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第三章 学園都市世界アルカデミア編
第24話 裁判1
しおりを挟む学園都市は、紛糾を極めた。
まず、現政府の主要メンバーが、全て入れ替えられた。
新しい政府執行部は、リベラル派として名高い、メラディスという高齢の女性を中心に、獣人誘拐の調査を始めた。
証拠は、いくらでもあった。
首輪を外せば、その獣人が証言するから、獣人の数だけ、いや、首輪の数だけ証拠が集まった。
獣人が、集まって住める区画が確保された。
彼らには、衣服や食べ物も支給された。
多くの市民がボランティアとして、獣人のことに関わった。
獣人保護協会は、そのほとんどの構成員が逮捕された。
中には逃げようとした者もいたが、都市全体が彼らを許さなかった。
治安維持隊の上層部も、総入れ替えとなった。
まだ逮捕まではされてはいないが、それも時間の問題だろう。
あと一週間で裁判が始まるが、そこでは賢人も被告として立たされることが決まっていた。
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「どうしてこうなった」
ブラムは、余りの出来事に、得意の思考さえ十分に働かなかった。
「ケーシー、現在の状況を説明してくれ」
「今日、司法局が、五賢人の出廷を決めました」
「裁判長は、だれだ?」
「アローナです」
あの女か。 若いときは神童と呼ばれたが、賢人に成れなかった落ちこぼれ。
「まあ、あいつなら、何とでも言いくるめられるだろう」
「しかし、これだけ証拠を揃えられると、反論が難しくなります」
「反論など、せずともよい。 責任を全部、下級研究者に押し付けてしまえばよいのだ」
「はい。 そうなると、何としても、ソネル研究員を確保しておきたいところです」
「万一、あやつが見つからぬときは、他から身代わりを探してくればよい」
「しかし、これだけ探しても見つからないというのが、どうも納得できません」
「精度を上げて、もう一度調べてみよ」
「はい、そうします」
「とりあえず、身代わりの手配だけはしておいてくれ」
「分かりました。 心当たりを、いくつか当たってみます」
「頼むぞ」
夕暮れの色に染まった学園都市は、彼が一番好きな光景だ。
けれども、今は、その光景さえ、美しいと思う余裕はなかった。
有罪になることはないが、賢人が裁判の席に引き出されるなど、あってはならないことだ。
ブラムは、このような不祥事が、自分の代に起こったことを、心から残念に思うのだった。
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裁判所は、先日、式典が開催された建物の近くにあった。
例の、とてつもなく広い前庭に面した建物の一つだ。
裁判の日、史郎は法廷の一角に座っていた。
事件の重大性から、各分野の第一人者が、参考人として呼ばれていたからだ。
彼は、ギルドの代表として招かれていた。
加藤も、勇者として席が与えられていた。
傍聴席は立ち見がでるほどで、大法廷がぎっしり人で埋まっていた。
この裁判の様子は、シートがあれば、誰でも見られるようになっていた。
原告の席には、ダンや犬人ドーラの姿があった。
被告人席には、賢人が五人、背もたれが無い、木製の丸椅子に座っている。
裁判長は、高齢の女性で、落ち着いた表情をしていた。
地球では木づちを使うが、この世界では鈴を使うようだ。
鈴の音が鳴り、ざわついていた法廷が静まる。
「獣人誘拐事件の裁判を始める」
裁判長が、宣言した。
まず、長期間にわたり獣人を誘拐し、それを指示してきた疑いが高いことが追及された。
五人の賢人は、弁護人も立てず、自分で意見を述べる。
裁判の専門的なやり取りは、よく分からなかったが、五賢人が事件への関与を完全に否定していることは分かった。
------------------------------------------------------------------
ブラムは、心に余裕があった。
なぜなら、彼らを追及している側が頼っている法、そのものを作ったのが、彼の隣に座っている賢人だからだ。
法の抜け道を突くことなど訳は無い。
すでに、どうすれば無罪を勝ち取れるか、昨日までにシュミレーションは終わっていた。
論理的に考えて、彼らが有罪になる確率は、ゼロである。
獣人輸送に関わった、下っ端の研究員が何人か、身代わりになることも決まっていた。
今しも、法律を得意分野とする賢人が、相手の追及を、論破したところである。
学園都市では、どんなに疑いが濃くても、証拠がなければ有罪にはできない。
推定無罪の原則が、五賢人を鉄壁の城塞として守っていた。
原告側の無念な顔が、自分達の勝利を予感させた。
午前中の裁判が終わり、休憩となった。
控室で談笑していた五賢人のところに、血相を変えたケーシーが駆け込んできた。
「ブラム様、た、大変です!」
日頃、冷静な彼にしては珍しい。
「こんな時になんだ?」
ケージーは、息を整えるのもそこそこに、緊急事態を告げた。
「あ、あの助手、あの女が、外に出ている可能性があります」
「な、何だと!」
「ある部屋の天井に、穴を塞いだ後を見つけ、調べましたが、地上まで続いておりました」
それが、本当なら、大変な事である。
しかし、たとえ地上に出ようが、そこは凶悪な魔獣が巣食う森である。
大した魔術も使えない一人の女性が、生きのびられる訳はない。
ブラムは、問題無しと結論づけた。
さすがのブラムも、「人間は自分に都合がよいものしか見えない」、という認知的整合性の罠からは、逃れられなかった。
地下から地上へ抜ける穴を掘る能力を考えるなら、彼女が生き延びている可能性は、十分あるはずである。
裁判に勝てるという油断が、彼の慢心を誘ったのかもしれない。
あるいは、地下基地の全てを抹消した場合の損失が、判断を誤らせたのかもしれない。
とにかく、裁判は、午後の部に移っていく。
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