ポータルズ -最弱魔法を育てようー

空知音

文字の大きさ
上 下
147 / 607
第四章 聖樹世界エルファリア編

第12話 鳥かご

しおりを挟む

モリーネとコルナがあずま屋まで駆けつけた時、そこにはすでに、瓦礫(がれき)の山があるだけだった。


空には、まだワイバーンが飛びまわっている。

まっ青になったモリーネが、瓦礫を持ち上げるために風魔術を唱えようとする。
しかし、コルナがそれを制止した。

木立から、ポリーネ、ナル、メルの三人が現れる。

「ポリーネ、出てきてはダメ!」

モリーネが叫ぶが、ポリーネは動かない。
瓦礫となったあずま屋を見て、呆然としている。

ナルとメルが空に向かって何か叫んでいる。

「あなた達も、いったい何を……」

モリーネが、そう言いかけた時、驚くべきことが起きた。

ワイバーンが、高度を下げ、こちらに向かってきたのだ。

頭のすぐ上を掠(かす)めて飛ぶワイバーンに、モリーネは思わずしゃがみこんでしまった。
しかし、次に目にした光景は、さらに信じられないものだった。

ナルとメルの周りを取りかこむように着地したワイバーンが、頭を下げているのだ。
頭を下げるというより、ほとんど地に付けている。
ナルとメルが、何か言いながら、その頭を撫でてやっている。
二人の少女が、まるで女王のようにワイバーンを従えている姿は、誰が見ても信じられないだろう。

あずま屋の周囲にいた騎士達も、凍りついたように動きを止めている。

ナルがあずま屋の方に近づいて、いつもの声で呼びかける。

「パーパ」

瓦礫の片方が持ちあがり、下から、マリーネ、シレーネ、ルル、リーヴァスの順に現れる。


最後に、史郎が出てきた後、瓦礫は一瞬で消えてしまった。

-----------------------------------------------------------------

史郎は、飛びついてきたナルを連れて、ワイバーンに近づいた。


俺が近よるとワイバーンが騒ぎはじめたが、メルの短い一言で、すぐに大人しくなった。

「パーパ、みんな魔術で操られてたみたい」

メルが報告する。

どうやって会話したのか知れないが、さすがは古代竜である。
まあ、古代竜からしたら、ワイバーンなど蟻(あり)のようなものだろう。

五匹のワイバーンは、ナルとメルに撫でられると、「グルルル」と気持ちよさそうな声を出している。

騎士の一人が剣を抜き、そのワイバーンに切りかかろうとした。
ナルが両手を広げ、その前に立ちふさがる。
激昂した騎士が、剣を振りおろそうとした。
ナルの小さな手が、その鎧を軽くちょんと押した。
騎士は、剣を振りおろしかけた姿勢のまま、水平に飛んでいった。
そのまま、彼方の植えこみに突っこんだ。

さっきまで一緒に遊んでいたポリーネをはじめ、王女達は呆然とその光景を眺めている。

「シレーネ様」

「は、はい」

「このワイバーンは、俺に預からせてもらえませんか」

「しかし、それでは騎士が納得しないでしょう」

「誰がワイバーンを操っていたのか。 その事を知るためにも、生かしておかなくてはなりません」

「まあ、それは、そうですが……」

「パーパ、この子達を助けてあげて」

ナルが、俺にすがりつく。
俺は、かがんでナルと目線を合わせた。

「大丈夫だよ。 パーパに任せてね」

俺が言うと、彼女はにっこり笑って、またワイバーンの所へ行った。

シレーネは、騎士と話をしている。

点ちゃん、何か分かったかな?

『鳥さんが、上空にいる時に調べたら、魔術が掛かってたー』

まあ、点ちゃんにとっては、ワイバーンも「鳥さん」なんだね。

ナルが言う通り、ワイバーンは操られていたようだ。
犯人は、これでさらに絞られたことになる。


史郎は、自分の予想が次第にはっきりした形を成していくのを感じていた。

-----------------------------------------------------------------

ワイバーンは、結局、史郎が預かることになった。


庭園の片隅に、大きな鳥かごのようなものを作り、そこに入れている。
点魔法で作ると簡単なのだが、ここは土魔術で作っておいた。
まあ、手の内はできるだけ晒(さら)さない方がいいからね。


あずま屋襲撃の二日後、第二王女と会うことになった。
俺は、家族に点を付けたうえ、襲撃の恐れがあることを忠告しておく。

「シロー、ナルとメルは大丈夫です。 心置きなく行ってきてください」

ルルは、俺の表情に何か感じるものがあったのだろう。
そう言って送りだしてくれた。


女性の騎士に連れられ、王城内を上がっていく。
同じ上階への道でも、王様の部屋に行くのとは全く別のルートのようだ。

点ちゃんによって、複雑な王城内のマッピングも大体終わっている。
俺が今、通っているのは、比較的上の階層だが、他の部屋とは「別棟(べつむね)」のようになっている部分だった。

木製のシンプルな設(しつら)えのドアの前で、女騎士が立ちどまった。
彼女がノックをすると、中から応える声がする。

「お入りなさい」

細いが、しっかりした声だ。


扉が開いた。

----------------------------------------------------------------

薄暗い部屋は、12畳くらいだろうか。


王女の部屋にしては小さく、そして、質素である。
大きな書架が壁際に並んでおり、それがぎっしりと本で埋まっていた。
中央には天蓋(てんがい)の無いベッドがあり、そこに痩せた少女が横たわっている。

少女が手招くと、見えない位置にいた中年のメイドが、さっと近づく。

メイドに半身を起こされ、こちらを見た王女は、シローに今までにない衝撃を与えた。

彼女は、モリーネによく似ていた。 ただ、かなり痩せている。
その痩せている顔の中で、大きな目が余計に目立つ。
それが、キラキラと輝いているのである。残り少ない命を燃やしているような輝きだった。

「あなたが、シロー?」

「初めまして、シローでございます」

俺は片膝を床に着き、挨拶をした。

「もっと大柄な人かと思っていたわ。それに、思っていたよりずっと若いのね」

少し擦(かす)れた彼女の声は、こちらの心を惹きつける不思議な魅力があった。

「第二王女のコリーダよ。 皆から、あなたの噂は聞いているわ」

彼女が目で合図すると、先ほどのメイドが椅子を持ってきた。

「座って。 そんな格好だと、話をする気も失せるわ」

俺は用意された椅子に座る。
近くで見ると、彼女の並外れたパーソナリティがさらに際立つ。
それは、側にいるものを惹きつけずにはおれない磁力であり、儚(はかな)きものへの本能的な共感である。

俺は、それに抵抗するように言葉を発した。

「お目にかかれて、光栄です」

「決まり文句は必要ないわ。 何をしに来たの?」

「他の王女様方とは、既にお目にかかりましたから、ご挨拶をと思いまして」

彼女は、唇の片端をきゅっと上に上げた。

「建前は結構。 本当の目的は何? 父に毒を盛った犯人を捜してるのかしら。
それとも、妹を狙った者を探してるの?」

ここは、お言葉に甘えさせてもらおう。

「お父様が毒を飲まされていたことをお聞きになったのは、いつでしょうか」

「いつだったかしら。 お后様(きさきさま)から聞かされたわ」

感情の変化は見られない。淡々と事実を述べている様子である。
それにしても、自分の母親を「お后様」と呼ぶのか。
俺は、違和感を覚えた。

「コリーダ様は、風魔術を使えますか?」

「風魔術? ええ、エルフですからね。 それが、何か?」 

「風魔術は、誰からお習いになりましたか?」

コリーダ姫は、俺の目をじっと見ていたが、突然笑いだした。

「ホホホホ。 あなた、私を疑っているのね」

「いいえ。 しかし、なぜ、その様に思われたのですか?」

「嘘は、つかなくていいのよ。  病を得て床に就いてから、なぜだか人の心が読めるようになったのよ」

俺は、誰か似たことを言っていたのを思いだそうとしていた。
しかし、そこにたどりつく前に、彼女が話しはじめた。

「風魔術と名前だけが、お母様が私に残してくれたものなの」

お母さま?

「不思議そうな顔をしてるわね。 まあ、このことは姉も妹も話してないでしょうね。
私達姉妹の名前から、何か気づかなかった?」

名前? 言われてみれば、コリーダだけ名前の最後に「ネ」が付いていない。

「私はね、妾腹(めかけばら)なのよ。 第二王妃が生んだのが私」

「お母様は、どうされたのですか?」

少しの沈黙の後、コリーダ姫は低く小さな震える声を発した。

「殺されたわ」

「誰にです?」

姫は、それには答えなかった。

「お母様はね、病気で死んだと思われているの。 でも、本当は違う。 殺されたのよ」

「どうして、そう思われるのですか?」

「死の間際、お母様から教えてもらったの。お母様は、私と全く同じ症状だったのよ。
奴らは、この『鳥かご』に捕らわれた私すらも邪魔になったのね」

コリーダ姫は、すでに平静を取りもどしていた。
先ほどの話で、興奮したからか、頬が少し染まっている。

「奴らとは?」

「奴らは、奴らよ」

彼女は、そう言うと上半身をベッドに横たえた。
見ていたようにメイドが現れて、枕の位置を整える。

「イーシャ、ありがとう」

メイドが紛れもない拒否の視線を、こちらに向ける。 会見は、これで終わりだな。
俺はエルフの儀礼に則った礼をすると、部屋を出た。

来るときに案内してくれた女騎士に連れられ部屋に戻る。
途中、点ちゃんと会話する。

点ちゃん、どうだった?

『王様と同じ症状だったー』

症状の程度は?

『かなり悪かった。 もうすぐ死んじゃうよ』

何? それならば、推理をもう一度やり直す必要があるか。

王に毒を盛った件、そして、ワイバーンで王女たちを襲わせた件で、俺は第二王女を疑っていた。
いや、彼女が犯人であると確信までしていた。
しかし、点ちゃんの言葉から、犯人は別にいる可能性が高くなった。



史郎は、もう一度最初から、一連の出来事について考えはじめるのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~

カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。 気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。 だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう―― ――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました

ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。 会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。 タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

ペット(老猫)と異世界転生

童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...