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第四章 聖樹世界エルファリア編

第30話 ダークエルフの娘

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周囲の森から出てきた狼型魔獣は、一団となってミミとポルに向かってくる。


広場には、隠れるような場所も無い。

さすがのミミも、死を覚悟した。

魔獣の群れが目の前まで迫る。
しかし、驚いたことに、彼らの動きがピタッと止まった。

しっぽを腹の下に丸め、怯えた様子である。

ミミは後ろを振り返った。

そこには、10mはあろうかという巨大な熊の姿があった。

魔獣達は、キャンキャンと鳴き声を上げ、森に逃げていく。


一難去って、また一難である。
しかも、こんどこそ、本当の終わりだ。

近づいてくる熊に、ミミは目を閉じた。
ところが、いつまでたっても熊が襲ってこない。

薄目を開けると、巨大な熊が、すぐ横に立っている。

ポンッ

音がすると、熊はポルに変わる。
彼は、荒い息をついて、地面に座り込んでしまった。

「もう! 変身するなら、そう言いなさいよね。死を覚悟しちゃったじゃない」

ミミが叱るが、ポルはゼイゼイと息をついているだけである。
自分の身体のサイズをあそこまで大きくしたのが、よほどの負担になったのだろう。

ミミは、彼を放っておいて、柱の所へ向かう。
柱には、粗末なローブを着せられた、娘の姿があった。
恐らく、二十歳前だろう。 若い娘である。

ただ、その肌の色はミミがこれまで見たことが無いものだった。
黒に近い褐色である。 
髪も、それに近い色をしている。
耳が横に突き出しているのは、モリーネと同じだから、エルフの変種かもしれない。

ミミは、娘を縛り付けているロープをカギ爪で切った。

「あ、ありがとう」

彼女は、震える声でお礼を言った。

「私とこいつは、冒険者なの。 私がミミ、こいつがポルナレフ。
あなたは、どうしてこんな所に?」

「あっ! じゅ、獣人……」

娘は、やっとそれに気づいたようだ。

「安心して。私達は、あなたの悲鳴を聞いて駆け付けただけよ」

ミミが言うと、娘は少し安心したようだ。

「助けてくれてありがとう。私はメリンダ。 ご覧の通り、ダークエルフよ」

ミミは、ダークエルフという種族について聞いたことが無かった。

「私達、うちのリーダーからこの場所に来るように言われてたの」

「あっ!」

やっと立ち上がったポルが、空を指さしている。
ミミがそちらを見ると、見慣れた白銀色の機体がこちらに近づいてくる。

彼女は、体の力が抜けてへたり込んでしまった。


点ちゃん1号は、広場の真ん中に着地した。

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銀色の機体の横がドア型に開き、史郎が出てくる。


「シローさん!」

ポルが、こちらに駆けて来る。

「ポル、ミミ、元気そうだね」

俺が言うと、二人とも涙を浮かべている。

「何かあったの?」

座り込んでいたミミが立ち上がる。

「何かあったの、じゃないわよ! もう少しで死ぬところだったんだから!」

「狼のような魔獣の群れに襲われそうになったんです」

ポルが、説明してくれる。

「そいつらは?」

「ポン太が巨大熊に変身して追い払ったわ」

なるほど、『西の島』南部に生息する大熊に変身したんだな。
いい判断だ。

「ポル、よくやったな」

俺はポルの頭を撫でてやった。彼は、嬉しそうにしたあと、急いで報告する。

「それより、ボク達、銀ランクになったんですよ!」

ポルは、キラキラ目を輝かせている。

「おお! それは凄いな。俺より早いんじゃないかな。二人とも、よくやったね」

ポルが泣き出してしまったので、ミミがいつものように頭を撫でてやっている。

「で、君は誰だい?」

俺は、ダークエルフの娘に話しかけた。

「私は、メリンダといいます」

なるほど、彼女が魔獣暴走事件の犯人か。そのことを問い詰めるのは、後でいいだろう。

「じゃ、ベースキャンプに戻るから、乗ってね」


史郎は、まだ足元がおぼつかないメリンダを背負うと、ミミ、ポルの後を追って点ちゃん1号に搭乗した。

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「また、くつろぎグッズが増えてる」


ミミが呆れたように、室内を見回す。
王城の城下町で、マットやクッションを仕入れて来たからね。

俺は、三人をソファーに座らせて、エルファリア特産のお茶を出してやった。

「うわー、美味しいなあ」

「うん、いい香りね」

メリンダは驚いた顔で室内を見回している。
じゃ、点ちゃん、ベースキャンプに帰ろうか。

『はーい!』


史郎は治癒魔術の点を付与し、メリンダの傷を治しつつ、進路をベースキャンプへ向けた。

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「ルルさん、コルナさん、リーヴァス様、お久しぶりー」


点ちゃん1号から降り、家の中に入ると、ミミがさっそく皆に挨拶している。

「この人は誰?」

「ああ、チョイスっていって、家の事を色々やってもらってるんだ」

「は、初めまして」

チョイスは、獣人を見慣れないのか、ちょっと引いている。

「ふーん」


メリンダは、二階の個室で休ませている。

ミミとポルに、これまであったことを伝える。

「えっ!! 『南の島』が本当にあったの?」

「謎の原住民を見つけたんですか!?」

この世界のことを下調べしていた二人には、衝撃の事実だろう。

「君達が救ったメリンダは、『南の島』の住人だよ」

「ふえ~、話が大きすぎて混乱します」

ポルが、彼らしい事を言う。

「で、次はどうするの?」

ミミが尋ねてくる。

「うん。 調査はここまでで十分なんだけど、ダークエルフの議会と接触しておこうかと思ってる」

「また、難しいことをやろうとしてるわね」

まあ、そう言われても仕方がないところだ。
点ちゃんがいなければ、まず不可能なミッションだろう。


史郎は、頭の中の計画を再確認するのだった。

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次の日、史郎は、気持ちが落ち着いたメリンダと話す事にした。


本当は、同胞に命を奪われかけた彼女をそっとしておいてやりたいんだけどね。

彼女の部屋の戸をノックする。

「どうぞ」

声からすると、気持ちの整理はついているようだ。

部屋に入ると、彼女はベッドで上半身を起こしていた。

「ちょっと、話せるかな」

「はい。 何でしょう」

俺は、椅子を彼女の方へ向けて座る。

「君は、『東の島』の王城を魔獣に襲わせたね」

単刀直入に尋ねる。

「ど、どうしてそれを!」

メリンダは、言ってしまった後、しまったという顔で口を押えている。

「心配しなくていい。
確かに、君がやったことは許されないことだが、一人の被害も出なかったからね」

「……」

メリンダは、力なく俯いている。まあ、そのことで処刑されそうになったんだもんね。

「エルフ王の命を狙ったのも君かい?」

「え!? わ、私ではありません」

嘘を言っているようには見えない。

「心当たりがあるかい?」

「いえ、ありません」

まあね。 王の命を狙うような仕事は、極秘任務だろうから。俺は、話題を変えることにした。

「君は『南の島』の住民だね。 エルフの人達が憎いの?」

彼女は、すこし黙っていた。

「あなたは、『南の島』がどんな所か知っていますか?」

「いや、ほとんど何も知らない。数日前に、その存在自体をやっと知ったくらいだからね」

「私達が住む『南の島』は、決して豊かな土地ではありません。
祖先が移住した当時は、病や飢えで多くの人が死んでいったそうです。
今でも、やせた土地で取れるわずかな作物と海産物で、なんとか命をつないでいるのです」

俺は、黙って彼女の言葉を聞くことにした。

「私の妹カリンダは、10才になる前に死にました。
家族のために、食べ物を取りに出かけたところを魔獣に襲われたのです」

彼女は、妹のことを思い出したのか、目に涙をためている。

「豊かな『東の島』なら、妹は死なずに済んだはずです」

俺は問題の根深さに、重い気持ちになっていた。

「追い出された『東の島』に戻るために、出来ることをしようとしたんだね」

それでも、魔獣をけしかけたことは、許されることでないが。

「ダークエルフは、エルフから『東の島』を奪い返したいの?」

「そこまでできるとは、正直思っていません。
でも、学園都市世界からの援助が途絶えてから、皆が絶望的な気持ちになっています。
自分達が滅びるくらいなら、エルフを巻き込んでやりたいと思っているダークエルフは沢山いるでしょう」

「すると、『東の島』への大規模な攻撃もあり得るってこと?」

「ええ。 処刑が決まって牢に閉じ込められている時、看守達がそのようなことを話していました」

これは、丸顔に確認する必要があるな。

「君は、これからどうしたい?」

「……私には帰るところがありません。 
あのまま魔獣に食べられた方が、幸せだったかも知れません」

「俺は、君を慰められるような人間じゃないから、気の利いたことは言えない。
ただ、命を救われたことに、少しでも恩義を感じるなら、できることは沢山あるよ」

「……ありがとう」



史郎は、彼女がなんとか立ち直ってくれることを祈るのだった。
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