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第六章 竜人世界ドラゴニア編
第45話 報復1
しおりを挟む昼過ぎになると、空模様が悪くなってきたので、史郎達は、ボード遊びを切りあげた。
台地からの帰りは、点ちゃん1号を使った。
ジェラード達には、また歩いて帰ってもらっても良かったのだが、彼の意気消沈ぶりが余りにも痛々しいので、仕方なく特別な手を使った。
床面積6畳くらいの箱を造り、そこに入ってもらったのだ。外は見えない仕様だが、ここは我慢してもらおう。灯りやテーブル、椅子に食べ物、飲み物も用意してある。
都に帰るまで、30分も掛からないから、これで十分だろう。
俺達は、点ちゃん1号に乗りこむと、ジェラード達が乗った箱を引っぱって、空に舞いあがった。
透明化の魔術は掛けず、かなり高いところを飛行する。上空から見ると、いつか見た台風のような雲の渦巻きが、かなり都に近づいていた。
都までくると、雨と風が強くなっていた。イオの家上空まで飛んだところで、機体に透明化を掛け、下降する。
皆が1号から降りて、イオの家に入ったところで、俺だけ個人用ボードで外に出る。白竜族の面々を、送るためだ。彼らが入った箱に再び透明化を掛けて、上空を白竜族の都に向かう。
白竜族の都は、道幅が広く、家の数が少なかった。もしかすると、他種族に比べ、人口が少ないのかもしれない。
台地であらかじめ聞いておいた場所に向かう。特徴ある役所の建物を見つけ、その横に降りる。箱を消すと、四人が現れた。
「どうなってるんだ、これは」
さすがのジェラードも、いつの間にか都に帰ってきたことには驚いたようだ。
「スキルに関することだから、企業秘密」
史郎は、それだけ言って立ちさろうとした。しかし、どうしてもと引きとめられて、ジェラードの家に招かれた。
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ジェラードの家は、役所の隣に建つ、大きな建物だった。
白亜の豪邸で、2階建ての石造りである。広大な敷地は、建物1、庭が5の割合で配分されていた。
上品で美しい白竜族の女性が出迎えてくれたが、彼女はジェラードの母親だった。
客間は、オフホワイトの色調をうまく使った落ちついたものだった。そこで俺がお茶を飲んでいると、ジェラードの護衛である若者が、血相を変えて部屋に飛びこんできた。
「大変です!
これをご覧になってください」
巻物のように巻かれた紙を広げると、次のようなことが書いてあった。
迷い人に縁がある女性は預かった。
今日、日没の時間に、シローと二人だけで竜舞台に来い。
条件を守らないと、彼女の命は無い。
なるほど、おそらく黒竜族からの報復だろう。案の定、すぐにリーヴァスさんから念話が入る。
『シロー、ネアさんがさらわれたようです』
彼の声は落ちついていたが、付きあいが長い俺は、その背後にリーヴァスさんの焦燥を聞きとった。彼にしては、珍しいことである。
『相手は、黒竜族ですか?』
『赤竜族の少女が彼女に手紙を持ってきました。
ネアさんは、そのすぐ後に姿を消したそうです』
なるほど、おおかたその少女は、小遣いでも渡されてメッセンジャー役を務めただけだろう。手紙には、「娘は、ここにいる。誰にも言わず、一人で来い」とでも、書いてあったに違いない。
『敵の狙いは、俺とジェラードです。
リーヴァスさんは、イオの家を守ってもらえますか?』
『分かりました。
手助けは要りませんかな?』
『俺は、これから加藤を連れて、竜舞台に向かいます。
ネアさんには、点がつけてありますからご安心ください』
『ありがとう。
シロー、彼女を頼みますぞ』
『任せてください』
丁度、そのタイミングで、ジェラードが部屋に入ってきた。
「手紙は読んだかな?」
「ああ。
協力してくれるか?」
「手紙は、私の所に来たものだ。
こちらが助力をお願いしたい」
さっきまで、失恋でぼーっとしていたのが嘘のようなシャープな顔をしている。
「俺の友人を連れていくつもりだ」
「黒髪の勇者か?」
「ああ、そうだ」
「手紙には、二人だけと書いてあったが……」
「だからこそ、彼が切り札になるんだ。
そこは、こちらに任せてくれ」
「分かった。
日没まで、さほど時間は無い。
すぐに竜舞台に向かおう」
「ちょっと失礼するよ」
俺は、点収納から厚手の布を出すと、それで彼の頭部を覆った。目隠しがわりだ。
「これは?」
布の間から、ジェラードがくぐもった声を出す。
「ちょっとスキルを使うから、これで我慢してくれ」
「それはいいが、時間には間にあうか?」
「余裕だ」
「では、頼んだよ」
史郎は、点魔法を使い、ジェラード邸から、イオの家に瞬間移動した。
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イオの家では、皆が夕食の用意をしているところだった。
イオに事情を話すと、彼女は、目に一杯涙を溜めて、不安一杯の声で尋ねる。
「お母さん!
