92 / 607
第二章 獣人世界グレイル編
第35話 しばしの別れ
しおりを挟むポータルを渡る前日、ワンニャン亭で、パーティー解散の宴を開いた。
ミミがお店を貸し切りにしてくれて、アンデを含めギルドの主要メンバーも参加している。
聖女舞子とピエロッティ、コルナとコルネもいる。
種族を越えた、にぎやかな打ち上げとなった。
「ああ、アンデ。 正式に、犬人族の族長になったんだって?
おめでとう」
俺は、アンデの族長就任を祝った。
「ああ、族長って言っても、次が決まるまでの繋ぎみたいなもんだ。
だから、ギルマスは続けるぞ」
裏切り者のキャンピーは、前族長の血縁者だった。
前族長は、その責をとって辞任した。
「コルネ様も、獣人会議議長就任おめでとうございます」
「ありがとう。 お姉ちゃんに負けないようにがんばる」
食事が美味しいこともあって、みんな上機嫌である。
「ミミ、ポル、今までありがとう。
『ポンポコリン』は今日で解散だけど、君たちのことは忘れないよ」
「他人行儀なこと言わないの。
それより、シローは出発の準備で忙しいでしょ。
解散の手続きは、私とポン太でやっておくからね」
「ミミ、ありがとう。
それに、今日の食事、すごくおいしいよ。
お母さんとお父さんに、お礼を言っておいて」
「うん!」
まあ、湿っぽくなるより、元気な方がいいよね。
「シローさん。 僕を助けてくれてありがとう。
冒険者になれたのも、シローさんのおかげです。
小さいながら狸人の村が再興できて、本当に夢のようです。
僕、僕・・・」
ああ、湿っぽくなっちゃったよ。
俺は涙が止まらないポルの頭を撫でながら、こう言ってやった。
「冒険者になれたのも、村の再興も、君自身の力だよ、ポル」
俺の言葉で、彼の涙は、ますます止まらなくなった。
「あー、もう。 男の子なんだから、泣かないの」
ミミがポルの頭を撫でている。
俺がいなくなっても、この二人なら大丈夫だろう。
その後も、みんなの楽しい笑い声に包まれた宴会は深夜まで続いた。
------------------------------------------------------------------
出発の朝、史郎は舞子が宿泊している屋敷まで迎えに来た。
街はずれにある庭付きの大きな屋敷は、前族長が聖女に譲渡したものである。
獣人世界での舞子の家は、これからここになる。
「史郎君、おはよう」
後ろにピエロッティを従えた舞子が出てくる。
フリル付きの白いドレスが彼女に似合っており、俺は眩しかった。
ギルドで手配した四頭立ての馬車が屋敷の庭に入ってくる。
御者は、なんとアンデである。
いつもと違い、フォーマルな黒服に身を包んでいる。
「聖女様。 お迎えに上がりました」
彼は、舞子のために客車のドアを開ける。
「シロー。 お前はこっち」
舞子とピエロッティが客車に乗ると、俺はアンデの隣に腰掛けた。
これって、二人の扱い、違い過ぎない?
馬車なんて大げさだな、と思ったのは屋敷を出て町に入るまでだった。
町の入り口には大きな横断幕があり、そこにはこう書かれていた。
聖女の町、ケーナイへようこそ
町に入ると、ものすごい数の獣人が道を埋め尽くしていた。
「来たぞ! 聖女様だ!」
「聖女様、万歳!」
「聖女様ー!」
お爺さん、お婆さん達は、すでに平伏している。
群衆が投げる白い花が舞う中を、馬車はゆっくり進んでいく。
舞子は、窓から手を振っている。
馬車は、ポータルを地下に持つ建物の前で止まった。
そこには、演台がしつらえてあった。
ピエロッティの介添えで馬車を下りると、舞子は演台に上がった。
辺りがシーンとする。
「みなさん。 私は自分では意図せず、この世界へやって来ました。
そんな私を犬人族の方々や他の獣人の方々が助けてくれました。
だから、こうして生き延びることができました。
そして、この世界で獣人の方々と触れ合ううちに分かったのです。
この世界こそ、私の居場所であると」
物凄い拍手と歓声が町を包む。
少ししてそれが収まると、聖女が再び話し始める。
「今日、私は元の世界に帰りますが、近いうちに必ずここに戻ってきます。
なぜなら・・」
舞子は、ここで一拍置いた。
「なぜなら、ここが私の故郷なのですから」
群衆の興奮は、最高潮に達した。
皆の気持ちが、一つになっている。
「大変な時にあるこの大陸を、種族の違いを乗り越えて、皆さんが良い場所にしていくとこを私は信じています。
では、しばしの別れを。
また、お目にかかりましょう。」
そこには史郎に頼るだけの、か弱い少女はもういなかった。
少女の殻をやぶり、美しい女性へ成長した、本物の聖女がいた。
------------------------------------------------------------------
史郎、舞子、コルナは、ポータルのある部屋で、最後の別れを惜しんでいた。
見送りは、アンデ、コルネの二人だ。
俺はせめて最後に、ミミとポルには声をかけたかったが、彼らは姿も見せなかった。
獣人の長たちは、全員が見送りを望んだが、部屋が狭いという理由で却下された。
アンデは、思い出したように紙包みを渡してきた。
「これは、アリストのギルマスへ渡してくれ。
ギルドの機密が入ってるから、覗くなよ」
おいおい、紙包みに機密ですか。
まあ、これなら気づかれないだろうけどね。
「じゃ、元気でやれよ。
お前は、ずっとケーナイのギルメンだぜ」
俺とアンデは、固く握手した。
横では、コルネがピエロッティに話しかけていた。
「陰陽の従者様、聖女様をよろしくお願いいたします」
コウモリ男、いや、すでにピエロッティとなった男は、それに深く頷いた。
「お姉ちゃん、シローさんと仲良くね」
「もちろんよね、お兄ちゃん」
「史郎君、どういうこと?」
おいおい、ここにきて揉めるのは止めてくれ。
俺が左手をコルナ、右手を舞子と繋ぐと、二人は静かになった。
ここに来た時に手続きをしてくれた、犬人の男性が声を掛けてくる。
「では、どうぞ」
史郎たち三人は、ポータルに足を踏み入れた。
0
お気に入りに追加
331
あなたにおすすめの小説
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
もういらないと言われたので隣国で聖女やります。
ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。
しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。
しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
罪人として生まれた私が女侯爵となる日
迷い人
ファンタジー
守護の民と呼ばれる一族に私は生まれた。
母は、浄化の聖女と呼ばれ、魔物と戦う屈強な戦士達を癒していた。
魔物からとれる魔石は莫大な富を生む、それでも守護の民は人々のために戦い旅をする。
私達の心は、王族よりも気高い。
そう生まれ育った私は罪人の子だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる