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第四章 聖樹世界エルファリア編

第13話 森の異常

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エルフの王城イビスは、広大な森の中にある。


森は大陸の東寄りに広がっており、西には丘陵地帯や荒野が広がっている。
史郎達がイビスまでやって来たモロー街道は、その西に広がる海から続いている。
幹線道路は、その他に、東方、北方、南方それぞれと王城を結ぶものがある。

その中の一本、東方からの街道を男女二人のエルフが馬で疾走していた。

「何度も通ったこの道が、これほど遠く感じられるとはな」

一人がそのようなことを考えた瞬間だった。
街道脇の森の中から、犬型の魔獣が7、8匹飛びだしてきた。
前方を塞がれた二人は、スピードを落とすかと思われたが、そのまま魔獣の群れの中に突入した。

数匹の魔獣が吹きとばされる。女性が唱えた風魔術によるものだ。

魔術に捉えられなかった魔獣が、男の馬に襲いかかる。
馬は後ろ足に深い傷を負い、どうっと横倒しになった。
騎乗していた男は、ひらりと地に降りたつ。

「パリス、先に行け! ここは俺に任せろ」

「あなたを捨てて行けるわけないじゃない!」

パリスと呼ばれたエルフの女性は、馬の首を回し、もう一人の所に駆けよる。
馬から降りて、その横に並んだ。

「ロス、ここを切りぬけるわよ」

パリスは、男と背中合わせになると、風魔術を唱える。

「風の精よ、我に従え。 風刃!」

その瞬間、3枚の風の刃が、彼女の周囲から発せられた。
魔獣の一匹が、戦闘力を失う。

しかし、次の瞬間、二人の隙をつき、二匹の魔獣が同時に襲いかかった。
パリスを突きとばしたロスが、剣で一匹を切りはらう。

その左腕にもう一匹が噛みついた。

「ぐっ!」

手を振りまわすが、魔獣は離れない。
女の剣が、その魔獣を切りさいた。

残った四匹の魔獣が、二人の周りをぐるぐる回りだした。

再び背中合わせになった二人が、剣を構える。
戦力は、ほぼ互角だろう。

そのとき、森の中から遠吠えが聞こえた。

四匹の魔獣が、森へ駆けこむ。

「な、なんとかなったか」

安心した彼らの心は、すぐに絶望に塗りつぶされた。
背中までの高さが2m以上ありそうな巨大な犬型魔獣が、先ほどの魔獣を従えて姿を現した。

「ジャ、ジャイアント・ウルフ……」

「すまん、パリス。 俺のせいで」

「馬鹿っ! 諦めずに最後まで戦え!」

「し、しかし……」

ロスは、ジャイアント・ウルフが生息する辺境の地で魔獣の調査を請けおっていたこともある。
だから、その生態についてよく知っていた。
この森の中で数種類いる上位種の魔獣で、食物連鎖の頂点にいる。

どれだけ剣や魔術が使いこなせても、たった二人で対処できる敵ではない。
ましてや、自分はすでに左手が利かない。
どう考えても、助かる目は無かった。

無念なのは自分達が死ぬことより、今得ている情報を国に届けられないことだった。

巨大な魔獣の目が赤く光る。 それだけで、二人は足が動かなくなった。

グルルルル

よだれを垂らした4匹の魔獣が、唸り声を上げながら、再び二人の周りを回りはじめた。
そいつらが描く円に、ゆっくりとジャイアント・ウルフが近づいてくる。
円が次第に小さくなる。

ウォフッ

ジャイアント・ウルフが小さく吠えた。
それを合図に、四匹が飛びかかる。

パリスは、最後を悟って目を閉じた。

ガキン

金属と金属を打ちあわせるような音がする。

ガキン ガキン

目を開けると、牙を剥き襲いかかっている魔獣の、紅い口の中まではっきり見えた。
それが、見えない壁にぶつかるように弾きかえされている。
先ほどの音は、その時のものだった。

痺れを切らした、ジャイアント・ウルフが、見えない壁に突っこんでくる。

ロスが、恐怖のあまりしゃがみ込む。
しかし、やはり、魔獣の牙は届かなかった。

自分の体重のせいで大きく跳ねとばされ、地面に横たわったジャイアント・ウルフが首を振りながら立ちあがる。

足元が震えているのは、相当のダメージを受けたからだ。
しかし、まだ戦うつもりらしく、再びこちらに近づいてくる。

いつの間にか、二人の前に一人の少年が立っていた。
頭に茶色い布を巻いている。耳の形を見ると、人族のようだ。
パリスは、少年が茫洋とした表情をしているのを見て、一連の出来事が彼のせいだと直感した。

魔獣達は、少しの間、攻撃の意思を見せていたが、チラチラ少年の方をうかがうと、次第に大人しくなった。

その時、空から銀色の大きな鳥のようなものが降りてきた。
側面がドアのように開くと、小さな二つの影が飛びだしてくる。

7、8歳に見える少女である。

「来てはダメ!」

パリスは思わず叫んだ。

「「パーパ!」」

二人は先ほどの少年にまとわりついて、何か話していたかと思うと、ジャイアント・ウルフの方へ駆けだした。

「ダメっ!」

次に起こるだろう惨劇に、パリスは思わず顔を両手で覆った。
しかし、驚いたことに、聞こえるはずの悲鳴の代わりに、楽しそうな子供の笑い声が聞こえてきた。

恐る恐る、顔から手を離すと、そこには信じられない光景があった。
二人の少女が、ジャイアント・ウルフの背中に乗っているのだ。
しかも、魔獣を走らせようとしているのか、小さな手で背中をぺちぺち叩いている。

パリスは、魔獣の当惑した表情を初めて見た気がした。


「大丈夫ですか?」


少年が、そう話しかけてきた。

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史郎は、エルフの世界を空から見ておこうと考えた。


時々城の庭に出るくらいしかない、子供達のためもある。

城にはリーヴァスさんが残り、俺とルル、コルナと子供達は点ちゃん1号に乗りこんだ。
もちろん、乗りこむ姿を見られないようにシールドで覆っておいた。


最初、全ての大陸の形が見えるところまで、急上昇する。
遥か北の方と南の方が、白くなっているのは、極地の氷だろう。

エレノアさんから説明を受けていた通り、3つの大陸が「品」の字を成すように並んでいる。
北方にある「北の島」は、半分以上が白く塗られていた。
中心にある、「聖樹の島」は、ほとんど点にしか見えない。

聖樹から告げられた、「西の島」についても気になったが、まずは今いる「東の島」を調べることにする。
高度を下げ、城から南の方へ向かう。
広大な森が、延々と続いている。
夜なら、エルフの住居がある場所に灯りが見えるのだろうが、昼間上空からだと、彼らの住居は視認できなかった。

大陸の南端まで行くと、東側の海岸線を北に向かう。
時折、港町らしいものが見えた。

子供達はむろんの事、ルルとコルナも表情が明るい。
やはり、格式ばった、しかも、常に視線にさらされるお城での生活がストレスになっていたようだ。
俺達は、点ちゃん1号のくつろぎ空間の中で、久々の時間を楽しんでいた。


それが見えてきたのは、海岸線をかなり北に上がった時だった。
森のあちらこちらから、黒い煙が立ちのぼっている。
最初、俺は、それがただの森林火災かと思っていた。
しかし、高度を下げてみると、焼けこげた住居らしきものがいくつも見られる。

不思議なのは、人々の姿が無いことだった。
森の中に、逃げたのかもしれない。

これは、王城に報告した方がいいだろう。
のんびりした時間が終わってしまうのは残念だが、さすがにこれを放ってはおけない。
俺は点ちゃん1号の進路を、王城に向けた。

城まであと少しの所まで来た時、点ちゃんの声がした。

『ご主人様ー。 魔獣に襲われてる人がいるよ』

下には王都へとまっすぐ続く街道が見える。
倒れている馬と、何かに襲われている二人の姿が見えた。

「ルル、コルナ。 あの人達、助けてくるから、ナルとメルを頼むよ」

「任せて、お兄ちゃん」 「シロー、気を付けて」

俺は、重力をコントロールする点を自分に付与し、外に飛びだした。
ゆっくり高度を下げていく。
方向を調節して、二人のま上から降下する。

魔獣は、狼タイプが五匹、そのうちの一匹がボスだろう。
二人と較べると、ボスのけた違いの大きさが分かる。
二人の周囲にシールドを張っておく。

取りまきの狼が、シールドに対して、攻撃を加はじめた。
俺は、二人とボスの間に降りたった。
二人の表情を見ると、かなり追いつめられていたことが分かる。

そのとき、ナルから念話が入った。

『パーパ、その子達を殺さないで』

『うん、最初からそのつもりだよ』

『そこに、降りてもいい?』

『ルル、どう思う?』

『二人なら大丈夫ですよ』

俺はそれを聞いて、点ちゃん1号を着陸させた。
開口部から、ナルとメルが飛びだしてくる。

「「パーパ!」」

俺は駆けてきた二人を受けとめると、話しかける。

「ナルとメルは、この子達をどうしたいの?」

「うーんとね、友達になる!」

「メルもー!」

「分かった。 優しくしてやってね」

「「うん!」」

二人は、巨大な狼の方に駆けていく。
二人が近づくと、狼は巨体を地につけ、恭順の姿勢を見せた。
ナルとメルは、毛を掴んで、その背中に登っていく。

「大っきなお馬さんだー!」

いや、狼なんだけどね。
二人がキャッキャと笑いながら、楽しんでいるからまあいいか。

『ご主人様ー。 この犬さん、ワイバーンと同じ魔法が掛かってた』

なるほどね。 これは、個人レベルで行っている事じゃないな。

二人のエルフは、信じられないという顔をして狼の背中に乗る子供達を見ている。
俺は彼らに話しかけた。


「大丈夫ですか?」

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二人のエルフは、大陸東部を活動地域にする冒険者だった。


魔獣の行動がいつもと違うから、その調査を依頼されたそうだ。

二日前、人々が寝静まっているところに魔獣の群れが襲いかかったらしい。
二人がギルド支部に駆けつけると、そこはもう火の海だった。
ギルドにある通信用魔道具が使えないとなると、後は自分達で王都に連絡するしかない。
二人は馬に乗って、王都へ向かったそうだ。


「魔獣の行動が、いつもとは違ったのですね? 具体的には、どんな行動をとっていたのです?」

「いつもは単独で行動する魔獣が、集団行動をとっていました。 
なにより異常だと思われたのは、別の種類の魔獣が、一つの集団を作っていたことです。
これは、通常ならありえないことです」

まあ、魔術で操られているなら、当然そういうこともあるだろう。

「お城へ報告に行くのなら、ご一緒しませんか?」

「お言葉に甘えていいのでしょうか?」

俺は、二人を点ちゃん1号の中に案内した。 
今までエルフの人々に見られないようにしていたけれど、この二人にはもう見られちゃってるしね。

二人は、くつろぎ空間を見て、かなり驚いていた。
機体が空に上がることで、さらに驚いたのは言うまでもない。

俺は、風呂の準備をすると同時に、ロスという名の冒険者の腕を治すことにする。
彼の左腕に、こちらの右手を近づけ、治癒魔術を掛けるふりをする。
治癒魔術を付与された点が、傷口に入っていく。
左腕が、治癒魔術の光に包まれる。

「凄い! 痛みが無くなった」

ロスが、しきりに感謝するのを押しとどめて、風呂に入らせる。
先に入浴を済ませたパリスが、上気した顔で浴室から出てくる。

「なんて気持ちがいいの!」

まあ、お湯には、くつろげるように柑橘系の果物を浮かべてあるし、この世界では、ほとんど見られないシャンプーもあるからね。

ロスが入浴を済ませたのを見計らって、薬草茶を出してやる。
フカフカのソファーに座った二人は、それを飲むとウトウトしだした。
まあ、二日間寝てないからしょうがないね。
少しでも長く二人を休ませてやるため、俺は城のリーヴァスさんに念話を繋いだ。

森林地帯の魔獣の行動がおかしいこと。
それが魔術のせいであること。
すでに、東の町が一つ、魔獣の襲撃で壊滅したこと。

連絡を受けたリーヴァスさんは、すぐエルフ王に報告すると言っていた。



史郎は、点ちゃん1号の進行方向を定めると、広い範囲に点をばらまきながら王城に向け、ゆっくり飛行させた。
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