周りで起きている些細な変化だ。最近、葵は部活動により取り組むようになったし、美玖はまた新しい趣味を見つけて、どこか楽しそうにしている。岬は最近、自分から歩み寄ってくるようになったし、仲間たちと一緒に過ごす時間が増えたように見える。
岬や美玖の変化には介入した覚えはあるが、私はその変化を離れた場所から眺めているだけで、寂しい気持ちになる。
友達が少しずつ成長していく姿を見ていると、自分も何かを変えなければいけないのかもしれない、そんな気持ちが一瞬胸に浮かぶ。でも、今の自分に特に不満はないし、無理に変わろうとも思わない。ただ、少しだけ、あの甘酸っぱい物語の主人公たちのような、小さな一歩を踏み出す勇気を持って、大きな変化を経てみたいという気持ちも存在している。
授業が終わり、放課後のチャイムが鳴ると、生徒たちは一斉に立ち上がり、それぞれ帰り支度を始める。私も教科書を片付け、カバンに詰め込んで廊下に出る。
窓の外から差し込んだ午後の陽射しは柔らかく廊下で反射し、キラキラと夕方の気配を漂わせている。
すれ違った美久や葵たちに軽く手を振って別れの挨拶を交わす。私は一人で校舎を出て、いつもの帰り道へと足を進めた。
夏の風が暖かい風が、制服のスカートをふわりと揺らす。軽く足を踏み出すと、まるで自分が物語の中の主人公になったように軽い足取りで進んでいく。
周りを見渡すと、楽しそうに笑い声を上げながら自転車に乗った少年と、並走して走るランドセルを背負った少年が通り過ぎ、公園では親子連れがピクニックを楽しんでいる姿が見えた。
日常の風景が変わりなく広がっているが、私はその中に、ふとした変化を感じ取る。少しずつ季節は移り変わり、人々の日常もまた、少しずつ変わっているのだろう。
桜が咲いていた日々を遠く感じ、青々と茂った並木道を歩く、自分がこうして変わらずにいられることに、妙な安心感と、わずかな不安が混じる。
自販機でジュースを買い、これまで以上にゆったりとしたペースで歩き出す。
青く広い空を見上げながら、私は改めて自分の日常について考えた。
特に不満もないし、変わらなくてもいいと感じている。けれど、周りの友達が少しずつ前に進んでいくのを見ていると、時々自分も何かしら変わらないといけないのかな、なんて焦燥にも駆られる。
手に持ったジュースの缶をゆるく振りながら、心の中で自問自答を繰り返す。だけど、今の自分が好きで、今のままでも満足している。それでも、新しい景色を見てみたいという小さな憧れも、どこかにある。
砂時計をひっくり返すように振ったジュースを一口。
せめて変わりゆく季節と日常を、もう少しだけ楽しんでみようと思いながら、私は一人で歩いた。
家に帰り着いた私は、玄関で靴を脱ぎながら「ただいま」と軽く声をかけるが、返事はない。両親は共働きで帰りが遅く、家にはいつも私が先に着く。もう慣れた一人の時間だが、たまに感じる静けさが少し物足りない。
カバンを放り出し、リビングのソファに身を沈めると、いつものようにスマホを取り出して軽くSNSを眺める。
画面には友達が投稿した写真や日々の出来事が並び、楽しげなコメントが飛び交っていた。葵が部活の練習の写真、美久がギターを買ったことなど、いつも変わらないと思っていた日常が少しずつ動いているのが見て取れる。
「みんな、色々やってるんだなぁ」
呟きながら画面を下へ下へと動かしていく。私はどうだろう。
何も変わらず、いつも通りの日々を送っている。それが嫌なわけではない。どこかで新しいことに挑戦してみたい気持ちはあるけれど、今の自分に不満もなければ焦りもない。ただ、周囲の変化を眺めて楽しんでいる自分がいるだけだ。
スマホが震えてバナーが降りてくる。画面には美久からのメッセージが表示されていた。
「麗奈、今度の土曜だけど、映画観に行かない?」
「新しく公開されたやつ、面白そうだから一緒にどうかなって」
何気ないお誘いだが、私はそのメッセージを見て自然と嬉しくなる。いつもと変わらない日々に、ちょっとした遊び。それが私にとっての今であり、自分の居場所。
「うん、行くよ。楽しみにしてる!」と返信し、スマホを閉じた。自分の変わらない日常の中にも、小さな楽しみが紛れ込んでいる。それに気づくことができれば、それだけで十分。
変わっていく友達や周囲に焦ることなく、自分のペースで少しずつ進んでいけばいい。そんな風に思いながら、ソファから立ち上がり、軽く伸びをして動き出した。
夕飯を終えて、自室に戻ると涼しげな空気が部屋から流れ出る。
エアコンの設定温度を下げ、布団に潜り込んで携帯小説を開く。
少し甘酸っぱい携帯小説。登場人物たちの恋愛模様や、青春の日常が描かれたその小説は、学校で読んだラノベと違って、まるで誰かの日記のような稚拙な文体だった。
所々でそれっぽい描写をして誤魔化しているけど、何を伝えたいのかなんて、これっぽっちも分からない。
それでも私はその気恥ずかしい構成や青臭い展開が嫌いじゃなかった。むしろ、それが魅力だと感じている。
スクロールしながら小説の一節を目で追った。読みながら、ついニヤッと笑ってしまう。登場人物の感情がストレートすぎて、まるで自分が高校生の頃に書いた作文のようだった。けれど、その不器用さや一途さが心を擽る。
携帯小説には、しばしば作者の好みや考えがそのまま投影されていることがある。小説の中に登場する「帰りが遅くなった時の暗い帰り道」や、「クラスの中心にいるけど少し影のある男子」など、明らかに誰かの体験や憧れそのものが形になっている。登場人物の台詞や思考には、作者の好きなものや感じたことが溢れ出していて、それが逆に生々しくて面白かった。
「これ、絶対作者さんの実体験だよね…」
告白をしてこっぴどく振られた日を振り返る場面を読みながら思わず笑ってしまう。甘酸っぱくて、少し切なくて、どこか他人事とは思えない内容が、恥ずかしいけれど引き込まれてしまう。書き手の気持ちがありのままに表現されていて、それが作品の稚拙さを超えて心に響くのだ。
誰かの心の中をのぞき見るような感覚が、携帯小説にはある。言葉が少し足りなかったり、説明不足だったりするところも、もどかしくはあるけど、完璧じゃないからこそ共感できるし、楽しめる。
携帯小説の中で見つけた作者の「大好き」が詰まったページを閉じ、スマホをそっと置いた。
物語を通して垣間見る他人の感情や願望に、麗奈は自分を重ねて少しだけ優越感を感じてしまう。
周りが輝いている姿を見ることが、私にとっての小さな幸せだった。誰かの物語の中に、自分の居場所を見つけて、静かにその瞬間を楽しむ。
そんな自分のポジションが心地よくて、変わらない日々が愛おしい。
外ではコオロギの声が響き、夏の夜が深まっていく。静かな時間を楽しむように、目を閉じて夏の気配を感じ取る。
主人公なんて柄じゃないし、周りが輝いている姿を見るだけで幸せだ。
自分の中にあるちっぽけな幸せを胸に、ゆっくりと眠りについた。
目覚ましの音で目を覚ますと、窓の外からは夏の日差しが強く差し込んでいる。朝の支度を済ませ、学校へと向かう。通学路には今日も変わらない光景が広がっていた。
自転車を揺らし、昨日読んだ携帯小説の甘酸っぱい展開を思い返す。
登場人物たちは、それぞれに悩みを抱えながらも、まっすぐに前を向いて進んでいく。そんな姿が眩しくて、でもどこか心地良かった。
学校に到着すると、いつものように友人たちと合流する。美久は新しいアクセサリーを鞄につけていて、「これ、ネットで見つけたんだ。可愛くない?」と嬉しそうに見せてくる。葵は昨日のスマホゲームの話を熱心にしていて、岬は相変わらず静かに微笑んでいる。
私はそんな友人たちのやりとりを聞きながら、自分の居場所を感じていた。彼女たちはいつも私を話の輪に入れてくれるし、私もそれが嬉しかった。物事の中心にいるのはいつも友人たちで、自分はその周りで見守る立場。それが私にとっての安心できる居場所。
授業が始まると、いつものようにノートを取りながら教科書の内容を淡々と追っていく。教室の窓から見える青空に浮かぶ積乱雲はそびえ立つようで、その空を眺めがら。ぼんやりと考える。私にとって、現実は静かで穏やかで、特に大きな波もない日々。でも、それが嫌いなわけじゃない。
昼休み、お弁当を食べ終えて、昨日のラノベの続きを開いた。
複数の小説を読み進めるのは面倒くさいが、
昼休みの教室は少し静かで、麗奈は物語の世界に入り込むにはぴったりだ。
今日の話は、主人公が友人とのすれ違いを経て、自分の本音に気づく場面。
シンプルで直球な感情が、そのまま言葉になって綴られている。麗奈は、それを一気に読み進める。ページをめくるごとに、小説の作者の素直な想いが伝わってくる。
普通なら照れてしまいそうなシーンも、臭すぎてイタい台詞も、登場人物たちの感情がむき出しになるところも、そのままの形で楽しんでいる自分がいた。それは現実とは少し違うけれど、どこか共感できる世界だった。
午後の授業も終わり、放課後になると、いつものように一人で帰り道を歩く。途中でコンビニに寄り、ちょっとしたお菓子を買って帰ることも、いつもの店員さんからお釣りを受け取る。その何気ないやりとりにも、麗奈は小さな安心感を覚えていた。
家に帰り、軽く宿題を済ませた後、ベッドに横たわりながら、素早く携帯小説を開いた。昨日読んだ続きが気になっていたのだ。作者が描く登場人物たちは、悩みや葛藤を抱えながらも、何かに向かって進もうとしている。その姿に、少しだけ自分を重ねた。
私も、いつかはこんな風に何かに夢中になれるのかなと、ぼんやりと考えた。携帯小説の中の世界は、どこか麗奈の憧れでもあり、同時に現実から距離を置いた安心できる場所でもあった。
物語を読み進めるうちに、自分がどこかで主人公になれる瞬間が来るのかもしれない、そんな気がしてきた。今はまだモブの位置にいて、周りの変化を楽しむだけの日々。でも、それがいつか変わることを、心のどこかで期待している自分もいる。
少しの理解、少しの踏み込み、少しの気付き、ちょっとした出来事で大きく変わる日常に焦がれる自分が顔を出す。
今はこのままでいい、なんてスマホを閉じながら深く息を吐いた。自分の物語はまだ始まっていないのかもしれないけれど、日々の何気ない瞬間を楽しむことが、今の私にはちょうど良いのだ。
夜が更けて、シャワー浴びてから、またベッドに寝転んで携帯小説を読む。
物語の主人公は、ようやく自分の気持ちを友人に伝えられる場面を迎え、画面越しに伝わる感情の高ぶりに、私は自然と微笑んだ。まるで自分もその瞬間に立ち会っているかのように、胸が少しずつ温かくなっていく。
私も、こういう風に言えたらなと思う、そんな相手も居ないのに、そんなことを思った自分が少し恥ずかしくもあるけれど、ちょっとリアルで、切実な願いだ。麗奈はスマホを置き、天井を見つめる。小説の中では、主人公たちが勇気を持って行動する姿が描かれていたが、現実の自分はというと、いつも安全な位置にいることが心地よくて、変わる必要性を感じたことはなかった。
しかし、ここ最近、周囲の友人たちが少しずつ変化していく姿を目にして、自分もどこかで踏み出せるのかもしれないとぼんやりと思うようになった。新しいことに挑戦するのは怖いけれど、少しずつその考えが変わりつつあるのを私は感じていた。
皆、自分の物語を進めている。
美久も葵も岬も、それぞれが自分の人生を謳歌している。その中心にはいつも大きな決断や感情の波があって、まるで青春ドラマのようだ。私はその隣で、静かに観客として座っているだけで満足だったが、最近はその席だと少しむず痒く感じることが増えた。
次の日、学校の帰り道、私は久しぶりに少し遠回りをして帰ることにした。いつもなら寄らない道の小さなカフェ。窓から見えるのは落ち着いた雰囲気の店内と、思い思いに時間を過ごす人々の姿だ。なんとなくその光景に惹かれ、私は足を止めた。
店のドアを開けると、柔らかなベルの音とコーヒーの香りが麗奈を包み込む。少し緊張しながらも、カウンターで飲み物を注文して窓際の席に座った。外の景色をぼんやりと眺めながら、私はふと、自分のこれまでの日々を思い返していた。何気ない毎日。自分の中でそれが心地よいと感じていたけれど、今は違う。少しの違和感が心の中に巣食っているのを自覚している。
