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第四章 聖樹世界エルファリア編

第49話 コリーダ

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 史郎達は騎士につきそわれ、控室へ入った。

 ルルとコルナが、ものすごい勢いで俺のところにやってくる。
 まあ、そうなるよね。

「シロー!」 「お兄ちゃん!」

 二人の前にコリーダが立ちはだかった。

「私はシローに選ばれた。お前達も、選ばれたのか?」

 ルルとコルナの動きがピタリと止まる。二人とも、眉をひそめている。

「シローに無礼なことをするのは、妻である私が許さん」

 二人は悔しそうだが、言葉が出ない。

「シロー、二人で茶でも飲まぬか」

 コリーダが俺の手をとり、部屋の外へ連れだそうとする。

「パーパ、マンマと喧嘩しちゃダメ!」

 ナルが俺にさばりつき、服のすそを引っぱる。

「お姉ちゃん、マンマとコー姉にいじわるしてるの?」

 メルが両手を腰に当て、コリーダの前に立ちふさがる。

「い、いや、私は……」

 ルルはメルの所に来ると、しゃがんで目を合わせた。

「メル、違うのよ。このお姉ちゃんもパーパが好きなだけなの」

「いや、わ、私は……」

 コルナがナルを抱きしめる。

「マンマの言う通りなの。いじわるしてるんじゃないよ」

「なーんだ、そうかー」

「お姉ちゃん、だれー」

 まあ、子供には勝てないよね。コリーダがたじたじとなっている。

「わ、私は、シローの奥さんだ」

「パーパの奥さんは、マンマとコー姉だよ」

「そーだよー」

 二人の子供に、さすがのコリーダも押され気味である。

「おい、シロー殿」

「何でしょう?」

「このお二方が、奥方というのはまことか?」

ああー、そんなこと言ったら、また混乱しちゃうでしょ。

「えーと、どう言いましょうか……」

「この子らが、パーパ、マンマと言っていたが、もしやシロー殿の娘子か?」

「ナルのパーパだもん」「メルのパーパだもん」

 二人が俺の裾を引っ張る。カオス、その言葉が俺の脳裏をよぎる。

 史郎は、王の前で啖呵を切る方がよほど楽だ、と思うのだった。

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 史郎は、まだ体力が十分ではないコリーダを休ませるため、点ちゃん1号のコケットを一つ増やした。

 他の二つのコケットには、娘達が寝ている。
 コリーダの身体に合わせてコケットの微調整をしていると、その上で横になっている彼女と目が合った。

「シロー、聞きたいことがある」

 娘達を起こさないためだろう。コリーダは声を低く抑えている。

「私は、実の父親さえ手に掛けようとした女だぞ。なぜ、そんな女を妻に選んだ」

「あなたは、ダークエルフに操られていた。そして、偽物とはいえ、母親を本当に愛していた。
 これだけの理由では足りませんか」

 彼女は、ふうーっと息をつくと、体の力を抜いた。やはり、どこか肩ひじ張っていたところがあったのだろう。

 「最初会った時、あなたの事をもっと知りたいと思いました。それも理由の一つです」

 「それでも、私は……」

「あなたの人生はこれからですよ。過去を振り返るのはやめなさい。俺は、あなたと未来を見てみたい」

 コリーダは、しばらく黙って俺と目を合わせていた。
 そして、突然、笑いだした。

「ぷっ! ははは、何だそれは。口説き文句にしては、色気が無いな。
 ふははは。ああ、おかしい……」

 笑っている彼女の眼尻に涙があるのがはっきりと見えた。もっとも、コリーダはすぐに反対側を向いてしまったから、見えたのは一瞬だったが。コケット効果なのか、間もなく彼女は寝入ってしまった。

 史郎は、点ちゃんに、ある頼みごとをして、自分の寝室に入った。

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 まだ夜明け前、点ちゃん1号から出ていく人影があった。

 コリーダ姫である。
 機体の戸口は、なぜか開いていた。そのため、彼女はなんの障害もなく1号から出ることができた。

 彼女は、今は亡き母親から教わった、秘密の抜け穴を通って城の外へ向かう。這いまわったので、服も顔も泥だらけになったが、気にもならなかった。

 大侵攻後にできた泉の横を通り、森の中へ向かう。

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 魔獣が自分に気づくまで、それほど時間はかかるまい。コリーダは、魔獣に我が身を食らわせる道を選んだ。
 自分が影も形も無くなれば、シローの迷惑にもなるまい。

 森の中は、大侵攻時の爆風で、多くの枝が地面に落ちている。彼女は、足元にろくに注意を払わず森の奥へと分けいる。パキパキという枝を踏む音が、辺りに響く。

 やっと、魔獣が出てきたと喜んだら、それは猪型魔獣の子供だった。ぴいぴい鳴きながら、彼女の足元をぐるぐる回っている。

 子供がいるということは、親もいるはず。
 コリーダは、親を探して辺りを歩きまわった。

 やっと巨大な猪を見つけた。高さが2m以上ある。簡単に死ねそうである。
 牙の前に自分を持っていく。

 目を閉じた魔獣は、こちらに気づいていないようだ。
 思いきって、目の前に迫った魔獣の鼻に触れた。

 冷たい。

 そういえば、鼻の穴から息が漏れていない。
 横に回ったとき、やっとその理由が分かった。

 地面に落ちた、かなり太い枝の先が、猪の脇腹に突きささっていた。恐らく、走っているときに、自分から枝に突っこんだのだろう。

 コリーダは、足から力が抜けて、地面に座りこんでしまった。死のうとして来たのに、生きながらえたことにホッとしている。
 シローの茫洋とした顔と、彼の言葉が蘇ってくる。

『俺は、あなたと未来を見てみたい』

 まったく、どういう少年なんだろう。父親殺しの女に興味を持つなんて。
 そのことを思いだしたとき、彼女は城へ帰りたいと思った。シローのいる場所へ。しかし、この時も、運命は、彼女に苛酷だった。

 大猪の死臭を嗅ぎつけたのだろう。いつの間にか、狼のような魔獣の群れに囲まれていた。

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 生まれて初めて、誰かと生きたいと思った。

 そのとき死が訪れるとは……。
 コリーダは、すでに自分の運命を受けいれていた。顔には微笑みさえ浮かんでいる。

 私にふさわしい最後ね。

 彼女は、襲いかかってこようとしている魔獣の目を正面から見た。何かが突然、その視線をさえぎった。誰かの背中だった。

 少し体をずらして横から覗きこむ。
 それは、たった今、彼女が想っていた少年、シローだった。ただ、彼女が覚えている彼とは雰囲気が全く違っていた。
 恐ろしいほどに整った顔立ちをしている。

 この美しさは、この世のものではない。彼女がそう思うほどだった。

 魔獣の方を向いたシローが、微笑む。
 コリーダは、自分に向けられたものではないのに、ドキッとしてしまった。
 気がつくと、魔獣が姿を消していた。

 シローが彼女の方を向く。そこで、コリーダは意識を失った。


 シローはコリーダを両腕に抱え、ゆっくりと歩きだした。
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