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第六章 竜人世界ドラゴニア編

第43話 黒竜族の凋落(ちょうらく)

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 竜闘の翌日、四竜社では、今後の事を話しあうために会合が開かれた。迷い人の史郎がこの席にいるのは、会合に先立ち、竜闘勝利で手に入れた権利の使い道を表明するためである。

 先日呼び出されたのと同じ部屋に、同じ顔ぶれの竜人が揃っていた。
 青竜族、赤竜族、白竜族、黒竜族が各二名ずつ並んで座っている。ただし、頭の席には誰も座っていない。
 今日の会合で、ビギに代わる頭が決まる予定である。

 「では、竜闘に勝利した権利を、シロー殿からうかがいましょうか」

 白竜族のジェラードが、美しい声で発言する。

 「ちょっと待て」

 さっそく、トールが口出しする。先日、俺に難癖をつけてきた中年の黒竜族である。

 「その前に、次期四竜社の頭は、黒竜族から出すことでいいな」

 議題を無視した、唐突な意見である。すかさず、ジェラードが反論する。

 「それは、後程、話しあう予定のはずですが。
 それに今回の頭選びについては、黒竜族には遠慮してもらいたい」

 「なぜだ!? そんな話は、聞いてないぞ!」

 トールが、激昂する。

 「ビギが竜闘の名誉を汚した以上、仕方ないことですな」

 赤竜族のラズローが、ジェラードを支持する。

 「頭は、竜闘を汚してなどいない!」

 トールの横に座る黒竜族の若者が主張する。

 「ビギは竜闘で毒を使ったと自ら認めたのですよ。
 これまで竜闘で得た権益は、すべて返されるべきものです」

 ジェラードが、落ちついた声で言う。

 「ビギ様が、そのようなことを認めるはずがない。
 大体、今回の竜闘にしても、迷い人が勝ったとはいえぬ」

 トールが、強い口調で言う。

 「ほう。私には、まぎれもなく迷い人チームが勝ったと見えましたが」

 ジェラードは、微笑みさえ浮かべ、そう言った。

 「大将戦で、そいつはビギ様の剣を使ったではないか。あんな事は、許されていないはずだ」

 「ええ。許されるとは、思えません」

 青竜族のハルトという男が、トールの意見を援護する。彼は、先の竜闘における運営責任者でもある。

 「ほう。ビギは、毒の使用について認めていないし、シロー殿は反則をしたというのですな?」

 これは、ラズローである。彼は、すでにビギの事を敬称無しで呼んでいた。

 そのとき、窓とは反対側の壁にある文様がすっと消えた。この部屋は、白地の壁に模様がついている。実際は、壁が全て白くなったのだ。

 そこに、映像が現れた。

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 映像は、竜闘第一試合が終わった後、史郎が審判にルール確認をするところから始まっていた。

 「今の勝負に対して、異議申したてがあります」

 史郎の言葉に、青竜族の主審が応える。

 「何だね。勝敗は、至極ハッキリしていると思うが」

 「竜闘のルールでは、武器は一つしか使えないのでは?」

 「ああ。そういう質問か。剣を使えるのは一度に一つという意味だよ、あれは」

 「では、敵の剣を使ってもいいんですね?」

 「手に自分の剣を持っていなければ、何の問題も無い」

 「分かりました。時間を取らせて申しわけない」

 画像は、そこで一旦途切れた。それを見た、青竜族の二人が顔を歪めている。しかし、映像は、それで終わりではなかった。

 第五試合の後、竜舞台で起こったことが映しだされた。

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 映っているのは、史郎、ビギ、そして審判役のジェラードである。

