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第一章 冒険者世界アリスト編
第42話 表敬訪問
しおりを挟む数日後、マスケドニアでは、勇者カトーの表敬訪問が発表された。
国民は、沸きに沸いた。
この世界で勇者、特に黒髪の勇者は特別な存在なのだ。
もちろん、開戦宣言した国からの表敬訪問を、おかしいと思った人々もいた。
けれど、そのような疑念を薙ぎ払うかのように、歓迎の熱気が国を覆っていった。
勇者への謁見は禁じられていたが、そうでなければ、王宮の外まで続く長い行列ができたであろう。
加藤の最初の外出は、王家の馬車に乗って城下町を一周するというものだったが、勇者を一目見ようと集まった民衆によって、町は喧騒の渦となった。
馬に引かれた客車の窓から外を見ると、人々が目をキラキラさせて手を振ったり、花を投げたりしている。
加藤は、日本にいた時、このような注目を浴びたことが無かったから、最初はちょっと引いてしまった。
町を半周するころには、慣れてきて、窓から手を振ることもできた。
勇者から手を振られると、気絶する人まで出る始末で、警備する者は忙しいどころではなかった。
何回か外出するうちに、民衆も慣れてきたのか、ニコニコと挨拶る人が増えた。
加藤は、応えられる挨拶にはなるべく応えていた。
もちろん、史郎からのアドバイスである。
加藤の傍らには常に、警備する騎士とともにミツの姿があった。
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史郎は、マスケドニア城下にある、美味しいと評判の食事処に来ていた。
「勇者の評判は、凄いね」
頭に布を巻いた少年が女将に話しかける。
「勇者様は、この町の自慢さ。
本当に、よく来てくれたよ」
「そういえば、勇者様は、他の国にいたんだってね」
「そうさ。 となりのアリストっていけ好かない国にいたのさ」
「アリストって、評判悪いね」
「だろ。 いきなり戦争しかけてくるような野蛮な国だから、勇者様が愛想を尽かしたんだよ、きっと」
民の無垢な声が、真実を言い当てることもある。
彼は、そのことに感心していた。
「あんた、もう勇者様は見たかい?」
「いや、まだだけど」
「きっと近いうちに見られるよ。
最近は、馬車に乗らず、歩いて町を回られることもあるからね」
「へえ、楽しみだな」
「勇者様が見られるときに、この町に来るなんて、あんたついてるね」
「そうかもね」
「勇者様の彼女がね、これまた綺麗なんだ」
厨房から声が掛かって、女将は去っていった。
彼が今回この町を訪れたのは、加藤の様子を見に来たというのもあるが、マスケドニアの軍師に会っておこうと思ったからだ。
恐らく彼は、これから停戦実現に向けて、要の人物になりそうだ。
「うまかったよ。 勇者様の話も聞かせてくれてありがとうね」
店を出る時、料金に加えていくらか余分に渡すと、女将はさらに上機嫌になった。
その日、史郎は、加藤経由で軍師から指定された宿屋に泊まった。
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勇者のマスケドニア表敬訪問発表に、一番衝撃を受けたのは間違いなくアリスト国王だった。
勇者が表敬訪問をしている国を攻めたりすれば、民衆はもとより、貴族や騎士の離反を引き起こしかねない。
王は疲れた顔をして、二日酔いに効くといわれる薬草を生のままかじっていた。
自分でも、精神が不安定になっているのが分かる。
とにかく、このままにしてはおけなかった。
王は、専用の魔道具で、コウモリ男を呼び出した。
恐らく、ずっと寝ていないのであろう。
青白い顔をしたコウモリは、王の前でぶるぶる震えており、今にも倒れそうだった。
「その後、何か分かったか」
「第一回、第二回訓練討伐ともに同じ宿を利用したのですが、勇者と、その宿で働く娘が仲良くしていたということです」