カフェの隅でカップを手にしている女性が、静かに本を読んでいた。その姿が妙に私の心に残る。
教室で縮こまって本を読む私と違って、堂々としたその人は、まるで自分の時間を主人公のように生きているように見えた。私は何気なく生きているように見えて、その人の時間はしっかりとその人自身のもので、それが私にはとても美しく感じられた。
私も、もっと自分らしく生きてみたい、今も自由ではあるけど、どこか窮屈さを感じている。
私はカフェを出たあとも、その小さな気づきをずっと抱えたまま帰り道を歩いた。変わらない日常の景色が、少しだけ違って見えた気がした。
家に着き、またいつものように携帯小説を開くが、今日は少し違う感覚だった。自分も登場人物たちのように、何かを始められるのではないかと思えた。私の中で、小さな一歩を踏み出す勇気が育ち始めていた。
少しだけ机に向かって座り、今日の出来事を振り返ふ。
昨日まで読んでいた携帯小説のページ。稚拙で飾り気のない文体、短い言葉の羅列が続くその文章は、どこかまっすぐで、麗奈の心に直球で飛び込んでくるものだった。
小説の主人公は、自分の気持ちに素直で、時に他人を振り回すような言動を見せながらも、何かに本気でぶつかっていく姿が描かれていた。
クサい台詞の中には熱い思いが見え隠れしていた。
私はそれを、ただ他人事のように眺めているだけだったが、最近ではその視点が少しずつ変わりつつある自分に気づいていた。
こんなふうに夢中になれること、ないな、なんてぼんやりと考えていたのもつい数日前のこと。
それが今では少し違う。自分だって何かを始めたい、そう思えるようになってきたのだ。スマホを手に取り、小説の続きではなく、新しいページを開いた。少し躊躇しながらも、自分の気持ちを少しだけ文章にしてみた。
「何でもない私だって、主人公になれるのかな。」
その言葉が、どこかくすぐったくて、ニヤリと笑みを浮かべる。自分が書いた文章なのに、まるで誰かの言葉を聞いているような気持ちになった。書き進めるうちに、麗奈は自然と指を動かし、思いのままに文を綴っていった。
下手でもいい、醜くても良い、そんなことを気にするのはもうやめにしたかった。今までの自分ならば、他人の評価や視線ばかり気にして、本当にやりたいことなんて一歩踏み出す前に諦めていた。だが、その考えは今、少しずつ揺らいでいる。自分も主人公になってもいいんじゃないか、そんな風に感じている。
物語の中の主人公たちは、行動して失敗して、また立ち上がる。その繰り返しを通じて、少しずつ自分を見つけていく。私もそんな風に、一歩ずつ自分を見つけていきたいと思った。自分を変えたいというより、今ある自分をもっと大切にしたい、そんな気持ちだった。
画面に浮かぶのは、不格好な言葉たち。でもそれは間違いなく、自分の心の中から生まれたものだ。書き終えた後、私はスマホを閉じて少し笑みを浮かべた。その瞬間、自分も物語の中にいる主人公のようだと感じた。
私の心には、確かな変化が生まれている。いつもと変わらないように見える毎日が、少しずつ輝いて見え始めている。空の色も、夜の静けさも、すべてが新鮮で、これからの自分を歓迎してくれているように感じるのだ。
「明日も、ちょっとだけ新しい私になれたらいいな。」
小さな呟きだけど、それは確かな一歩だった。自分も主人公として生きていくという意識が、少しずつ現実に変わっていく。私は自分の中の物語を、静かに進めていく覚悟を決めたのだ。
麗奈は窓の外を見つめながら、ゆっくりと深呼吸をした。窓から見える夜空は、無数の星が瞬いている。
どれがどの星座かなんて知らないが、どれもキラキラ等しく輝いている。
静かな夜の時間に包まれながら、私は今この瞬間の自分を感じていた。未来のことばかり考えて、今を見失っていた自分に、少しずつ気づき始めている。
「いつか何かをやりたい、じゃなくて…今、やりたいことをやるべきなんだよね」