お母さんは、大丈夫?」
「イオ、俺に任せておけ。
必ず助けるからね」
イオの顔が、ぱっと明るくなる。
「お兄ちゃん、今までイオに嘘ついたこと無いから、大丈夫だね」
俺は、イオの頭を撫でてやる。
「ああ、大丈夫だ」
きっぱりした口調でそう言うと、イオは俺に抱きついてきた。
「おい、そりゃ何だ?」
加藤が、頭に布を巻いたジェラードを指さす。
「まあ、形式的なもんだな」
俺は、そう言うと、ジェラードの頭から、布を外す。
「こ、ここは?」
いきなり周囲に見えるものが変わって、戸惑っているようだ。
「時間が無い。
すぐに打ちあわせるぞ」
史郎は、加藤とジェラードに声を掛けた。
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竜舞台では、黒竜族の二人が中央に立っていた。
ビガとトールである。
片腕と父親の庇護を失ったビガは、人相が変わっていた。いわゆる、凶相というやつである。蛇のようにぬめつく眼光が鈍く光っている。失った右腕には、カギ爪のついた義手が光っていた。
一方、トールは、薄ら笑いを浮かべていた。これから、憎むべき人族の少年と白竜族の若造を血祭りにあげることを思うと、思わず笑みがこぼれるのだ。
仕掛けは、万全である。
横殴りの雨と風が、彼らの身体に叩きつけるが、二人はそれが少しも気にならなかった。
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日没の時間が近づいた。
雨と風がさらに強くなる。
「女を引きだせ!」
ビガの声が、場内に響く。
選手が入場する入り口から、黒竜族の男が二人現れた。手には、木箱を持っている。乱暴に竜舞台に投げだされた箱を二人の竜人が開く。
中には、ひもで両手両足を縛られた竜人の女性が横たわっていた。
「立たせろ」
トールが、ニヤニヤ笑いを浮かべたまま命令する。二人の竜人が両脇から抱える形で、女を立たせた。
「来たぞ!」
ビガがトールに声を掛ける。
いつの間にか、竜舞台の横に、白竜族の若者と頭に茶色い布を巻いた少年が立っていた。
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二人の竜人に支えられた人質の女は、恐怖の余りか、俯いたままである。
雨はやや小ぶりになったが、さらに強くなった風に、彼女の髪がなびく。
「動くな。
動くとこの女の命は無いぞ」
トールが、強風に逆らうように、大きな声で言う。
現れた二人は、最初の位置から動いていない。
入り口から、また2人の竜人が入ってくる。一人は竜闘で、ミミと戦った大男マンガス、もう一人は、ポルと戦った歴戦の剣士ザブルだった。
マンガスは、肩に何か担いでいる。竜舞台に上がると、マンガスが、肩に担いだものを地面に放りなげた。
よく見ると、それは、若い竜人の女だった。殴られたのか、顔が腫れあがっている。
それは、竜闘で加藤と戦った黒竜族の娘、エンデだった。マンガスは、足元に転がったエンデの頭を片手で掴むと、宙づりの形に持ちあげた。
「二人とも、今日は、招待に応じてくれて感謝する」
トールが、ニヤニヤ笑いながらそう言った。トールの言葉がとぎれとぎれに聞こえるほど、風が強くなっていた。
「今日は、特別あつらえの竜闘を思う存分楽しんでくれ」
彼は、そう言うと、右手を高く上げた。
観客席に隠れていた黒竜族の男達が立ちあがる。一番下の席、つまり最も竜舞台に近い席には、光沢がある黒い服を着た「影」の面々が並んでいる。
トールは、マンガスに向けて頷いた。
マンガスが、右手に力を込める。
マンガスがエンデの頭を握りつぶすのが、攻撃の合図である。
