89 / 607
第二章 獣人世界グレイル編
第32話 けじめ
しおりを挟む獣人会議が招集した連合軍は、瞬く内に大陸南部を席捲した。
猿人が狐人領攻撃に失敗してわずか一か月後には、大陸南東から南西まで連合軍が制圧してしまった。
獣人会議では大陸南部を東域、中央、西域の三地区に分け、それぞれに総督府を置くことが決まった。
総督には、獣人会議が選出した者が選ばれる。
今は東から、熊人、猫人、犬人が総督を務めている。
連合軍の一部は、中央部に残り、周辺に睨みを利かせる役割を担う。
猫賢者もサポート役として、中央部に常駐することになった。
もっとも彼の場合、食道楽を極めるために、今まで入れなかった土地を食べ歩きたい、という目的が大きかったようだが。
因みに、ワンニャン亭のゴールデン・スライムのレシピも彼の手によるものだった。
猿人はその多くが、彼らの滅ぼした、大陸西部地域の復興に当たることになった。
また、通常の税に加え、家族を失った獣人たちを支えるための基金にも出資することとなった。
高い税と労役の負担で、猿人たちの暮らしは豊かとはいえないものになった。
そんな彼らは、内的にも少しずつ変わり始めていた。
----------------------------------------------------------------
大陸西部、ある復興地区の一日を見てみよう。
ここは、かつて狸人族が住んでいた土地である。
大陸中に散らばっていた、ほんの数人の狸人族が再び集まり、しっかりした土の家に住んでいる。
その家は、どの地方にも見られない形をしていた。
まだ朝日が昇ってすぐなのに、村では活気のある声が響いていた。
畑では、なぜか遥か遠く大陸東部から移り住んだ猿人たちが働いていた。
若い狸人の領主が通りかかると、皆が作業の手を止めて最敬礼している。
しかし、この領主、少年とでもいった方がよい年に見える。
そして、その傍らには、猫人族の少女がまとわりついていた。
「ポン太。 今日のところは、これくらいでいいんじゃない?」
「また、すぐ遊ぼうとする。
ミミ、これは僕たちだけのためじゃないんだよ」
「だって、せっかく旅行に来たのに、観光もしてないじゃん」
「あのねー、旅行じゃないの。
この地の復興を依頼されたんだよ」
「えーっ。 仕事は仕事、遊びは遊び。
きちんと、区別をつけなきゃ」
猫族の少女が、ヘンテコ理論で少年を説得しようとしている。
「いい加減なこと言っちゃだめだよ」
「でも、シロー見てよ、シロー。
木陰でゴロゴロしたり、コルナ様の尻尾をモフモフしてばかりいるじゃない」
「あのねえ。 リーダーは、この村の家を全部建てたんだよ。
井戸も掘ってくれた。
きちんと仕事してるから、君とは違うの」
「えー? 私も働いてるよ」
「ああ、もう、いいからいいから」
何か言っても、謎理論を聞かされるだけだと思ったのだろう。
少年は、少女の言葉に取り合わなかった。
-----------------------------------------------------------------
夕日が照らす広場で、久しぶりの再会を喜ぶ男女の姿があった。
「ジーナ! 生きていてくれたのか」
「ゼロス・・会いたかった」
幼馴染の猿人二人は、抱き合って再会を喜んだ。
互いに、ひとしきり近況を報告し合った後、ゼロスが言いたかったことを告げた。
「ジーナ、俺と結婚してくれ。
そして、東に帰ろう」
シーナと呼ばれた若い猿人の女性は、そんなゼロスの様子をじっと見ていた。
「ゼロス。 今、幸せ?」
「ああ、もちろんだとも。
君に会えたんだ。
幸せに決まってるだろ」
「じゃあ、私は貴方と一緒には行けない。
ごめんなさい」
「な、なんでだ?
君は俺のことが好きじゃないのか?」
「大好きよ。
でもね、だから、一緒に行けない」
「なぜ?」
「ゼロス。 あなたさっき、私がいて今が幸せって言ったわよね」
「言ったけど、それが?」
「ここは、かつて何があった場所か、分かってる?」
「え? 知らないけど・・」
「ここはね、狸人族が住んでいた土地なの」
「狸人族・・あの滅んだ部族か」
「滅んだんじゃないの。
猿人族が、滅ぼしたのよ」
「そ、それは・・」
「猿人族は、この場所で狸人族の幸せを踏みにじったの」
「・・・」
「私達は北に連れていかれた時、もう少しで他種族の獣人達に殺されるところだった。
それを救ってくれたのが、誰だと思う?」
ゼロスは、言葉も無く黙っている。
「ここの領主をしている、ポルナレフ様よ。
彼は狸人なの。
こうして私があなたと会えるのも、彼のおかげなの」
「ジーナ・・」
「私達は、これまで自分達がやってきたことを知らなくてはいけない。
そして、自分ができることで、償わないといけないの。
たとえ、どんなに時間がかかったとしてもね」
ゼロスは黙り込むと、じっと考え込んでいた。
「お前がいなくなった時、俺は胸を掻きむしるほど悲しかった。
あれが、狸人族の感じたものだったとしたら・・」
暗くなってきた景色の中で猿人族の青年は、悄然と立ち尽くすのであった。
0
お気に入りに追加
333
あなたにおすすめの小説
前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
男装の皇族姫
shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。
領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。
しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。
だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。
そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。
なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる