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第六章 竜人世界ドラゴニア編
第30話 黒竜族の影
しおりを挟むラズロー邸で史郎達が竜闘の打ちあわせをしている頃、イオの家ではちょうど夕食が始まるところだった。
「ユウ兄ちゃん、ご飯だよー」
イオが、地下への降り口で、声を掛ける。
「ああ、今、行くよ」
地階で、地球の雑誌を読んでいた加藤が答える。雑誌は、史郎が地球に一時帰還したときに買ってきたものである。
欠伸をしながら加藤が、地階から上がってくる。
ネアが作った料理のいい香りがする。今日は、ジジ肉のシチューだ。
三人が、キッチン兼ダイニングのテーブルに着き、食事が始まった。
加藤が他の世界について話すと、二人は食いつくように聞いている。
「女王様って、女なのに王様なの?」
イオが不思議そうな顔をして尋ねる。
「そうだよ。
おっかないんだぞー」
「ここでは、地位がある役職につくのは、男性だけですから」
ネアは、娘が驚いた理由を説明する。
スープをすくっていた加藤の手が、ピタリと止まる。
「すみません。
ちょっとお手洗いに」
彼はそう言うと、半地下の階段を昇り、外へ出た。
戸口から漏れる灯りが周囲を暖かく照らしている。
ちょうど、その灯りが消える辺りに向けて、加藤が声を掛けた。
「おい。覗きはいい趣味じゃないな」
その声に応じるように、影がちぎれて、人の形をとった。
黒服を身にまとった黒竜族の男である。
長身であるのに、不気味なほど存在感が薄かった。
「なぜ、気づいた?」
「なぜって、お前、そんなに殺気出しておいて、気づかれないはずがないだろう」
加藤は、いつも通りの口調である。
男は、突然の攻撃によって、それに応えた。
並みの者なら、ひとたまりもなくやられていただろう。
男が手に持っていたはずの短剣は、いつの間にか加藤の手に移っていた。
刃渡りが30cm程のそれは、刀身が黒く、光を反射しないようになっている。明らかに、暗殺用の武器だった。
「いきなり攻撃してくるかね、普通」
呆れたような、加藤の声に向けて、男は懐から出した何かを投げつけた。しかし、数個の飛礫(つぶて)は、どのような仕掛けがあったにせよ全くの無駄に終わった。
加藤が、男の背後に移動していたからだ。
過去に、多くの竜人を暗殺してきた男だが、いつもとは違う勝手に戸惑っていた。
人族だと侮っていたが、今まで戦ってきたどの敵よりも強い。
男は、彼の一族に秘伝として受けつがれてきた技を使うと決めた。
加藤の前に立っていた男の姿が突然消える。
男は、加藤の遥か上方にいた。
竜人の筋力をもってして、初めて可能な技である。
竜人でも人族でも、真上からの攻撃は避けられない。そこが、死角だからである。
もらった!
男がそう思ったのも仕方ないだろう。
しかし、次の瞬間、真下にいたはずの敵が消えていた。
ありえない。
前後左右、奴に逃げ道は無いはずだ。驚きが、黒竜族の刺客に一瞬のスキを作った。
上空から落ちてきた、加藤の足、その踵(かかと)部分が、男の頭に激突した。
その衝撃が、落下速度を上げる。
男は、ぐしゃっと音を立てて地面に激突した。
「あちゃー、高さの事、計算に入れてなかったな」
のんびりした声は、加藤である。
「こりゃ、ボーが怒るかもな。
とりあえず、縛っとくか」
彼は、庭の隅に置いてあった荷造り用のロープで男を縛りあげた。
「お兄ちゃん、何か変な音がしたけど……」
イオが、庭先に出てこようとする。
「あー、もう終わったから、出てこなくていいよ」
「そう? 手伝えることがあったら言ってね」
「分かった」
何とか、庭で起こった異変をごまかせたようだ。
加藤は、とりあえず男を豚小屋に放りこむと、母屋に戻るのだった。
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