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第二章 獣人世界グレイル編
第23話 追跡
しおりを挟む土牢から逃げた人族の男、ミゼットは森の中を進んでいた。
所持品は全て取り上げられたが、男には魔術があった。
呪文を唱えると、目の前に直径10cmくらいの、透明な球が現れた。
球の中には、黒い矢印が浮いている。
しばらく回転していた矢印は、やがて動きが遅くなり、ピタリと止まった。
男は、矢印が差したほうを眺めると、大きく一つ頷き、また前進し始めた。
慣れない歩き方で、なかなか距離が稼げないが、逃げ出してから、既に5時間は経っている。
恐らく、見つかることはないだろう。
懸念といえば、犬人族の鼻の良さである。
彼は、ある樹木の下にくると、木に体を預けるようにして、葉をちぎり、その葉の先にある花についている花粉を、自分の体にこすり付けていた。
この樹木の花粉には、犬人族の嗅覚をくらませる効果がある。
もうそろそろ目的地に着くのではないか、と思い始めた時、一人の犬人族が目の前に飛び出してきた。
一瞬、絶望に襲われた男だったが、犬人の顔が分かると、ほっとして体の力を抜いた。
犬人は、キャンピーだった。
「なぜ、すぐに後を追って来なかったんです?
それに、その足はどうしたんですか」
「それはいいから、すぐにベースキャンプへ連れていけ」
男が命じると、キャンピーは背中に男を背負い、かなりのスピードで走り始めた。
木立を抜けると、森の中の草地に数張りのテントが見えた。
キャンピーは、その中で最も大きなテントの入り口を潜った。
そこには、虎人と中年の人族、そして、聖女がいた。
縄までは打たれていないが、敷物の上で力無く項垂れていた聖女は、彼らが入ってくると、なぜかハッと顔を上げたが、すぐにまた下を向いてしまった。
40才くらいの人族の男が、口を開く。
「ミゼット。 一体、どこで油を売っていたんだ?」
「モーゼス先生。 あ、あの・・犬人に、捕まってしまって・・」
「なにっ!? まさか、こちらの情報を漏らしてはいまいな」
「はい。 それは、もう」
ミゼットは、嘘をつくしかなかった。
情報を漏らしたとばれた瞬間、彼の人生は終わりである。
「とにかく、急いで南へ帰る必要があるな」
今回の任務は、聖女確保が目的である。
それさえ果たせたなら、他のことは何とでもなる。
その果てには、研究者としての昇格が待っている。
二人は、それそれが胸算用をするのであった。
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舞子は、せっかく会えた史郎と、すぐ分かれてしまったことが辛かった。
しかし、よく考えると、彼は自分のために異世界まで来てくれた。
舞子は、そのことが嬉しいのだった。
犬人が、行方不明になっていた、もう一人の人族を連れて入ってきたとき、彼女は、そのような物思いにふけっていた。
『舞子、聞こえるか?
周囲に気づかれないよう、聞いてくれ』
そのとき、史郎の声が頭の中で響いた。
『史郎君っ!』
『長い間、点ちゃんが、使えなくなっていてね。
それで、探すのに手間取ったよ』
『史郎君・・私のために、この世界に?』
『ああ、畑山さんには、君と加藤を連れて帰るって、約束してるからな』
『加藤君も、この世界に?』
『いや。 奴は、別の世界だ』
『どうやって、ここまで?』
『ああ、それを話すと長くなるから、救出してからゆっくりね。
それより、そこには誰がいる?』
『えっと、虎人が一人、犬人が一人、人族が二人いるよ』
犬人か、キャンピーかもしれないな。
もう一人の人族は、あの男の関係者だろう。
『奴らは、武器を持っているかい?』
『うん。 虎人が背中に剣を背負ってる』
『少しだけ待ってくれ。
今から、救出に向かうから』
『うん、待ってる!』
舞子が思いのほか元気そうなので、少し安心する。
『何か変化があったら、念話で話してくれ』
『うん!』
史郎は、すぐに追跡の準備を始めた。
今回は点魔法を使うだろうから、自分一人の方がいいだろう。
書きかけの報告書の横に、アンデへの書置きを残す。
『ご主人様ー』
お、点ちゃん、何だい?
『聖女様の様子が知りたいの?』
知りたいけど、何かあったら連絡してくるよ。
『聖女様がいる場所を、見られますよー』
え?
『とにかく、やってみますね』
点ちゃんは、しばらくぴょんチカしていたが、やがてピタッと止まった。
『できましたよー』
どうすればいいの?
『パレットをつくれば、そこに映しますよ』
みょんみょんピーン
パレット(板)を、作ってと。
お! 確かに、映像が出てきた。
点ちゃん、音も付けられる?
『簡単ですよー』
じゃ、音もお願い。
『はいはーい』
映像には、すぐ音が付いた。
これは凄いね。 ライブ映像だ。
『ライブってなんですか?』
いや、それ、今はいいから。
それより、追跡するとき、このパレットはかさばっちゃうな。
『ああ、それは小型化すればいいんですよ』
小型化しておいて、使いたいときだけ大きくするってこと?
『それより、こんなのは、どうでしょう』
また、ぴょんチカしてるね。
おお! これは、いいね。
視界の左上に四角い枠が現れて、その中に舞子の映像が映ってる。
点ちゃん、どうやったの?
『いろいろ、工夫してみましたー』
いろいろね。 まあ、いいか。 便利だから。
じゃ、出発するか。
しかし、アンデたちに見つからないようにできるかな。
『できますよー』
あ、点ちゃんが聞いてるんだった。
やっぱり出たね。 お得意の「できますよー」
で、どうやるの、点ちゃん。
『まず、ご主人様が通れるだけの穴を、壁に開けてください』
まあ、それは簡単にできるよ。
自分で作ったんだから。
ほいっと、出来た。
『じゃ、いきますよー』
俺の体は、いきなり外へ飛び出していた。
点ちゃん、ここ、二階なんですが・・
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