ポータルズ -最弱魔法を育てようー

空知音

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第五章 地球一時帰国編

第1話 帰ってきた少年

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 史郎は、アリスト王国にある彼とルルが所有する家の庭に出ると、そのまん中で家族に取りかこまれた。

 「「お帰りをお待ちしています」」

 デロンチョコンビが声を合わせる。

 「お気をつけて」

 リーヴァスさんが、グッと力強い握手をしてくれる。

 コリーダが俺の右手を両手で包む。

 「良い風を」

 コルナが俺の胸に飛びこむ。

 「無茶しないでね」

 ナルとメルが頭を擦りつけてくる。

 「「パーパ、早く帰ってきて」」

 最後に、ルルが俺の両手を握る。

 「シロー……。待っています」

 俺は皆の顔を見まわしてから、少し離れるように言う。ポータルに関係するものは、油断ができないからね。
 てのひらに黒い玉を出す。
 ためらわずに、ぐっと握りつぶした。

 パキンッ

 小さな音がして、玉が砕けた。俺の足元に黒いもやが掛かったとおもったら、それが回転を始める。

 ポータルだ、と思った瞬間、史郎は見慣れない場所に立っていた。

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 棚田の石垣の前に現れたようだ。

 石垣には、消えつつあるポータルの渦が、まだ残っている。幸い、田んぼには水が張られていなかった。気温から考えて、春の初めか秋の終わりといった所だろう。
 異世界の一日とこちらの一日の時間が違うため、転移してから何日経ったのかも分からない。畑山さんだけが持っていたスマートフォンも、とうに電池が切れていた。

 少し道を降りると、畑でくわを振っている人がいた。いぶかしそうな顔で、こちらを見ている
 まあ、俺は、異世界の冒険者の格好だからね。頭に茶色い布を巻いたままだし。
 何かのおりに見かけた顔だが、それほど親しいわけでもないので、軽く会釈をして通りすぎる。

 その後しばらく山道を下ると、やっと自分がどこにいるか気づいた。そこは、俺が住んでいた町の隣にある集落だった。

 歩いているうちに、どこかで見たなっていう人が増えてくる。
 とうとう、知人に出合ってしまった。

「おい……。君、もしかして、坊野さんとこの子じゃないか?」

 俺はとりあえず、胡麻化しておくことにした。首を左右に振って、そのまま通りすぎる。その人は、俺の父が「山田のおじさん」って呼んでいた人で、遠縁にあたるらしい。

 史郎は、その場を足早に離れた。

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 史郎はとりあえず、学校に行ってみることにした。

 陽の高さから見て、お昼前のはずである。
 隣の集落から学校までの道は、普段あまり人が利用しない。道は、途中から川の土手を通っている。この道を歩く牛の花子を、教室の窓からよく眺めたものである。一年も経たないが、なぜか懐かしい。

 そういえば、向こうにいる間にホームシックにはかからなかったなあ。
 俺はそういうことを考えながら、土手から学校のグラウンドへ降りる。土曜日、日曜日ではないらしく、グラウンドでは体育の授業が行われていた。

 今日は、長距離走のようだ。

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 史郎は用心のため、闇魔術の透明化で姿を消した。

 グラウンドを横切り、校舎へ向かう。
 長距離を走らされている生徒を見て、あのクラスでなくてよかったと思ってしまう。

 ブーツを脱ぎ、裸足で廊下を歩く。靴底の汚れは、落ちにくいからね。
 廊下側の窓が開いている教室があったので覗きこむ。英語の授業だ。内容からして1年生のクラスだろう。
 異世界に行っている間に、教室の配置すら忘れていることに気づいた。何かの感情が胸をくすぐるが、それが何かは分からなかった。

 黒板の日付を見る。

 10月24日

やはり、秋だったか。異世界にいる間に、俺は十八になっていた。

 ポータルに落ちたのが三月の初めだから、あれから7か月以上異世界で過ごしたことになる。俺は、自分の教室目指して階段を上がる。他学年の教室の配置は忘れているのに、自分のクラスの位置だけは覚えていた。
 田舎町にあるこの高校では、3年間クラス替えも教室替えもない。文理選択も教室移動で対応する。生徒の人数が人数だからね。

 かつて自分が毎日を過ごしていた教室の前に来た。廊下側の窓は全て閉まっていたので、点を中に飛ばして映像を送る。
 俺のクラスは、林先生が数学の授業をしていた。真剣にノートを取る同級生の様子が懐かしかった。もう受験直前だもんね。
 先生、あんなに白髪あったかな。

 林先生は、史郎が覚えていたより一回り小さくなったように見えた。

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 授業終わりのチャイムが鳴る。

 教科書や出席簿を脇に抱えた先生が、教室から出てくる。俺はその後をつけた。職員室までに、人通りの少ない廊下があったはずである。
 先生が理科準備室の前を通るタイミングを見はからって、ドアを開けて中に引っぱりこむ。

 「な、なんだ、一体」

 ドアを閉め、カギを掛けると、俺は姿を現した。
 先生は、呆然とした顔をしている。

 「ぼ、坊野か!?」

 「声を押さえてください。先生とだけ話したかったんです」

 「お前、どこに行ってた?」

 「それを答える前に、一つ約束してください。
 俺がどんなに荒唐無稽な話をしても、黙って最後まで聞くと」

 「……わ、分かった。話してみろ」

  先生は、準備室の丸椅子を俺のために引きだしてくれた。二人して、椅子に座る。
 
 「あの日、俺達は、当番で教室に残ってたんです。突然、黒板に黒い渦のようなものが現れてました。
 中に森のような光景が見えたので、加藤が中に入ったんです」

 「あのバカが!」

 俺が口の前で指を立てると、先生はすぐに黙った。

 「やつを引っぱりだそうとしているうちに、渦が閉じてしまったんです。
 気がついたら、俺、加藤、畑山、渡辺(舞子)は知らない場所にいました」

 林先生が、先を促すように頷く。

 「その場所は森だったんですが、そこから城のある町までなんとかたどりついたんです。
 俺達は、その世界で今までなんとか生きのびてきました」

 「その世界? 『その国』の間違いじゃないのか?」

 「先生、俺達、異世界に転移したんですよ」

 「……い、異世界か?」

 「ええ、そうです。すぐには信じられないでしょうが」

 「で、他の三人は?」
 
 「まだ、向こうにいます」

 「お前が帰ってこれるんだから、加藤達も帰れるんだろ?」

 「いや、無理ですね。
 異世界の入り口、ポータルって言うんですが、この世界とそのパンゲアっていう世界を繋ぐそれが見つ 
 からない限り、俺達は帰ってこれませんよ」

 「じゃ、お前はどうやって帰ったんだ」

 「ある大きな存在の不思議な力を借りました。
 ある程度時間が経てば、またあちらに帰ることになります」

 「信じられん話だな」

 「すぐに信じてもらおうとは思っていません。
 この世界で相談できそうな大人が先生しかいなかったから、ここに来ました」

 「そ、そうか。家族や警察に知らせてもいいか?」

 「それは、少し待ってください。今の話をして、どれくらいの人が信じてくれると思います?」

 「それはそうだな。誰も信じんだろう」

 「俺としても、異世界の事は、最小限の人数にしか知らせる気はありません」

 「加藤達の家族には、知らせるんだろう?」

 「はい。加藤、畑山、渡辺の家には俺が知らせます」

 「手伝わなくてもいいのか?」

 「もし、表だって先生が関わると、病院に入れられるのが関の山です。ここは、俺に任せてください」

 「これだけは、聞かせてくれ。他の三人は、元気なのか?」

 彼らが勇者、聖騎士、聖女に覚醒して、向こうの世界で活躍していると知らせる。

 「おいおい、畑山は女王やってるのか。まあ、あの子には、似合ってるけどな」

 「全員、充実した毎日を送っています。
 一応聞いてみたのですが、たとえ帰れたとしても、こちらに帰るつもりは無いようでした」

 「はー、勇者とか、聖女ねえ。余計、信じてもらえんだろうな」

 「ええ、そう思います」

 「そういえば、お前、さっき突然現れたけど、あれは何だ?」

 「ああ、向こうの世界には魔術があって、それを使ったんです。俺、一応魔術師ですから」

 「うーん、余計に信じられんな」

 先生にある程度の事を知ってもらうため、力の一端を見せることにした。

 「先生、ちょっと窓際まで行ってもらえますか」

 「ああ、かまわないが、何をするつもりだ?」

 俺は窓を大きく開けはなつと、二人に透明化の魔術を掛けた。

 「おっ! 見えなくなった。自分の手も見えんな」

 「じゃ、ちょっとやってみますよ」

 俺は合図すると、彼の手を取って窓から空に飛びだす。

 「おい! ここ、二階、二階!」

 先生は怖くて目をつぶっているようだ。
 俺は、点魔法の「付与 重力」で更に上昇する。街が一望できる高さで止まる。上空は風が強く、肌寒かった。
 透明化を解く。

 「先生、目を開けてください」

 先生は恐る恐る目を開けると、その高さに驚いて、俺の身体にしがみついた。

 「ひいっ!」

 「先生、大丈夫ですよ」

 「大丈夫って言われてもな。先生は初めてなんだぞ、こういうの」

 「あ。そういえば、授業はいいんですか?」

 「ああ、今はお昼の休み時間だ」

 「そうですか」

 「他には、どんなことができる?」

 「まあ、これは俺の力のごく一部で、本当はもっといろいろなことができます。例えば……」

 次の瞬間、俺と先生はさっきの理科準備室に戻っていた。

 「はーっ! 凄すぎてよく分からんな」

 先生は苦笑いしている。

 「俺、向こうでは冒険者やってて、いろいろしごかれましたから」

 「お前、変わったなあ」

 先生が、まぶしそうな目をして俺を見る。

 「相変わらず、ぼーっとしてるって周りからは言われてるんですが」

 「ははは。だから、『ボー』っていうあだ名がついたんだもんな」

 先生は、ひとつ息をつくとこう言ってくれた。

 「この世界にいる間に困ったことがあったら、先生に言うんだぞ。
 あと、お前自身の家にも顔だけは出しておけ」

 まあね。先生は俺の家庭についてある程度、知ってるから。

 「じゃ、三人の家を回ります。先生、話を聞いてくれてありがとう」

 「ははは。大人はな、結局話を聞くくらいしかできんのさ」

 先生は、俺達がいなくなってから起こったことをかいつまんで話してくれた。そして、にっこり笑うと、俺の頭に手を置いた。

 「とにかく、お前が元気にやってて嬉しいぞ。他の三人にもよろしくな」

 「はい。伝えときます」

 「じゃ、もう行け」

 先生に頭を下げると、再び透明化の魔術で体を消し、空に上がる。
 先生からは、俺が見えないけれど、窓から出てきたのに気づいたのだろう。こちらに向けて、手を振っている。


 あちらからは見えないはずだが、俺も手を振りかえし、加藤の家にむかう。
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