「それに何の意味がある」
「かの国に放っている間者からの情報では、どうやらその娘が勇者に付き添っているようにございます」
「同じ娘だと、なぜ分かる」
「第一回討伐に参加した者を、かの国へ送り、顔を確認させました」
「つまり、訓練討伐は、亡命のための準備だったというわけか」
「恐らくは」
「ふむ、ならば残る聖騎士と聖女にも油断できぬな」
「恐れながら、勇者と一緒に逃げなかったことを考えると、その可能性は低いかと」
「お主の意見など聞いておらぬわ。
それより、勇者に渡してある指輪について、もう一度詳しく聞かせてくれ」
「はっ。 失礼いたします」
王が頷くと、コウモリは王の耳元に口を寄せた。
「うむ、使えそうだな」
コウモリは一つの機能を除いて、王に指輪のことを話した。
「耳を寄せよ」
今度はコウモリが、王の口元に耳を近づけた。
王が何か囁くと、コウモリの体がブルブルと震え出した。
「そ、それは・・それを私にせよと?」
「他に誰がおる? 成功したなら、勇者逃亡の罪は免じてやる」
まあ、その後、生かしてはおかぬがな。
「ははっ! ありがたきこと。 身に余ります」
「では、行け。 タイミングを間違えるなよ」
「ははっ」
勇者殺害という、この世界に生きるものなら、考えすらもしない禁忌をおかそうとしながら、王の心は興奮も、緊張も覚えてはいなかった。
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こちらは、マスケドニアの城下町。 史郎が泊まっている宿屋での出来事である。
夜になり、皆が寝静まったころ、ドアが特別な間隔でノックされた。
これは軍師との間で予め取り決めておいた合図である。
史郎がドアを開けると、まだ若いが落ち着いた感じの男性が立っていた。
史郎と同じくらいの背丈だから175cmくらいだろうか。
「はじめてお目にかかる。
私はショーカと言う。
よろしく頼む」
「はじめまして、私はシローです。
よろしくお願(ねが)いします」
「この度は、大変な働きであったな」
「それは、そちらもでございましょう」
「私はアイデアを出しただけ。
実際に働いたのは行動部隊の者たちだ」
「アイデアも大事だと思いますが。
それより、加藤がお世話になっています。」
「勇者が来てくれたことで、開戦宣言で落ち込んでいた国民が、明るく、元気になってくれた。
礼を言うのはこちらだよ」
「聖騎士と聖女は、昨日から見張りが付き、外出も禁じられているようです」
「その方らには、迷惑を掛けるの」
「いえ。 当事者だから、いろいろあるのは当たり前ですよ」
「王からうかがっていたが、なるほどな。
若いのに大したものだ」
「え? 私ですか?」
「お主と働いてみたいものよ。
できるなら、この国の陛下のためにな」
「有難いことですが、私はこのままで。
それより、この後の計画はどうしますか」
「ふむ。 なんとかここまでこぎつけたが、本当は、ここからのほうが難しいぞ」
「私も、そう思います」
「とりあえず、陛下、ユウ、私、それから君の四人で話すのはどうだ。
陛下からも、そう誘うよう、申しつかっている」
「それは、ありがたいですね。
間に人を挟むと、どうも連絡がまどろっこしいですから。
えと、ユウというのは、加藤のことですか」
「ああ。 ミツという勇者の付き添いがいつもそう呼ぶので、こちらもその呼び方が移ってしまってな」
「勇者と呼ばれるより、そう呼ばれる方が、あいつは嬉しいと思いますよ」
「では、明日の夕刻前に、ここに迎えをよこさせる。
ノックはさっきのでいいかな?」
「いえ、ちょっと変えておきましょう」
史郎がそれを伝えると、軍師は帰って行った。
さすがに、若くして高位に昇り詰めただけはある。
しかも、あれは生まれより、才能によって出世した口だな。
史郎は、そんなことを考えて、眠りにつくのだった。
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