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第一章 冒険者世界アリスト編
第49話 救出に向けて
しおりを挟むコウモリ男は、街外れの使われなくなった礼拝堂の地下にいた。
薬を使い、聖女は、隣の部屋で眠らせてある。
「ど、どうして何から何まで、うまくいかないんだ」
男は、目の前のテーブルに、拳を叩きつける。
手に血がにじんでも、その痛みにすら気づけないほどの絶望が、彼を覆っていた。
あれをやってもダメ、これをやってもダメ。
アリスト王に投げかけられた、侮蔑の言葉が、脳裏に反復される。
『お前は、どこまで無能なんだ!』
彼の心は、壊れかけていた。
あとわずかでも、この状態が続けば、確実に壊れていただろう。
しかし、今回だけは、運命のいたずらが、彼を救った。
狂気一歩手前で、信じられないほど敏感になった彼の耳が、小さな音を捉えたのである。
平常なら聞き取ることのできないその音は、彼の耳から入ると、脳内に像を結んだ。
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この部屋に閉じ込められたとき、舞子は、無理やり水を飲まされていた。
昨夜、王城で聖女付きの女官が用意してくれた水と同じ、甘いにおいがした。
男が部屋を出ると、彼女は自分の体に、治癒魔術を掛けてみた。
睡眠を促す薬に、治癒魔術が効くかどうか、分からない。
しかし、じっと待っていることは、できなかった。
幸運なことに、眠気は、襲ってこなかった。
彼女は、史郎に向かって、念話を始めた。
『史郎君、今どこ?』
『さっき、お城に着いたよ』
『わ、私、誘拐されちゃったみたい』
『何だってっ!』
『誘拐されて、すぐ連絡を取ればよかったんだけど、たった今、念話のことを思い付いたの』
『気にするな! 舞子、無事か!?』
「『うん、大丈夫。 眠り薬が、効かなかったみたい』」
『今、どんなところにいる?』
「『どこかの地下みたい』」
『地下とさえ分かれば、場所は、こちらで探せるから、安心して待っていてくれ』
「『うん、分かった』」
『何かあったら、すぐに念話してくれ』
「『うん、待ってる』」
舞子は、史郎と話せた嬉しさで、念話の途中から、自分が小さな声で囁いているのに気づかなかった。
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史郎は、このことに、加藤と畑山巻き込むかどうか悩んだ。
事態は、一刻を争う。
まだ、暴力は、振るわれていないようだが、いつ相手の気が変わるかもしれない。
二人を待つ時間のロスを考えると、すぐ救出に向かったほうがいい。
史郎は、城門の外に向けて走り出しながら、念話を繋いだ。
『加藤、畑山さん、聞こえるか?』
『ふわ~、今ので目が覚めた。 朝っぱらから何だ』
『聞いてるわよ。 加藤、いつまで寝てんのよ!』
『よく聞いてくれ。 舞子が誘拐された』
『おい、朝から悪い冗談だぜ』
『ほ、ホントなの?』
『ああ、本当だ。 さっき舞子から念話があった』
『何てこった!』
『どうすればいい?』
さすがに、畑山は、冷静である。
『一刻を争うから、とにかく俺は、舞子のところに向かう』
『場所は、分かるの?』
『点ちゃんが、教えてくれる』
『そう。 少しだけ安心したわ。
こちらが、すべきことはない?』
『その場所に着いたら教えるから、レダさんにも、声かけといてくれ』
『分かった』
『じゃ、先を急ぐぞ』
史郎は念話を切ると、点ちゃんの指示に従って、細い路地に走りこむのだった。
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舞子は、史郎と念話できたことで、ほとんど平常心に戻ていた。
幼い頃、野犬から助けられて以来ずっと、彼は舞子のヒーローである。
何があっても、大丈夫だと思っていた。
突然、ドアが開いて、コウモリ男が入ってくる。
不気味な笑顔を、浮かべている。
「で、聖女さん。
誰と話してたんだい? 勇者かな?」
舞子は、慌てて自分の口を押えた。
なぜ、ばれたのだろう。
もしかして、声を出してしまったのかしら。
『史郎君、来ちゃダメっ!』
舞子が念話しようとするより先に、コウモリ男の右手に持った、杖から流れ出た光が、彼女の意識を奪い去った。
「ふふふ、こんどこそ、こちらの手番ですね」
ニヤリと笑った男は、聖女の左手から、指輪を抜き取るのだった。
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