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第四章 聖樹世界エルファリア編

第12話 鳥かご

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モリーネとコルナがあずま屋まで駆けつけた時、そこにはすでに、瓦礫(がれき)の山があるだけだった。


空には、まだワイバーンが飛びまわっている。

まっ青になったモリーネが、瓦礫を持ち上げるために風魔術を唱えようとする。
しかし、コルナがそれを制止した。

木立から、ポリーネ、ナル、メルの三人が現れる。

「ポリーネ、出てきてはダメ!」

モリーネが叫ぶが、ポリーネは動かない。
瓦礫となったあずま屋を見て、呆然としている。

ナルとメルが空に向かって何か叫んでいる。

「あなた達も、いったい何を……」

モリーネが、そう言いかけた時、驚くべきことが起きた。

ワイバーンが、高度を下げ、こちらに向かってきたのだ。

頭のすぐ上を掠(かす)めて飛ぶワイバーンに、モリーネは思わずしゃがみこんでしまった。
しかし、次に目にした光景は、さらに信じられないものだった。

ナルとメルの周りを取りかこむように着地したワイバーンが、頭を下げているのだ。
頭を下げるというより、ほとんど地に付けている。
ナルとメルが、何か言いながら、その頭を撫でてやっている。
二人の少女が、まるで女王のようにワイバーンを従えている姿は、誰が見ても信じられないだろう。

あずま屋の周囲にいた騎士達も、凍りついたように動きを止めている。

ナルがあずま屋の方に近づいて、いつもの声で呼びかける。

「パーパ」

瓦礫の片方が持ちあがり、下から、マリーネ、シレーネ、ルル、リーヴァスの順に現れる。


最後に、史郎が出てきた後、瓦礫は一瞬で消えてしまった。

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史郎は、飛びついてきたナルを連れて、ワイバーンに近づいた。


俺が近よるとワイバーンが騒ぎはじめたが、メルの短い一言で、すぐに大人しくなった。

「パーパ、みんな魔術で操られてたみたい」

メルが報告する。

どうやって会話したのか知れないが、さすがは古代竜である。
まあ、古代竜からしたら、ワイバーンなど蟻(あり)のようなものだろう。

五匹のワイバーンは、ナルとメルに撫でられると、「グルルル」と気持ちよさそうな声を出している。

騎士の一人が剣を抜き、そのワイバーンに切りかかろうとした。
ナルが両手を広げ、その前に立ちふさがる。
激昂した騎士が、剣を振りおろそうとした。
ナルの小さな手が、その鎧を軽くちょんと押した。
騎士は、剣を振りおろしかけた姿勢のまま、水平に飛んでいった。
そのまま、彼方の植えこみに突っこんだ。

さっきまで一緒に遊んでいたポリーネをはじめ、王女達は呆然とその光景を眺めている。

「シレーネ様」

「は、はい」

「このワイバーンは、俺に預からせてもらえませんか」

「しかし、それでは騎士が納得しないでしょう」

「誰がワイバーンを操っていたのか。 その事を知るためにも、生かしておかなくてはなりません」

「まあ、それは、そうですが……」

「パーパ、この子達を助けてあげて」

ナルが、俺にすがりつく。
俺は、かがんでナルと目線を合わせた。

「大丈夫だよ。 パーパに任せてね」

俺が言うと、彼女はにっこり笑って、またワイバーンの所へ行った。

シレーネは、騎士と話をしている。

点ちゃん、何か分かったかな?

『鳥さんが、上空にいる時に調べたら、魔術が掛かってたー』

まあ、点ちゃんにとっては、ワイバーンも「鳥さん」なんだね。

ナルが言う通り、ワイバーンは操られていたようだ。
犯人は、これでさらに絞られたことになる。


史郎は、自分の予想が次第にはっきりした形を成していくのを感じていた。

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ワイバーンは、結局、史郎が預かることになった。


庭園の片隅に、大きな鳥かごのようなものを作り、そこに入れている。
点魔法で作ると簡単なのだが、ここは土魔術で作っておいた。
まあ、手の内はできるだけ晒(さら)さない方がいいからね。


あずま屋襲撃の二日後、第二王女と会うことになった。
俺は、家族に点を付けたうえ、襲撃の恐れがあることを忠告しておく。

「シロー、ナルとメルは大丈夫です。 心置きなく行ってきてください」

ルルは、俺の表情に何か感じるものがあったのだろう。
そう言って送りだしてくれた。


女性の騎士に連れられ、王城内を上がっていく。
同じ上階への道でも、王様の部屋に行くのとは全く別のルートのようだ。

点ちゃんによって、複雑な王城内のマッピングも大体終わっている。
俺が今、通っているのは、比較的上の階層だが、他の部屋とは「別棟(べつむね)」のようになっている部分だった。

木製のシンプルな設(しつら)えのドアの前で、女騎士が立ちどまった。
彼女がノックをすると、中から応える声がする。

「お入りなさい」

細いが、しっかりした声だ。


扉が開いた。

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薄暗い部屋は、12畳くらいだろうか。


王女の部屋にしては小さく、そして、質素である。
大きな書架が壁際に並んでおり、それがぎっしりと本で埋まっていた。
中央には天蓋(てんがい)の無いベッドがあり、そこに痩せた少女が横たわっている。

少女が手招くと、見えない位置にいた中年のメイドが、さっと近づく。

メイドに半身を起こされ、こちらを見た王女は、シローに今までにない衝撃を与えた。

彼女は、モリーネによく似ていた。 ただ、かなり痩せている。
その痩せている顔の中で、大きな目が余計に目立つ。
それが、キラキラと輝いているのである。残り少ない命を燃やしているような輝きだった。

「あなたが、シロー?」

「初めまして、シローでございます」

俺は片膝を床に着き、挨拶をした。

「もっと大柄な人かと思っていたわ。それに、思っていたよりずっと若いのね」

少し擦(かす)れた彼女の声は、こちらの心を惹きつける不思議な魅力があった。

「第二王女のコリーダよ。 皆から、あなたの噂は聞いているわ」

彼女が目で合図すると、先ほどのメイドが椅子を持ってきた。

「座って。 そんな格好だと、話をする気も失せるわ」

俺は用意された椅子に座る。
近くで見ると、彼女の並外れたパーソナリティがさらに際立つ。
それは、側にいるものを惹きつけずにはおれない磁力であり、儚(はかな)きものへの本能的な共感である。

俺は、それに抵抗するように言葉を発した。

「お目にかかれて、光栄です」

「決まり文句は必要ないわ。 何をしに来たの?」

「他の王女様方とは、既にお目にかかりましたから、ご挨拶をと思いまして」

彼女は、唇の片端をきゅっと上に上げた。

「建前は結構。 本当の目的は何? 父に毒を盛った犯人を捜してるのかしら。
それとも、妹を狙った者を探してるの?」

ここは、お言葉に甘えさせてもらおう。

「お父様が毒を飲まされていたことをお聞きになったのは、いつでしょうか」

「いつだったかしら。 お后様(きさきさま)から聞かされたわ」

感情の変化は見られない。淡々と事実を述べている様子である。
それにしても、自分の母親を「お后様」と呼ぶのか。
俺は、違和感を覚えた。

「コリーダ様は、風魔術を使えますか?」

「風魔術? ええ、エルフですからね。 それが、何か?」 

「風魔術は、誰からお習いになりましたか?」

コリーダ姫は、俺の目をじっと見ていたが、突然笑いだした。

「ホホホホ。 あなた、私を疑っているのね」

「いいえ。 しかし、なぜ、その様に思われたのですか?」

「嘘は、つかなくていいのよ。  病を得て床に就いてから、なぜだか人の心が読めるようになったのよ」

俺は、誰か似たことを言っていたのを思いだそうとしていた。
しかし、そこにたどりつく前に、彼女が話しはじめた。

「風魔術と名前だけが、お母様が私に残してくれたものなの」

お母さま?

「不思議そうな顔をしてるわね。 まあ、このことは姉も妹も話してないでしょうね。
私達姉妹の名前から、何か気づかなかった?」

名前? 言われてみれば、コリーダだけ名前の最後に「ネ」が付いていない。

「私はね、妾腹(めかけばら)なのよ。 第二王妃が生んだのが私」

「お母様は、どうされたのですか?」

少しの沈黙の後、コリーダ姫は低く小さな震える声を発した。

「殺されたわ」

「誰にです?」

姫は、それには答えなかった。

「お母様はね、病気で死んだと思われているの。 でも、本当は違う。 殺されたのよ」

「どうして、そう思われるのですか?」

「死の間際、お母様から教えてもらったの。お母様は、私と全く同じ症状だったのよ。
奴らは、この『鳥かご』に捕らわれた私すらも邪魔になったのね」

コリーダ姫は、すでに平静を取りもどしていた。
先ほどの話で、興奮したからか、頬が少し染まっている。

「奴らとは?」

「奴らは、奴らよ」

彼女は、そう言うと上半身をベッドに横たえた。
見ていたようにメイドが現れて、枕の位置を整える。

「イーシャ、ありがとう」

メイドが紛れもない拒否の視線を、こちらに向ける。 会見は、これで終わりだな。
俺はエルフの儀礼に則った礼をすると、部屋を出た。

来るときに案内してくれた女騎士に連れられ部屋に戻る。
途中、点ちゃんと会話する。

点ちゃん、どうだった?

『王様と同じ症状だったー』

症状の程度は?

『かなり悪かった。 もうすぐ死んじゃうよ』

何? それならば、推理をもう一度やり直す必要があるか。

王に毒を盛った件、そして、ワイバーンで王女たちを襲わせた件で、俺は第二王女を疑っていた。
いや、彼女が犯人であると確信までしていた。
しかし、点ちゃんの言葉から、犯人は別にいる可能性が高くなった。



史郎は、もう一度最初から、一連の出来事について考えはじめるのだった。
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