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第二章 獣人世界グレイル編
第20話 逆転
しおりを挟む虎人たちは、それぞれが懐から黒い筒を取り出す。
先をこちらに向け、足元に置いた。
ローブを羽織り、顔を隠した小柄な虎人が呪文を唱える。
点ちゃんがいない今、俺に魔道具の炎を防ぐ術はない。
死を前にして、俺は自分が思ったより冷静であることに驚いていた。
最後の瞬間まで諦めない。
畑山との約束、ルルとの約束が脳裏をよぎる。
しかし、無情にも、何本もの黒い筒の先から吹き出した炎の大波が、瞬くうちに史郎に押し寄せた。
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アンデは先頭に立って村人を森に逃すと、集落にとって返し、虎人と戦っていた。
なぜか最初襲ってきたときより数が減った虎人は、次第にギルドメンバーによって倒され、拘束されていく。
「聖女はっ!?」
隊員の一人が、山の方を指す。
「聖女様は、あちらへ逃げました。
シローと一緒です」
「よし。 お前ら、付いてこい」
アンデは、聖女とシローの救出へと急いだ。
山道の行き止まりは崖となっており、今しもその崖の下を、青白い炎の波が蹂躙していた。
虎人が炎を取り囲んでいる。
聖女とシローがあの中なら、もう灰も残っていないだろう。
アンデ達が虎人たちのところにたどり着くころには、炎を出し尽くした魔道具が立てる、シューシューという音がしているだけだった。
魔道具が向いている方に、人影は無い。
骨も残さず、燃え尽きたのだろう。
「貴様ら!」
膨れ上がった怒りで、アンデが虎人に襲い掛かろうとした瞬間。
その声が、聞こえた。
「ふう~、なんとかなったな」
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時は少し戻る。
何本もの焼殺の魔道具から、一斉に炎が向かってきたとき、さすがの史郎も死を覚悟した。
ところが、炎は目の前でぴたっと止まっている。
なにより、近くに炎があるのに熱くもない。
『ご主人様ーっ!』
点ちゃん!!
『やっと会えたーっ』
点ちゃん・・・
いったい、どこ行ってたの!
『レベルが上がって、適応するのに時間が掛かってたみたいです』
点ちゃんは、無事なんだね。
『超元気ですよー』
確かに、超ぴょんチカしてるな。
なんで、そんなことになったの?
『よく分かりません。
私が生まれたのとは違う世界で、レベルが上がったからなのか。
もしかすると、レベル11になったからかもしれません』
えっ!?
レベルの上限は、10じゃないの?
『普通の魔術なら、そうなんですが。
私には、当てはまらなかったようです』
炎の勢いが弱くなってきた。
とにかく、詳しいことは後で聞かせてね。
今は、こいつらをやっつけちゃおう。
『キュン、ジュバッて消しちゃいますか』
いや。 こいつらは、動けなくしとくだけでいいよ。
『了解でーす』
史郎は、岩の影に隠れた。
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「ふう~、なんとかなったな」
大岩の影から出てきたのは、史郎だった。
「な、なんでだ!?」
虎人のリーダーが叫ぶ。
史郎が出てきた大岩の裏側も含め、そのあたり一帯は燃やし尽くしたはずである。
蟻の子一匹、生きているはずはない。
無事な史郎の姿を見て、アンデ達があっけにとられている。
虎人は抜け目なく、その隙を付こうとした。
「やっちまえ!」
虎人のリーダーが叫ぶ。
虎人たちは、一瞬にして大剣を抜くと、それをアンデ達に叩きつけようとした。
「う! な、なんだ?」
ところが、虎人たちの体はピタッと動きを止めた。
背後から、史郎が近づいてくる足音がする。
その場にいた虎人、全ての顔が蒼白になった。
「さて、いろいろ聞かせてもらおうか」
虎人たちは、恐怖で全身を震わせている。
「い、いったい、何が!?」
次の瞬間、全ての虎人の体から力が抜け、ぐにゃりと地面に崩れ落ちた。
「あ、足がうごかねえ」
「手が、手が・・」
史郎が足元にあるリーダー虎人の頭を思い切り蹴飛ばすと、意識を失ったようだ。
「ど、どういうことだ?」
アンデは驚きのあまり、史郎の無事を確認する言葉を掛ける前にそう言った。
「企業秘密。
それより、舞子、あ、いや、聖女が奴らに連れ去られた。
方角はあちらだ。
すぐに、捜索隊を出してくれ」
「分かった。
こいつらは、尋問用に生かしておいたんだな?」
「ああ。 口車を合わせられない様に、別々に尋問しろよ」
「当然だ。 お前は、どうする」
「まずは、こうかな?」
史郎は、ローブで顔を隠した小柄な虎人に近づくと、そのローブを引きはがした。
ローブの下から出てきたのは、眼鏡をかけた若い男の顔だった。
「人族かっ!!」
アンデが驚くのも、無理はない。
プライドが高い虎人は、普通なら絶対に人族となど一緒に行動しないからだ。
俺たちは、集落へ連絡役を送り、他のギルドメンバーに崖下まで来てもらった。
冒険者たちが二人で一人ずつ、虎人を集落まで運び下した。
一人だけ混ざっていた人族は、アンデが担いで降りた。
とりあえず、牢屋に入れておく。
槍が腹部に刺さったコウモリ男は、村長の家に運び込まれる。
舞子の治療が、死期を遅らせているけれど、長くはもつまい。
俺は、横になった奴の側に座った。
「うう、聖女様・・」
奴は、己の死の間際に舞子の心配をしている。
本当に、あのコウモリ男か?
しかし、この傷では、舞子がいない今、死ぬのは時間の問題だろう。
「せ、聖女様・・」
『ご主人様ー』
点ちゃん、何だい?
『この人、助けたいのー?』
え? ま、助かるなら助けたいけどね・・
『できますよー』
お、来たね、「できますよー」
でも、さすがに今回は無理でしょ。
『できますよー』
え? どうやって?
『こうやります』
点ちゃんが、2つに分かれると、一つの点がコウモリ男の腹部、傷があるところへ向かっていった。
傷にくっつくと、そこが、ぼんやりと光り始めた。
あれ? あれは、治癒魔術の光。
コウモリ男の表情が、柔らかくなる。
光は、しばらくすると消えた。
『もう、大丈夫ですよー』
えっ?
何が起こったの?
史郎は、なぜ点ちゃんが治癒魔術を使えるのか、それが理解できなかった。
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