 敗北を宣告されたビギが、荒い息をついて立ちあがった場面である。

 「審判、彼が何か言いたいことがあるようだ」

 映像では、俺がジェラードに声を掛けている。
 ジェラードが、ビギに尋ねる。

 「ビギ様、何でしょう?」

 ビギが憔悴した顔で、うめくように言った。

 「ワ、ワシは、今まで竜闘で毒を使用してきた」

 ジェラードの顔に驚きの表情が浮かぶ。

 「どうして、そんな告白を?」

 その問いに対して、ビギは沈黙で答えている。

 今度の映像には、黒竜族の二人が顔をしかめている。トールなど、よほど悔しかったのだろう、唇を噛み切った血が口の端から滴っている。

 「これでもまだ、黒竜族の権利を主張されますか?」

 いつもは柔らかいジェラードの声が、まるで氷のようである。黒竜族の二人は、がっくり肩を落とした。

 「黒竜族が竜闘で得た権益は、やはり全て返却してもらおう」

 ラズローの発言は二人にとってとどめとなるものだった。

 「わ、私もそれに賛成です」

 青竜族のハルトが、取ってつけたように発言する。沈みかけた船から逃げ出そうというわけだ。
 さすがに、これはトールが許さない。顔を上げて、ハルトの方をきっと睨みながら声を上げる。

 「貴様っ! 裏切るのか?」

 「裏切るとはどういうことですか」

 ジェラードがトールに問う。

 「剣に毒を仕込むなど、審判の協力無しにはできるはずもあるまい。毒の事は、認めよう。
 しかし、青竜族だけが罪を免れるのは許せぬ」

 トールは、罪を認めてしまった形だが、青竜族の足は引っぱれたようだ。

 「ふむ。しょうがありませんな。今回の話しあいは、青竜族の口出しもご遠慮願おう」

 ラズローが、普段の口調で言う。

 「だ、だが……」

 青竜族のハルトが何か言いかけるが、残り三種族から絶対零度の視線を向けられ発言を諦めた。

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 「ラズロー殿。話を元に戻してもよろしいか?」

 ジェラードがラズローに確認を取る。
 これで、この場は、白竜族と赤竜族だけで公式な話をする場となった。

 「議事進行はお任せする」

 「分かりました。最初に、迷い人チームが竜闘の権利を何に使うかですが……。
 その話をする前に、私から提案があります。
 今回は、権利を一つではなく、二つにするのはいかがでしょう」

 「それで構わない。彼らには、散々迷惑を掛けたからな」

 ラズローが、こちらを見て片眼をつむった。

 「では、シロー殿。ご希望を二つおっしゃってください」

 ジェラードが、俺に問いかける。ここまでは、打ちあわせ通りである。

 「そうですね。一つは、天竜祭への参加です」

 「そんな事はっ……」

 トールが何か言いかけるが、他種族から拒絶の視線を向けられ、口を閉じた。

 「いいでしょう。では、一か月後の天竜祭への参加を認めましょう」

 「もう一つは、何にしますか?」

 「我々が、元の世界に帰るためにも、隠しポータルを1つは開放してほしい」

 青竜族の二人と黒竜族の二人が、ガタっと椅子を鳴らして立ちあがる。

 「言語道断だ!」

 「そんな事が許されるかっ!」

 「あり得ない!」

 「我々の権利はどうなる!」

 四人が口々に、主張する。

 ジェラードが、静かに言った。

 「あなた方は、この会議の議決に関係ありませんが、一応、お言葉だけは承っておきましょう。
 ところで、竜闘の勝利者が求められないものとして、命を奪う行為だけが規定されています。
 それは、ご存知ですよね? ポータルを開放したとき、誰かが死にますか?」

 「そ、それは……」

 立ちあがった四人は、ぐうの音も出ない。
 ジェラードは、さらに追いうちを掛ける。

 「黒竜族から、『我々の権利』という言葉が出ましたが、すでに過去の竜闘で得た権利を返すと決まった今、それはあなた方の権利ではありません」

 黒竜族、青竜族の四人は、身体から力が抜けたのか、ぐにゃりと椅子に座った。


 それは、まさに一敗地に塗れた姿だった。
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