66 / 607
第二章 獣人世界グレイル編
第9話 隠れ里
しおりを挟むコウモリ男の左足が少し動くようになると、舞子は彼を支えて洞窟の出口へと向かった。
洞窟は、低い山の麓にあるようだった。
足元には、森が見える。
足場が悪いため、たった20mくらいを下りるのに1時間以上掛かった。
前もって見つけておいた、小川に向かって木立の中を歩いていく。
時折、そこらの草むらが揺れるのは、何か生き物がいるからだろう。
上空を見ると、枝葉の間から、空を舞う鳥が見えた。
小川に着くと、男は流れの中に倒れこむようにして水を飲んだ。
舞子も、手ですくって水を飲む。
この三日間、何も食べていないので、水が体に染み渡るように感じる。
男の息が落ち着くと、再び治癒魔術を掛けた。
これから、どうしようか。
まず、食べ物を探さなければ。
彼女がそう思った時、近くの草むらが、かさりと音を立てた。
また、ネズミかしら?
水場を探しているときに、何度かネズミらしき動物を目にしていた。
草むらの間から、ちょこんと出てきたのは人の顔だった。
6,7歳くらいの女の子に見える。
ただ、その頭には、垂れ耳が付いていた。
「あー・・こんにちは」
舞子が話しかけると、顔はパッと消えてしまった。
でも、近くに人が住んでいることは分かった。
少し、安心する。
森の中では、自分だけで二人分の食べ物を集められそうになかったからだ。
恐らく、女の子が向かったであろう方角に目星をつけてゆっくり進みだす。
なんとか、陽が沈む前に人里に着かないと。
舞子がそう思った時、前方から声が聞こえてきた。
「人族がいたって、本当か?」
「本当だよ。 二人いたよ」
「なんで、こんなところに。 さては、奴らか」
女の子と、大人の男性の会話の様だ。
「すみません。 誰かいますか?」
舞子が声を掛けると、木立の間から、がっしりした体格の男性が現れた。
やはり、頭上に垂れ耳がある。
皮で作った簡素な服を着ている。
肩には弓を背負っている。
後ろに隠れるように、さっきの女の子がいる。
「お父さん。 ナナ、嘘ついてなかったでしょ」
「ああ、そのようだな。
お前たち、どこから来た?」
「あの、それが洞窟の中に、急に来てしまったんです」
「・・どういうことだ」
「他の世界から、ポータルを潜ったようなんです」
「こんなところに、ポータルの出口があるなんて聞いてないぞ」
「あの山の洞窟に出たんです」
「どうも、信じられんな。 とにかく、村まで来てもらおう」
男は腰につけていたロープを外すと、それで舞子とコウモリ男の両腕をくくりつけた。
「なぜ、こんなことを・・」
舞子が言うが、男は取り合おうとしない。
前を歩く女の子の尻尾が、ゆらゆら揺れている。
舞子は、コウモリ男を支えながら歩き出した。
男にロープを引かれ、10分くらい歩くと村が見えてきた。
森の中に埋もれるように、何軒かの小屋が見える。
屋根は全て、板葺(いたぶ)きの様である。
集落の中心にある、小さな広場に連れていかれる。
各家から、次々に人が出てくる。
「ボルマ。 そいつらは何だ」
白い髭(ひげ)を生やした獣人が聞いてくる。
「長(おさ)。 こいつらは、森の中で見つけたんだが、ポータルで来たって言うんだ。
怪しいから、捕まえてきた」
「ふむ、奴らの斥候かもしれんの。
しかし、この男は、どうしたことだ。
体の半分が、黒いではないか」
「見つけた時には、そうだったよ。
何かの病気かもしれん」
「とにかく、村はずれの牢に入れておけ」
「あの、この人は、火傷を負っているんです。
飲み物と食べ物を分けていただけませんか」
舞子が話しかけたが、誰も耳を貸さなかった。
-----------------------------------------------------------
牢は、狭く臭かった。
もしかすると、捕えてきた動物か何かを入れていたのかもしれない。
剥(む)き出しの地面に、ひっかいた跡がある。
舞子は、申し訳程度に置かれた枯草の上に男を寝かせた。
治癒魔術を掛けると、疲れていたのか、男はすぐに寝てしまった。
舞子も、もう一方の隅にある枯草の上に座る。
彼女自身、疲れていたのだろう。
すぐに眠りに落ちた。
-----------------------------------------------------------
肩を叩かれて、舞子は目が覚めた。
顔を上げると、木の棒を伸ばして、肩をつついている女の子がいた。
「あ、さっきの子ね。
ナナちゃんだっけ」
女の子は、びくっとすると、牢の外に置いたものを指さした。
見ると、幅広の草に包まれた何かが置いてある。
いい匂いがするところを見ると、食べ物だろう。
手に取ってみると、餅のように見える。
思い切って、少し手でちぎって口にする。
蒸しパンのような味がする。
やはり食べ物である。
舞子は、男を揺り起こし、小さくちぎったそれを口に入れてやった。
彼が口を動かしているのを確認すると、自分も食べる。
余りに空腹だったから、シンプルな食べものが何物にも代えがたい美味に思えた。
少女が、腰から筒のようなものを外して差し出した。
恐らく、飲み物だろう。
それを目にした男が、すごい勢いで筒を奪い取った。
「痛いっ!」
少女が、手を押さえてうずくまる。
手が牢の枠にこすれて、赤くなっている。
舞子は彼女を驚かさないように、少し離れた位置から治癒魔術を掛けた。
光が少女の手を包むと、赤みが、すうっと消えた。
少女は、目を丸くして自分の手を見ている。
「痛くない・・」
舞子は、少女と目が合うと微笑んだ。
「ごめんね、痛かったね」
少女は首を横に振ると、立ち上がり、去っていった。
----------------------------------------------------------
間もなく、顔色を変えた長(おさ)が、ナナと一緒にやってきた。
後ろには、ナナの父親の姿もある。
「ナナや。 さっきの話は本当か?」
「本当だもん! ナナ、嘘つきじゃないもん」
「しかし、長、そんなことが、あり得るでしょうか」
「そうだな。 もしそうなら、奴らの斥候などでは無いということになるが・・」
「おい、あんた。 ナナのけがを治したってのはホントか?」
ナナの父、ボルマが尋ねる。
「はい」
「黒い髪に治癒魔術・・あんた、もしかして」
「聖女だよ」
突然、コウモリ男が声を出した。
「この人は、聖女だ」
「せ、聖女!・・・」
ボルマと長老は、目を丸くして絶句している。
「ねえ、聖女って、なにー?」
ナナが、無邪気に聞いている。
ボルマが、慌てて懐をまさぐっている。
やっとカギを見つけ、鍵穴に差そうとするが、手が震えていてうまくいかない。
「ええい、ワシにかせっ」
長が、横からカギを奪い取って鍵穴に挿す。
牢に入ってくると、土下座を始めた。
「知らぬこととはいえ、聖女様にこのようなご無礼を働き、誠に申し訳ございません」
長の後ろでは、ボルマも土下座している。
聖女をロープで縛ったことを思い出して、ブルブル震えている。
「き、急にどうして?」
舞子が戸惑うのも、無理はない。
「どうか、我々のご無礼は、平にご容赦を」
二人は舞子の言葉も聞かず、ひたすら地面に頭を擦り付けている。
「パンゲアで勇者が尊敬されるように、ここグレイルでは聖女が尊敬を受けている」
コウモリ男が説明する。
「いや、勇者どころではないな。 この世界で、聖女は神と同じだ」
---------------------------------------------------------------
舞子とコウモリ男は、村長(むらおさ)の家に招かれた。
白い丸石が祭ってある、神棚のようなものの前に座らされる。
長、ボルマ以外の村人も現れたが、離れたところで平伏するだけで、近寄ろうとする者がいない。
目の前には、山のように料理が並んでいる。
困り果てた舞子が、長に声を掛ける。
「えっと、もう頭を上げてもらえませんか」
「はーっ。 恐れながら、働いた無礼の数々、我らが命を差し上げても償えませぬ。
どうか、お許しを」
「いえ、別に怒ってなどいませんよ」
「はっ、しかし・・・」
「とにかく、皆さんやこの世界のことを話してもらえませんか」
「ははーっ」
長は、平伏したまま、この世界のことを話し始めた。
0
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました
ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。
会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。
タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。

異世界無宿
ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。
アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。
映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。
訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。
一目惚れで購入した車の納車日。
エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた…
神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。
アクション有り!
ロマンス控えめ!
ご都合主義展開あり!
ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。
不定期投稿になります。
投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ペット(老猫)と異世界転生
童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる