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第三章 学園都市世界アルカデミア編
第13話 賢人会
しおりを挟む賢人会議長である、ブラムは頭を抱えていた。
獣人世界からの獣人の輸送が、途絶えたのだ。
学園都市世界にとって、獣人の労働力と「資源」としての役割は非常に大きなものとなっていた。
肉体労働をロボットと獣人に担当させることで、人々は、知的活動に専念できる。
知的活動によって生み出された魔道具こそ、この世界の経済を支える要だった。
また、特定の獣人種から採れる素材は、魔道具はもちろん、薬から衣服、果ては建築資材として、必要不可欠なものとなっていた。
獣人世界に送り込んだ、モーゼス教授からも連絡が無い。
これは、調査班を送り込むべきか。
『議長』
そのとき、机の上に並べているシートの一つが明るくなり、一人の賢人の顔が、空中に浮かびあがった。
「なんだ、ケーシー」
『モーゼス教授の下で働いていた、助手が見つかりました』
「なんだと! 向こうで何が起きているか、分かったのか?」
『ええ。 この助手、ソネルと言うのですが、彼女の証言で、いくつかの事実が判明しました』
「早く、説明しろ」
無駄口は、賢人としての資質に欠けることを意味する。
『まず、獣人確保に使っていた猿人族ですが、戦力の大半を失い、他の種族の管理下に置かれています』
「なにっ! 奴らには、十分な数の魔道具を渡していたはずだぞ」
『魔道具を無効にする何かを他の種族に使われたのか、魔術で無効化されたのか、それは彼女も知らないようです』
「猿人族がそうなったのは、いつのことだ?」
『約2か月前です』
「なぜ、これほど連絡が遅れた?」
『そのソネルという助手は、自分の失点が取り返しつかないものと判断して、他世界に逃亡しようとしておりました』
「なるほど。 この世界に帰ってきたところを、捕まえたのだな」
『その通りです』
「その助手から、他の情報は、引きだせていないのか」
『それが、猿人が戦力を失う前に、猿人の村からほとんどの村人が連れさられる、という事件が、連続して起きたそうです』
「他の種族が、やったのか?」
『分かっていないようです。
ただ、攫(さら)われた村人たちは、全員が宙を飛んでいったそうです』
「馬鹿な! その女は信用できんな」
『今、その分野の専門家が、精神鑑定を行っています』
「なんなら薬を使ってもよい。 脳の中から記憶を引き出せ」
そうなれば、その助手は廃人だろうが、価値のない者に意味はない。
『分かりました』
「緊急の賢人会を招集してくれ。
獣人は、何としても確保せねばならん」
『了解しました』
宙に浮いた、ケーシーと呼ばれる男の顔が消える。
眼下に広がる、学園都市を眺める。
ここまで育ててきた、この都市の機能を停滞させるわけにはいかない。
ブラムは、自慢の頭脳を高速で働かせるのだった。
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緊急賢人会は、賢人の住居でもある「叡智の塔」で開かれた。
その最下層の広間が会場である。
ここに入るには、学園都市の各部門のいずれかを首席で卒業し、しかも研究で実績を残さなければならない。
また、特別な入会式もあり、それにも合格する必要がある。
まさに、狭き門を潜り抜けた頭脳だけが集まる場所である。
巨大な楕円形のテーブル、そのもっとも狭くなった位置に、賢人会議長ブラムが座っていた。
彼の両脇に座る四人と合わせて、五賢人と呼ばれている。
ブラムは、目の前に置かれた、クリスタル製の小さなベルを鳴らした。
澄んだ音色が、空間を満たす。
「では、緊急賢人会を始める」
テーブルの周りに座る人々が、等しく頷く。
「ケーシー、報告してくれ」
「はい。 現在、獣人世界からの獣人搬入が、途絶えています。
これは、獣人を捕獲するために利用していた猿人族が、他の獣人の支配下に落ちたからです」
五賢人の一人が、テーブルをノックする。
「なぜ、そんなことになった。
圧倒的な武力を持たせていたはずだろう」
「はい。 なぜ、そのようなことが起きたかは、未だに判明していません」
別の賢人が、手を上げる。
「問題は、これからどうやって獣人を確保するかですな」
その隣の賢人が、言葉を続ける。
「労働力は、ロボットで代用が利かないわけではないが、魔道具の素材としては、不可欠です。
確保は絶対です」
「この世界を支えるために、魔道具の販売は何より大切だ。
大至急、解決策を求めたい」
ブラムが、意見を取りまとめる。
「ロボットを送り込んで、獣人を捕獲するのはどうだろうか」
最近、頭角を現して来た、若い賢人ライディが提案する。
「それにしても、現地に何人かは派遣せねばならまい」
これは、五賢人の一人である。
「すでに送りこんでいる人員は、どうなったのです?」
若い賢者の一人が、質問する。
ケーシーが応える。
「モーゼス教授と助手一名が、消息不明です。
もう一人の助手は、一旦この世界に戻ってきた後、逃亡を企てたところを、すでに捕えてあります」
「その助手からの情報は?」
「今のところ、価値があると思えるものは出ていません」
「薬は使ったか?」
「現在、精神鑑定中ですが、それが終われば、最新の薬を使う予定です」
「分かった」
ブラムが新たな意見を求める。
「他に案はないか」
沈黙が落ちる。
「では、三日後に、再び会議を開く。
各々、精進されよ」
ブラムは閉会を宣言すると、ベルを鳴らした。
それを合図に、賢人たちが一斉に立ちあがる。
各自が、自分の研究室に近い出口へ向かった。
「議長殿、少しよろしいでしょうか」
「うむ、ライディか。 何だ?」
「獣人世界を調べるのに、ギルドを使ってはどうでしょう」
「あの便利屋達か」
「こういうことを調べることに関しては、それなりの能力はあるようです」
「奴ら、確か情報ネットワークがあったな。
迂闊(うかつ)なことはできんぞ」
「はい。 ですから、目的を別のことにして、その結果として調査ができるようにコントロールすればよいかと」
「うむ。 なかなかよい考えだ。 では、それは、お前に任せた。
その間の研究は、滞ってもよい。 こちらが、最優先だ」
「わかりました。 すぐに、取りかかります」
なかなか、優秀な若者だ。
もしかすると、そのうち五賢人の一角を担うかもしれない。
「では、叡智の元に」
「叡智の元に」
ライディは、賢人独特の挨拶をして、部屋を出ていった。
「ケーシー」
「はい」
「例の助手のところへ、連れていけ。 直接、見ておきたい」
「分かりました」
ケーシーは、先に立つと、一つだけ赤い扉に向かった。
その向こうは、賢人会でも一部の者しか知らない機密が溢(あふ)れている。
非合法な尋問のようなことも、この区画で行われるのが常だった。
二人が出ていった後も、無人の広間には、足音の余韻が長く残っていた。
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