小さな声で呟いた。それは、自分自身への宣言のようなものだった。未来のために準備するのではなく、今の自分が何をしたいかを大切にすること。携帯小説を通して描かれていたのは、そんな小さな勇気と挑戦の連続だった。
自分をモブだと思い、他人の物語を楽しんでいた私は、いつしか「今」を生きることの大切さに気づいていた。自分が主人公になるというのは、遠い未来の夢物語ではなく、今のために自分を表現することだと。
翌日、私はいつも通り学校へ向かった。校門をくぐると、すれ違う友人たちの笑顔や声が聞こえてくる。それぞれがそれぞれの物語の中で生きているのだと、改めて思った。いつの間にかその一瞬一瞬を物語に刻み込んでいるのだ。
休み時間、私はいつものように美久たちとおしゃべりをしていた。話題はテストのこと、放課後のこと、何気ない日常の一コマだが、私にとっては今しかない時間だ。以前も分かったフリをして楽しんでいたが、今では一つひとつが愛おしいものに変わっている。
ふと、美久が麗奈に話しかけてきた。「最近、何か新しいこと始めたりしてる?」
「え、別に…でも、なんかね、ちょっとだけ日記みたいなの書いてみたりしてるんだ」
「えー、すごいじゃん!私、そういうの苦手でさ」
「大したことじゃないよ。ただの」
言いかけて止める。決意をして書いたものを自身で卑下するのはどうなんだろう。
言い訳を止めて、日記について話す。
美久は興味津々で私の話に耳を傾けていた。友人たちとのこの何気ない会話も、麗奈にとっては特別な時間だと感じていた。そして、自分もその中心にいていいのだと思えるようになっていた。
放課後、私は一人で帰り道を歩いていく。いつもならボーッと歩いていくが、今日はあえて耳をすませてみる。車の音、風の音、遠くから聞こえる子どもたちの笑い声。すべてが今、この瞬間だけの音だ。
今の音、その瞬間をしっかりと味わいながら、前に進んでいく。自分がどんなに小さな存在でも、今この瞬間を楽しんでいる自分がいる。それがとても嬉しかった。遠い未来のために頑張るのではなく、今を生きるために全力で主人公であること。私の胸には、新しい気持ちが確かに生まれていた。
私の物語をちゃんと進んでいく。
その決意は、声に出さずとも私の中でしっかりと響いた。日常の一コマが特別に感じられるようになった麗奈は、これからも自分のペースで、少しずつ前に進んでいくのだ。主人公として、今を楽しみながら。
次の日の放課後、麗奈は教室の窓際に座り、机の上でラノベを手にしていた。窓の外には、夕焼けが空を赤く染めている。美久たちは部活のため早々に教室を出ていき、今日は麗奈一人だった。普段ならすぐに帰るところだが、今日はなんとなくここにいたい気分だった。
甘酸っぱい恋愛模様に、青春の葛藤が織り交ぜられた内容。クラスの片隅で地味に生きている女の子で、自分が特別な存在ではないと感じている。だけど、ある日、周囲の人たちと少しずつ距離を縮め、自分の可能性を見出していく。
私はふと、その物語に自分を重ねている自分に気がついた。主人公が勇気を出して一歩踏み出す瞬間に、私の心も少しだけ震えたのだ。自分とは違うけれど、どこか重なる部分があって、つい感情移入してしまう。
自分の生活も、周囲の人たちも、大きく変わるわけではない。それでも、自分がどう感じるかで、見える世界が変わるんだと、なんとなくわかってきた気がする。
そのとき、後ろから葵の声が聞こえた。
「麗奈、まだいたの?」
「うん、ちょっとね。いま帰ろうかなって思ってたところ」
「なら、一緒に帰ろうよ。今日は寄り道しようと思ってて」
葵の顔には汗が光り、部活帰りで疲れているはずなのに、その瞳は輝いている。麗奈は葵の勢いに押されるように立ち上がり、鞄を肩に掛けて廊下へと足を踏み出した。校舎の中には部活動の音が響き、エネルギーが満ち溢れている。
葵の誘いに私は少し驚いたが、なんだか面白そうだと感じていた。いつもと違う帰り道は、まるで日常の冒険のように思えたからだ。
近くの商店街に足を踏み入れると、活気のある雰囲気が二人を包み込んだ。葵はいつも明るく振る舞い、自分の世界を楽しんでいるように見える。その姿に麗奈は少し憧れを感じながらも、隣でその笑顔を見ていると、自然と心が軽くなるのを感じた。
「葵って、なんでそんなにいつも楽しそうなの?」
突然の質問に、葵はちょっと驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔で答えた。
「考えたことないけど、今を楽しむのが一番でしょ?今は今しかないし」
麗奈はその言葉にハッとした。いつも葵は今この瞬間を楽しんでいる。麗奈はそんな葵を見て、自分ももっと自由に楽しんでいいのかもしれないと思った。
「そっか、今を楽しむ…か」
商店街の中へと強く差し込んだ夕日が私達を照らす中、私は心の中で静かに決意した。未来のために何かを変えるのではなく、今を生きる自分のために動き出すこと。たとえ小さな一歩でも、それが自分の物語の一部になる。
商店街の喧騒を背に、私は新しい気持ちを胸に刻んだ。私はいつもモブの立場で物語を眺めていたけど、今は少し違う気がする。私もまた、自分の人生の主人公であり、ここからどんな物語でも作っていけるのだ。
「ねえ、麗奈。こんな夕暮れ、ちょっと特別だよね」
葵はふと立ち止まり、目の前に広がる景色を見つめる。商店街の灯りと行き交う人々、道端で演奏するストリートミュージシャン。何気ない日常が、どこか煌めいて見える。
「特別って、どういうこと?」
「うーん…なんていうかさ、今ここにいる自分が、この先のどんな未来にも繋がってるって思うと、ただの今日がすごく貴重に思えてくるんだよね。私たち、きっとすごい時間の中にいるんだよ」
葵の言葉は、いつもの飄々とした態度とは少し違っていた。麗奈はその言葉に、一瞬戸惑う。今までは特別な何かを感じたことなんて無くて、分かったつもりになっていたが、葵の視点を借りると、少しだけその意味がわかる気がした。
自分も今、この瞬間を生きている。だからこそ、物語の中の主人公と同じように、特別な日々を見つけることができるはずだ。そう思うと、私の胸の中で何かが弾けるような感覚があった。
二人はその後も街を歩き続け、何気ない会話を重ねた。立ち寄ったカフェでアイスクリームを食べ、ゲームセンターでちょっとした勝負をしてみたり、気ままに時間を過ごす。麗奈にとって、こうした些細な出来事が心を揺さぶる新鮮な体験だった。
帰り道、麗奈はふと立ち止まり、葵に言った。「葵、ありがとう、今日は楽しかった」
葵はにっこりと笑い。
「私も、麗奈が来てくれて良かった」
私はそんな葵の笑顔を見て、自分もまた、誰かの物語の中で重要な登場人物なのだと感じた。今を生きる自分、その自分こそが私の物語の主人公なのだ。モブなんかじゃない。今この瞬間を楽しみ、今のために全力で動く、それだけで十分だと心から思った。
私は葵と別れたあと、ふと立ち止まって深呼吸をした。夕暮れの風が頬を撫で、夏の匂いが漂う。ほんの少しの寄り道が、こんなにも心を揺さぶるなんて、いつもの自分なら想像もしていなかった。
「変なの、私って。」
そう呟いて、自嘲するように笑う。目の前の世界が急に輝き出すわけでもない。
クサい台詞を吐いて、ニヤついても世界は変わらないり
ただ、心の中で何かが動き出した感覚がするだけ。
周囲を取り巻く世界は変わらないのに、自分の心が少しだけ変わる。
家に帰ってスマホを手に、昼間に読みかけていた携帯小説を画面に映し出す。主人公が抱える悩みや葛藤、それでも前に進もうとする姿は、どこか滑稽で愛おしい。特に作家の癖が滲み出る稚拙な表現や、過剰なまでに感情をぶつけた文章が、なんとも言えないリアルを感じさせる。
私は小説の中の主人公が放つ言葉に目を走らせる。日記のように感情を吐き出すその筆致には、躊躇いがなく、読んでいるだけで気恥ずかしくなる。それでも、どこか温かい気持ちにさせてくれるのは、そこに作者の真っ直ぐな心が見えるからだろう。言葉一つひとつがぶつかり合い、物語が形を作る。その荒削りな姿は、まるで自分たちの青春のようで、主人公の紡ぐ言葉は何か大きな決意というよりも、ただ素直に受け入れた感情だった。
