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第六章 竜人世界ドラゴニア編

第25話 竜闘に敗れた男

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 ポルが太鼓を鳴らすと、それほど経たずにラズローが部屋に入ってくる。

 彼は、不安そうな表情をしていた。

 「お話は終わりましたか」

 「ええ。まず竜闘について、詳しく教えてください」

 「そうですね……。ちょっとお待ちください」

 彼は部屋から出ていくと、5分ほどでまた戻ってきた。

 「どうぞ、みなさん。こちらにおいで下さい」
 
 俺達は、彼の後を追って部屋を出た。

 ラズローは、長い廊下を歩いた果てに、小さなドアの前で立ちどまった。
 ノックをしてから部屋に入る。

 部屋は8畳くらいの広さで、中央にベッドが置かれていた。角部屋で、広い窓が2辺にとってある。ただ、窓にはシェードのようなものが掛かっており、部屋の中は薄暗かった。

 「父上。お連れしました」

 彼はそう言うと、数歩横に寄った。
 俺達は、ベッドの際に並んだ。

 横たわっている竜人が上半身を起こす。赤い髪に白髪が混じった男は、かなり大柄だった。ただ、長いこと床に就いているせいか、痩せていた。
 右目に赤い眼帯を掛けており、もう一つの目からは、知性が感じられた。右手は肘から先が無かった。

 「マルローと申す。このような格好で申しわけない」

 男の声は深く、よく響いた。

 「リーヴァスと申します。こちらこそ、お休みの所をお騒がせします」

 リーヴァスさんが返す。
 マルローの目が、俺達五人をぐるりと見回した。

 「大まかなことは、息子から聞いております。竜闘について知りたいのですかな?」

 「ええ。ですが、その前に……」

 俺は、そう答えておく。
 
 点ちゃん、彼の身体はどうなってる?

 『(Pω・) ……ご主人様、なんか毒が入ってるよ』

 誰かが飲ませてるの?

 『(u ω u) ずっと昔に入ったものだと思う』

 なるほど、もしかすると……

 点ちゃん、毒を取りのぞくことはできるかな?

 『(^▽^) 時間はかかるけど、できるよー』

 じゃ、お願いしていいかな。

 『(^▽^)/ はーい』

 俺が手をかざすと、彼の身体の中にいくつか点が入っていく。治癒魔術の光が体の数か所で瞬(またた)いた。

 「こ、これは?」

 「治癒魔術です。勝手ながら、掛けさせていただきました」

 「かたじけない。少し楽になりました。では、竜闘について話しましょう」

 「竜族決闘」、つまり竜闘は古くから伝わる竜人の伝統である。
 かつて、四つの竜人族間には、絶え間ない戦争があった。
 あるとき、天から竜が舞いおりて、彼らに戦争を止めさせた。その時、争いの解決法として取りいれられたのが、竜闘である。

 竜闘は各竜族の族長決定など、大事な決め事を行うときにも使われるようになった。今では、罪を犯した者が、それを認めない時にも使われることがある。

 竜闘の方法は、基本的に一対一の戦いである。
 武器を一つだけ持つことが許されている。盾や鎧などの防具は使用できない。魔術は使ってもよいが、竜闘を行う竜舞台では、治癒魔術が使えない。

 竜人には、攻撃魔術を使える者がほとんどいないので、使われるのは身体強化の魔術程度で、ほとんど近接戦闘のみで勝負が行われる。

 どちらかが降参を告げるか、戦闘不能になった場合、または舞台上から外に出た場合に試合終了となる。

 稀に行われる団体戦では、決められた人数から一人ずつが舞台に上がって戦う。一人は一勝負にしか出られない。この形式では、勝ち数が多い方が勝利となる。

 俺は気になることがあったので、それについて質問をすることにした。

 「俺は、シローと言います。あなたが、ビギと戦った時のことを詳しく知りたいのですが」

 ラズローの父は、ちょっと驚いた顔をしたが、快くそれに答えてくれた。

 「彼が戦う姿は以前に見ていたので、正直、負ける気はしなかった。
 竜闘が始まってしばらくは、私が彼を圧倒していたのだが……」

 彼は、その時のことを思いだしているのだろう。眉をひそめた。

 「彼の剣が、私の左手を掠めた後、なぜか体が重くなったのだ」

 マルローは、左手に薄っすら残る、傷跡を見せた。
 
 ラズローが割り込む。

 「父は……父が、右手を失った後、地面に倒れたのだが、普通ならそこで勝負は終わる。
 ビギは倒れた父の目を剣で刺した」

 彼の声は怒りで震えていた。

 なるほど、何が起こったか少しずつ見えてくる。恐らくビギは、剣に毒を塗っていたのだろう。マルローは、左手に傷を負った時に毒を受けた。右手を失うくらいでは、戦いの後で動けなくなる原因にはならないと考えたビギは、最後に右目に剣を刺したのだろう。
 ビギという男の用心深さと残忍性がよく分かる。

 「他に聞きたいことはありませんか」

 マルローが話す声がして、俺は思考から現実に戻った。

 「シロー、何かありますかな?」

 「いえ。とても参考になりました。ありがとうございます」

 俺の声で、ミミとポルも頭を下げる。

 「本当なら、竜闘の場まで出むいてアドバイスをしたいのですが、何分このような身体ゆえ、それがかないません。 
 誠に残念でなりません。あなた方にも申しわけない」

 「いえいえ、お気遣いなされるな」

 リーヴァスが、にこやかに言う。

 「もしかすると、竜闘までにお体が良くなっているかもしれませんよ」

 俺が言うと、マルローは寂しそうに笑った。

 「そうなれば、いいのですが……」

 「では、長居しても、お父上のお体に障りますからな。
 我らは、これにて失礼します」

 リーヴァスの声を合図に、俺達は部屋を出た。

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 史郎達が食事をした部屋に戻ると、新しくお茶のカップが用意されていた。

 俺達が席に着くと、お茶が注がれる。注いでいる人の顔を見て驚いた。ポンポコ商会を訪れた赤髪の娘だった。
 ラズローが席に座る。

 「娘は、どうしても自分でお詫びがしたいと言いましてな」

 「皆さん、ごめんなさい」

 太った娘は、ペコリと頭を下げた。

 「これは、娘が秘蔵しているお茶だそうです。どうぞ召しあがってください」

 俺は、言われるままお茶に口をつけた。

 「!」

 花のような香りがするお茶は、素晴らしかった。最初バラのような風味がして、最後に甘みが残る。しかも、ひつこい甘さではない。

 「この甘みは?」

 お茶好きのルルが尋ねる。

 「これは、竜王花という花をお茶にしたものです。甘さは、この花の蜜のものです」

 娘が説明する。

 「このお茶を分けてもらえますか?」

 俺は、尋ねた。

 「毎年、少ししか咲かない花なので、僅かでよければ」

 俺は、お茶好きのルルのために、どうしてもそのお茶を持って帰りたかった。

 「ありがとう」

 俺が言うと、娘が顔をまっ赤にしている。

 給仕の女性が、パンケーキのようなものを皿に載せて入ってきた。俺は、それを少し口に入れて驚いた。旨いのだ。明らかに甘味が入っている。

 「これは、甘味が入っていますね?」

 「ええ。実は、私の家は甘味の販売について権利を持っていまして。
 娘が、お店に押しかけたのは、家の権利が脅かされると心配しての事だったそうです」

 ラズローが説明してくれる。
 なるほど、それなら娘の行動も納得できる。

 「ご、ごめんなさい」


 恥ずかしそうに謝る赤髪の娘は、店に来た時と別人のようだった。
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