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第六章 竜人世界ドラゴニア編

第35話 竜闘を前に

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 四竜社からの手紙を持ったミマスが、再びイオの家にやってきた。

 今日は、あくまで慇懃な態度を崩さない。たまたま側にいたリーヴァスさんの方を、びくびくしながら見ていた。

 「で、では、私はこれで失礼します。お手紙の方は、早めにご覧になって下さい」

 黒竜族の青年ミマスは、俺にそう言うと、深々と頭を下げた後、そそくさと立ちさった。

 皆が、朝ご飯を食べた後のテーブルを片づけ、そこに手紙を広げる。リニアに読んでもらう。読むだけなら、俺でも出来るのだが、ここの文化に根差した言いまわしなどは、理解しにくいからね。
 手紙の内容は、次のようなものだった。


  五日後に、竜闘を行う。
  竜闘開始は、正午とする。
  五人対五人が対戦し、勝ち数が多い方が勝利となる。
  一人が一回だけ戦える。
  武器は一人一つだけ使える。

  敗北の条件は三つ。
    ・降参を宣言する。
    ・場外に出る。
    ・戦闘続行が不可能になる。
  
    自分達で五人揃えられないときは、ラズローの協力を得てよい。

  
 やはり、竜闘に勝った時のことは、書かれていなかった。

 「五人かー、難しいわね」

 ミミが、指摘する。

 「リーヴァス様と加藤さん、リーダーの三人は揃うけど、あと二人が問題ね」

 「やっぱり、ラズローさんに、頼んでみる?」

 腕を組んだコルナが、そう発言する。

 「いや。ここは、俺達だけでなんとかしたいんだよ」

 俺がそう言うと、すかさずミミが突っこむ。

 「でも、あと二人はどうするの?」

 「一人は、君を考えている」

 「え!? 私?」

 ミミが、青くなっている。三角耳が、へなりとなる。

 「シロー。ミミは上達したとはいえ、まだ無理ではないですかな」

 リーヴァスさんの発言は、もっともである。しかし、俺には作戦があった。そして、その作戦に一番向いているのがミミなのだ。

 「大丈夫です。作戦通りやれば、問題ありません」

 「お兄ちゃん、作戦って?」

 俺が作戦について説明すると、皆が驚く。

 「はー、いつもの事だが、よくそんなこと考えつくな、ボーは」

 加藤が、呆れたように言う。

 「シロー、もう一人はどうします?」

 ルルが、尋ねる。

 「ポルで行こう」

 「えっ!?」

 今度は、ポルが青くなる。

 「ボ、ボクですか?」

 ポルも耳がしおれて、頭にくっついている。

 「作戦があるから、大丈夫だよ」

 「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」

 「大丈夫だよ」

 「ボクも、ミミと同じ作戦ですか?」

 「いや。別の作戦だよ」

 「どんな作戦でしょう?」

 「後で教えるから」

 こうして、竜闘出場選手は、ミミ、ポル、加藤、リーヴァス、史郎ということになった。

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 時は、数日前にさかのぼる。  
    
 夜、これから自宅に戻ろうとするビギの執務室をノックする者がいた。この時間の来訪者は、限られている。ビギには、それが誰か分かっていた。

 「入れ」

 やはり、入って来たのは、彼が「影」と呼ぶ男だった。ただ、考えていたのと違うのは、男が一族の者二人に肩を担がれるようにして、入ってきたことだ。

 「お前、それはどうした?」

 ビギの声は、どこまでも冷たかった。この時点で、「影」の任務失敗に気づいていたからだ。

 「申し訳ありません。敵に気づかれてしまいました」

 「赤竜族の一団でも、奴らについていたか?」

 「いえ。戦ったのは一人だけです」

 「一人? お前が、一人に後れをとるとはな。
 相手は、誰だ?」

 「人族の少年です」

 ビギは、四竜社を訪れた茫洋とした少年を思い出していた。あの少年が、「影」をこの様に出来るとは思えない。

 「頭に茶色い布を巻いた少年か?」

 「いえ。そちらではありません。
 もう一人の黒い髪をした人族です」

 そういえば、彼以外にも人族がいたのだったな。

 「どうして、お前ほどの者がそうなった」

 「相手が、私より速く、力も強かったのです」

 「なにっ!? 相手は、人族だろう。
 どういうことだ!?」

 男は、それに答えなかった。既に、答えた後だからである。

 「恐れながら、申し上げます」

 その時、男を担いでいる一人の竜人が、声を発した。声からして、女のようである。

 「許そう。言ってみよ」

 「はっ。兄者(あにじゃ)が戦った男と戦いとうございます」

 「お前は、女だぞ。
 戦えると思っているのか?」

 「兄がこうなった今、影一族で、もっとも腕が立つのは、私めでございます」

 「女のお前がか」

 「はい」

 女の声は、微動だにしない自信に支えられたものだった。
 ビギは、机の上に置いた幾つかの笛の一つを吹いた。10秒と掛からずに、黒竜族の男が二人入ってくる。
 屈強な体躯を持つ彼らは、ビギ専属の警備兵だった。

 「この女が、大口を叩けないようにしてやれ」

 ビギが、顎で女を指す。警備兵は、物も言わず、彼女に殴りかかった。避けられないよう、二人は攻撃のタイミングをずらしている。選りすぐりの男達である。スピードも申し分なかった。
 片方の男が放った拳が、女の頭部に当たったと見えた瞬間、女は消えていた。
 殴りかかった男は、彼女が放り投げたローブに捉えられていた。もう一方の男が放った蹴りも、ローブを投げる動作で躱(かわ)している。

 女は、蹴ってきた足を抱えると、地面に沈みこむ。

 「ぐわっ!」

 倒れた男は、足を抱えてうめいている。女はその動きを停めず、流れるようにローブの男に迫る。女の肘が、ローブに食い込む。その警備兵も、ローブごと地面に転がった。

 「ビギ様。妹は、男であれば、『影』の名を確実に引きついでおりました。
 我が流派が誇る天才でございます」

 「なるほどな。
 口先だけではなかったか」

 「御前で失礼しました。
 お二人は、30分程で回復するようしてあります」

 女が、平静な声でそう告げる。
 あの戦闘中に、ダメージの加減までしていたことになる。恐るべき手練れである。

 「よかろう。
 兄と一族の恥を、竜闘の場でそそげ」

 「有難きこと。
 ご配慮感謝申しあげます」

 竜闘は、勝利こそ正義。勝つ可能性が少しでも上がるなら、この女を取りいれない手は無かった。
 それに、万が一、女が負けても、すでに勝ち星は計算できている。

 その場合、「影」一族への影響力がさらに増すわけだから、どちらに転んでもビギに損は無かった。
 相手の出場選手、出場順が決まってから、こちらのオーダーを決めればよいのだから、どうみても負けるはずのない勝負である。
 彼は、迷い人側の出場選手によっては、自分が出場することも考えていた。

 竜闘の勝利とは、それほど大きな利権をもたらすものなのだ。あの数の迷い人となると、尚更である。
 勝った時に何を要求するか、それを考える。選択肢の多さに、ビギは笑いを止められなかった。

 一方、「影」と呼ばれていた男は、黒髪の少年より、茶色い布を頭に巻いた少年の方が危険かもしれないとビギに言いだせずにいた。
 なぜなら、そういった憶測による発言をビギが最も嫌うからである。

 やがて、このことが、ビギの運命を決定づけることになる。

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 竜闘前日、史郎達は、午前中だけ軽く戦闘訓練を行い、午後は休むことにした。

 万全に備えて、ポンポコ商会も竜闘前後の六日間は休みにすることにした。明日の竜闘は、命懸けの戦いである。身体だけでなく、心の持ちようも大事だ。
 ミミもポルも、ここのところの猛練習で疲れて果てて、コケットに横になるなり寝てしまった。
 加藤は、リーヴァスさんから、マンツーマンで剣術についての話を聞いている。珍しく食いつくような表情で、人の話を聞いている加藤を見ると、役に立たない訳ではなさそうだ。

 俺は、剣術の練習を今更しても仕方がないので、点ちゃんと、「付与 融合」の検証を行っている。
 固体と固体の融合は、だんだんコツがつかめて来たので、今は、液体と液体の融合を行っている。
 透明なグラスに、油と水を入れ、それを融合させるのだが、最初はグラスと水が融合して、グラスが割れてしまうという失敗が続いた。
 やっと成功したとき、グラスの中には黄金色の透明な液体が出来た。白くなったなら、コロイドが出来た可能性もあるが、どうやら違うらしい。
 試しに、水、油とこの液体をグラスに入れてみると、下から、水、出来た液体、油の順に三層になった。

 融合は、もしかすると、原子レベル、あるいは素粒子レベルで物質を組みあわせるものなのかもしれない。

 問題は、これを戦闘に活かせるかどうかだが、とりあえずいいアイデアも浮かばないから、保留としておいた。
 ただ、同種のものは、簡単に融合できることから、新しい乗り物のアイデアは浮かんだ。
 すぐに、草原に瞬間移動して、乗り物を作っておいた。


 明日が、竜闘だというのに、どこまでも能天気な史郎であった。
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