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第六章 竜人世界ドラゴニア編
第39話 竜闘4 加藤の闘い
しおりを挟む長い中断の後、迷い人側の場外負けが主審から告げられると、観客からは、不満の声が巻きおこった。
「場外だと? 少年は出てなかったぞ!」
「審判! いい加減なこと言うな!」
「ポル君の勝ちよ!」
主審は、その声を振りはらうかのように、次の試合を促す。
「迷い人、中堅が前に出て」
加藤は、史郎の方をチラッと見ると、竜舞台へと上がった。
敵側からは、黒竜族の女性が出てきた。
きっと20代前半だろう。細身の美人で、このような場には釣りあわないように見える。
史郎は、彼女が着ている黒い光沢がある服を、どこかで目にしたように思えた。
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黒竜族の暗殺集団、「影」一族の娘エンデは、対戦相手の姿を見て、我が目を疑った。
この黒髪の少年、しかも、人族が兄に勝ったというのか?
少年は、人族にしては身長が高いが、竜人に比べると小柄である。鍛えられた身体のようにも思えない。何より、剣の持ち方からしてなっていなかった。
これでは、全くの素人ではないか。
準備体操のつもりだろう。少年が足を延ばしたり、上半身を回すのを見て、エンデの疑問は、確信へと変わった。
彼は、戦闘に関する訓練を受けていない。
兄は、彼の事を力もスピードも及ばなかったと話していたが、何かの拍子にたまたまラッキーな攻撃をもらったに違いない。
それとも、魔術使いなのか?
彼女は、近接攻撃だけでなく魔術の詠唱まで、竜気(オーラ)で見抜くよう訓練されていた。魔術の兆候が見られたら、近接攻撃を加えればよいだけの話である。
開始線に着いたとき、エンデは自分の勝利を確信していた。
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「では、迷い人中堅、カトー。竜人中堅、黒竜族エンデ。第三試合、始め!」
開始直後、ザブルに負けるとも劣らぬ速さの攻撃が加藤を襲う。
手数が半端ではない。息もつかせぬ連続攻撃が続く。エンデが使う細身の剣、その剣先が枝分かれしたように見えるほどである。
加藤の、そして迷い人チームの負けを予感した客席の女性陣から悲鳴が上がる。
竜人びいきの観客は、物凄い盛りあがりである。
「行けーっ!」
「我ら竜人の誇りー!」
「ぶっ殺せー!」
観客の盛りあがりに反して、エンデは焦りはじめていた。
相手の少年が、彼女の全ての攻撃を難無く凌いでいるからだ。上手な体捌(たいさば)きとは、とても言えないが、余裕を持ってかわされていることは分かる。
とうとう、最初の連撃を全て無駄にされてしまった。
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加藤は、彼なりに驚いていた。
リーヴァスに稽古をつけてもらっているので、剣の速さには対処できる。
しかし、この若さで、これだけの技量を持つに至る努力は並大抵ではないはずだ。
彼の中には、相手に対する敬意が生まれはじめていた。
ただ、それと勝負は別である。最初の連撃を避けきった今、今度は、こちらの番である。
加藤は、軽く様子見の攻撃を仕掛けることにした。
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少年からの攻撃が始まった。
おそらく武術の訓練を受けたことが無い彼の動きは、大雑把で、攻撃を予測するのはたやすい。
しかし、エンデには余裕が無かった。剣撃のスピードと重さが、凄まじいのである。相手の攻撃力を受けながす、影流派の極意を身に着けていなければ、あっという間に剣を場外に弾きとばされていたに違いない。
この受けながしの極意こそ、達人級の男達がひしめく「影」において、彼女が天才の名をほしいままにしてきた理由でもある。
その極意をもってしても、少年の剣を凌ぐのはやっとである。
天才ならではの感覚で、相手の少年が、まだ余力を残しているのを感じとったとき、彼女の身体に戦慄が走った。
このままでは、負ける。
エンデは、一族の奥義を出す決意をした。
元より門外不出の秘技である。このような場所で使えば、人目につくどころではない。一族は、その奥義を失うことになる。
恐らく、破門はまぬがれないだろう。しかし、彼女はためらわなかった。この相手には、自分が持つ全てをぶつけたい。その想いが、炎となって燃えあがる。
エンデは、生まれて初めて、全力で戦える相手に出会ったのだ。
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加藤は、相手の女性が、何かの覚悟を決めたと感じた。
娘の顔が、決意の美しさに彩られたからである。
綺麗だな。
彼は、試合中なのに思わず見とれてしまった。
その油断を見透かしたように、娘の姿が消えた。
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エンデは、自分が持つ最高の技を使った。
相手の頭上から襲いかかる技である。
「竜颪(りゅうおろし)」
そう名づけられたこの技は、代々影一族に伝えられてきた。
歴代の影でも、この技が使える者は片手で足りる。その中でも最高の使い手と言われるのが彼女の兄だった。
しかし、ことこの技において、自分の方が兄より上だと、エンデは自負していた。
全てを捨てて、技を使うエンデに武の神が微笑んだ。
始動した技は、彼女の限界を打ちやぶった。この時、エンデは、名実ともに歴代最強の影となった。
ところが、武人としての高揚感を味わった彼女は、少年の頭上から襲いかかろうとして戸惑ってしまう。
逃げ場の無いはずの竜舞台から、カトー少年の姿が消えたのだ。
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