自分の心の揺らぎを抱きしめながら、ぼんやりと画面を眺めていた。誰もが何かに追われ、誰かに追いかけられ、自分の役割を演じているように見える。大人も子どもも関係なく、皆それぞれの物語の中で主人公を演じている。そんな世界に身を置いていると、自分がどこに立っているのかも曖昧に感じてしまう時がある。
それぞれの人生が違うのは当たり前のことで、どこかで自分が置いていかれているような、そんな気持ちになる瞬間もある。
でも、私には私の物語がある
自分のこれまでを振り返る。いつも誰かの横で、誰かの物語の傍観者として過ごしてきた日々。美久と葵の成長を見守り、岬の勇気を称賛しながら、自分もその一部であることに満足していた。
けれど、今日は少し違った。ほんの僅かだけど、私の心が動いたのだ。私の物語は確かにここにある。誰もが見逃してしまいそうな些細な瞬間に、私は確かに自分の足で立っている。過去を振り返るのではなく、未来を見据えるのでもない。「今」を感じることが、私にとっての新たな一歩だった。
見慣れた部屋の使い古したベッド、仰向けに寝転がって自分の心の中で、芽生えた新しい感情がを感じる。自分が主人公であることに気づいた瞬間から、世界が少しだけ色を変えた。以前は何気なく通り過ぎていた景色も、今は違った意味を持っているように思える。
麗奈はふと笑みを浮かべ、携帯を取り出す。今度は読み手ではなく、書き手としての自分を試してみるのも悪くないかもしれない。携帯小説の拙さや稚拙さに自分を重ね、もっと素直に、もっと自由に言葉を紡いでみたいと思う。画面に向かって指を動かし始めると、私の中に眠っていた物語が少しずつ形を取り始めた。
私の物語はまだ始まったばかりで、結末は誰にもわからない。けれど、今この瞬間、麗奈は確かに主人公として生きている。それは決して大げさな変化ではなく、ほんの小さな気づきだったかもしれない。でも、それが彼女にとっては大切な一歩だった。
私は部屋の中で、静かに微笑んだ。自分の中にある揺らぎや不安、そして未来への期待。すべてが私の一部であり、これからもずっと私と共に歩んでいく。何気ない日常の中に、確かに存在する自分自身の物語。その温かさを感じながら、麗奈は目の前を見つめ続けた。
これからも続く、平凡で愛おしい日々。その中で私は、少しずつ自分の物語を紡いでいくのだろう。決して特別じゃないけれど、どこまでも大切なな自分だけの物語を。
マットの沈みに体を委ねて、私は部屋をぼんやりと眺めていた。視界の端に映るものは、いつもと変わらない風景。
美久や岬が見せる眩しい笑顔や、葵が描く未来の大きな夢。それらを遠巻きに見ているのは心地よかった。人の成長や喜びを、自分のことのように感じられる自分が好きだった。麗奈はその中で満足しているつもりだった。だけど、最近の美久や岬の姿を見ていると、なんだか自分もその輪の中に入りたいような気持ちがほんの少し芽生えていた。
「私も、ちゃんと自分の人生の主人公なんだよね…」
その言葉は心の奥底で繰り返される。誰のためでもなく、自分に言い聞かせるように。友人たちの物語を見守ることは楽しいけど、それだけじゃない。自分にもきっと、輝ける瞬間があるはずだと思いたかった。
私はふと、さっき読んだ携帯小説のことを思い出す。まるで日記のような稚拙な文章に、作者の素直な気持ちや想いが透けて見えて、恥ずかしいけどどこか惹かれるものがあった。登場人物たちはみんな全力で生きていて、その青臭さが逆に心地よく感じた。自分にもこんな風に、もっと正直になれる瞬間があるんじゃないかと、そんなことを考えた、前に進んでみようと。
今はまだ何をすべきか分からないし、大きな目標なんて見えていない。けれど、自分もちゃんとこの世界に生きている。それだけで、麗奈は少しだけ強くなれた気がした。
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