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エンデは、苦痛の中、舞台下を目で探していた。
死ぬ前に、せめてあのカトーと言う黒髪の少年を目にしたかった。しかし、そこにいたのは、大将として竜舞台で戦った、頭に茶色い布を巻いた少年と、白竜族の若者だけだった。
頭を締めつける力がさらに強まる。自分の頭蓋骨が鳴る音が聞こえる。
エンデは、死を覚悟した。
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頭を握りつぶす殺し方は、これまでマンガスが数限りなく行ってきた方法だ。
ビギに楯ついた人物を「影」が連れてくる度に、そうやって処分してきたからだ。
マンガスは、最後の力を右手に込めようとした。ところが、スカッという感じで、何の手ごたえも無い。
彼は思わず、女に目をやった。
女がいない!?
いや、それ以上の違和感がある。一体、何だ?
右手が肩から失われていた。その部分から、バッと血しぶきが飛んだ。
マンガスは、遅れてやってきた激痛に我を失い、大声で吠えた。
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人質の女を支えていた二人の黒竜族が、マンガスの左手になぎ倒される。
竜舞台の下には、白竜族の若者だけが立っていた。
ザブルが、剣を人質の女に向け、突きだす。しかし、なぜか剣先が軌道を変え、横に流れた。
彼は仕方なく、先にマンガスに対処することにした。このままでは、彼もビガもマンガスに殴り殺されるだろう。
ザブルは、暴れるマンガスの心臓を剣で突きさした。ところが、抜こうとした剣は、マンガスの筋肉に挟まれ動かない。
マンガスの左手が、痙攣しながらザブルの頭部を捕らえた。
歴戦の剣士ザブルの頭部は、柔らかい果物のように四散した。
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戦力の要である、マンガスとザブルを失い、トールは冷静さを失っていた。
一体、何が起こった?
倒れたマンガスとザブルを呆然と見ていた彼の視界を、白いものがさえぎる。顔を上げると、それは白竜族のジェラードだった。
「父のかたき」
美しい唇から、冷たい声が流れでる。そう、竜闘で彼の父と戦い、剣に塗った毒で殺したのはトールだった。
「ま、待てっ!」
トールが、両手を突きだした。
ジェラードの竜刀が、その両手ごとトールをまっ二つにした。その竜刀は、ジェラードの父が竜闘で使った形見だった。
白竜族の若者は、次の戦いに備えて、ビガの方に向きなおった。
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目を閉じたエンデは、死んだはずの自分の身体が、ふわりと浮かんだと思うと、そのままゆらゆらと振られるのを感じた。
背中に固いものが当たり、目を開ける。周囲を見回すと、並べられた椅子の上に横たえられているのが分かった。目を上にやると、自分を覗きこんでいる顔があった。
頭に茶色い布を巻いているが、それは紛れもなく彼女が対戦したカトーと言う少年だった。
「ど、どうして、あなたがここに?」
「友人に頼まれたからだよ。
それより、ひどい目に遭ったね。
大丈夫かい?」
「私は大丈夫」
「じゃ、ここでじっとしててね」
彼は、なにかもごもご口の中で言っていたが、彼女に自分の上着を掛けると、その場を離れた。
エンデは、その上着をぎゅっと握りしめるのだった。
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